067.降り積もった雪の中
珍しく大雪が降った。
このあたりも雪は降るが、普段はせいぜい数センチ積もる程度。
それが昨夜から吹雪になり夜通し降り続き、朝には数十センチの積雪になっていた。
テレビで気象予報士が記録的だと言って騒いでいる。
豪雪地帯であればこの程度の雪はどうってことないんだろうけど、慣れない地域の人々にとっては大ごとだった。
スマホから流れる目覚ましの音楽。
右腕を伸ばしてスマホを手に取る。午前6:30。
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
自宅の窓から見る景色は一面真っ白。水色の空とのコントラストがとてもきれい。
これほど深く積もっているのを見るのは初めてだった。
ガラスに手を触れると氷のように冷たい。
試しに窓を開けてみると、極寒の冷風が部屋の中に押し寄せてくる。
たまらずすぐに閉めた。
十分に着込んで家をでる。いつもとは違う白くまぶしい街の風景。
歩道には足首の上まで埋まるほどの深雪。
道路の積雪のためかクルマの通りは少なかった。
ときどきオフロードタイプの車両が、屋根に雪を載せたまま走っている。
足元に注意しながら歩く最寄り駅までの道。
幸い通学で使う列車は通常運行していた。
普段クルマ通勤の人が列車を使うからか、いつもより混んでいるようだった。
車窓から見える街並みも、見慣れた景色とは違って真っ白。
どこまでも真っ白。それが朝日に照らされて輝いて、空だけが青い。
中央駅から学校までの通学路は、きつくはないものの上り坂になっている。
雪の坂道は歩きにくいというか滑って危ない。
転んでいる人を何人か見かけた。
学校に着くと、校庭では小学生みたいにはしゃいで雪遊びをしている生徒たちの群れがいた。
雪だるま作ったり、雪を丸めてぶつけ合ったり、雪上で泳いだり。
誰かほどじゃないけれど、寒いのと冷たいのは苦手なのでそそくさと教室に向かう。
暖房の効いた部屋でぬくぬくとして過ごそう。
という願いは自席についた途端打ち砕かれる。
ぼくが来るのを待ち構えていたかのように、というか待ち構えていた女子生徒が満面の笑みを湛えながら迫ってくる。
「ななくんおはよう!!さあ雪で遊ぼう!!!!」
有希葉がぼくの腕を強引に引っ張って、いま来た廊下を引きずって行った。
校庭には見たことのないような光景が広がっていた。
学校が銀世界になっている。いつもの地面が見えない。
建物も植栽も厚い雪をかぶっている。
その中を生徒たちが童謡の犬のように走り回っている。
空は晴れてきれいな水色。
けどやはり寒い。とても寒い。
「あの、有希葉さん」
「ななくんこっち向いて」
振り向いた途端、視界がなくなり冷たい感触が顔面を覆う。
有希葉が雪玉をぶつけてきた。
顔についた雪を振り払うと、有希葉がこっちを指差して大笑いしているのが見える。
ぼくは足元の雪を両手ですくうと有希葉を追いかけた。
「待て〜っ!」
逃げる有希葉。意外に走るのが早い。でも追いつく。
両手に持った雪を有希葉の頭に擦り付けて髪の毛をかき混ぜる。
「シャンプー、シャンプー」
「あ〜っもうひっどーい」
有希葉は屈んで右手で雪を取り、ぼくの首元から服の中に雪を入れようとする。
胸元に冷たいものが入ってくる。
「あちょっと待て。まじで冷たい」
「へへ〜」
そのあともお互い雪をぶつけたり擦り込んだり。
有希葉が「雪だるま作りたい」と言い出したので、二人で雪を丸めて校舎の壁際に置いた。
雪だるまを挟んで二人で写真を撮る。
日陰になるところなので、しばらくは保つだろうか。
周りを見渡すと至る所に雪だるまが作られていた。
そうこうしているうちに授業開始前の予鈴が鳴る。
生徒たちが校舎の中に吸い込まれていく。
雪が溶けた水で、廊下のあちこちが濡れている。
「楽しかったね〜☆」
有希葉が隣の席で嬉しそうな顔をしている。
「寒かったです」
走り回っていたのでそれほどでもなかったけど。
胸元がまだ濡れて冷たかった。
校舎の中は暖かい。
今日はできるだけ外に出ないようにする。
グランドでの体育の授業が雪かきに変更されていて、窓から見下ろすとジャージ姿の不幸な生徒たちが極寒の地で重労働に従事している。
放課後は運動部がその続きをやっていた。
雪の量が多かったこともありその後数日は残っていたが、週が明ける頃にはほとんど消えていた。
今回の積雪は確かに異例の量だった。
自分が知るかぎりでもこの辺りでこれだけ積もった経験はない。
多くの地域で冬場の積雪量が増えているという話は聞いたことがあった。
1シーズンの総量が増えているというよりは、一度に大量に降るようになっているとか。
夏場の豪雨が増えているのと同様なんだろうか。
温暖化の影響。
天候で異例ななにかが起こるとよくこう言われる。
その名前からぽかぽか暖かくなるようなゆるい雰囲気もあるが、きっとそうじゃない。
大気中のエネルギー量が増えて気候の変動が次第にはげしくなっているような、そんな印象はあった。
夏場は猛暑と豪雨。冬場は極寒と豪雪。
それが長く続いて春と秋が短くなる。
季節のメリハリが極端になっていく感じがしていた。
◇
「また降らないかな」
雪遊びが相当楽しかったようだ。
いつものお店で有希葉がエビパスタを食べながら話している。
緩くウェーブのかかったふわふわの髪を今日は後ろで束ねている。
「あれだけ積もるのはこの辺りではなかなかないんじゃないかなあ」
「もっと雪で遊びたい」
「雪の降る地域に行けばものすごい量が積もっているだろうけど」
「行きたい」
「日帰りで行ける距離じゃないよ」
「じゃ泊まりがけで」
有希葉がわくわくな顔で提案してくる。
しかし高校生男女二人で泊まりがけ旅行は、さすがになんか言われそう。
「みんなで行くのなら」
有希葉がちょっとつまらなそうな顔になる。
なんとなくむず痒い圧を感じる。
「スノボとかスキーとかに行っている人もいるんじゃない?」
「わたしの友達にはいないかな」
ぼくの友達にもいなかった。
なんて話をしながら、しばらく前に水菜月が話していたことを思い出す。
—— この世界は箱庭なの。この街とその周辺が全て。その外はないわ
雪遊びをするために旅行することもないんだろう。
そしてそれに違和感を感じることもない。
ウィンタースポーツに興味ある人は少なからずいるだろうけど、それを実行するまでには至らない。
きっとそのようになっている、ということ。
行き先が存在しないとすれば中央駅から走り出ていく特急列車は、どこに行くのかどこからやって来るのか。
それも誰も気にしないようになっているのか。
ぼくもなぜか深く考えようとしなかった。
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