063.謙心が消えた話
図書館。
自習室とは別にラーニングコモンズとかいう洒落た名前のエリアがある。
基本的にはグループ学習用のスペースとなっている。
生徒たちがテーブルを囲んで、宿題や課題などを共同で取り組んだりする。
しかしぼくは一人で広いテーブルを独占して、今年の自由研究について考えていた。
一人の時は普通は自習室の方を使うのだが、自由研究はなぜがこちらに足が向いた。
巨大宇宙要塞を建造した場合のその運用とマネジメントについてがテーマなのだが、なぜかなにか違和感がある。
「…そもそもなんでこのテーマにしたんだっけ?」
マネジメントや経営学は一応興味のある分野ではあるのだが、その対象がなぜ巨大宇宙要塞?
もっと現実的なものにした方が良かったのでは?企業とか学校とか病院とか。
要塞の規模や構造などの前提条件は、どうやって決めたんだっけ?
具体的な設定は、誰かが想定したものをベースにするような話だったような気がするのだが?
おかしい。なにかが抜けている気がする。
記憶が飛んでいる?確かにそれはありそうだ。
だけどそれだけじゃない。なにかが、足りていない。
しっくりこない気分を感じつつも、その日は一人で調べ事や検討を進めていた。
◇
夜。自宅のベッドの上で仰向けになり、改めて考える。
水菜月が言う『再起動』で記憶が失われたのだろうか。
その線は濃厚な気がするが、だとすればなにを忘れてしまったのだろう?
単に検討した経緯を忘れただけにしては、足りないものが大きい気がする。
(誰か、なにか知ってそうな人に聞いてみるか)
自分の研究課題なので、人に聞いてわかるものでもないかもしれないが。
◇
翌日の放課後の教室。
部活に行こうとする旗章を捕まえる。
「旗章」
「おう」
「もしなにか知っていたら」
「知ってたらな」
「今年の自由研究なのだが、ぼくってなんでこのテーマにしたんだったっけ?」
「おれに聞かれても知らんよ」
「なにかをど忘れしてるみたいで、思い出せないんだ」
「疲れてんだろ。今日はもう帰りな」
相変わらず身も蓋もない返しをありがとう。
旗章がなにかを思い出したように言葉を続ける。
「ななお。今年は共同でやるって言ってなかったか?」
「共同?一人だけど?」
「そうか。思い違いか」
そんな話があったのか?
「じゃあな」
「ああ」
旗章が教室を出ていくのを見送る。
共同でやるつもりだったのなら、他に誰かがいることになる。
それを忘れてしまったのか?相手もぼくを忘れているのだろうか?
だとすれば似たようなテーマを考えている人を探せば、見つかるだろうか。
◇
週末。水菜月といつものカフェ。
橘香さんが抹茶ラテの入ったマグカップとシフォンケーキを持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
「ごゆっくり〜☆」
さっそくシフォンケーキをつつく。
水菜月が至福の顔をしている。
「ちょっと気になっていることがあって」
「うん」
「記憶が一部消えてしまっているような気がするんだ」
「…どのあたりの記憶?」
フォークをくわえながら少し慎重な表情になる。
「今年の自由研究なんだけど、自分でテーマを決めたはずなのに経緯を思い出せなくて。なぜこのテーマにしたんだろう?ってことなんだけど。それに進め方というか、どういう前提にするのかとか、考えていたと思うんだけど、なにかが抜けているような気がするんだ」
水菜月は黙って聞いている。
「それが、記憶が抜けているだけじゃないような感じがして。なにかわからないんだけど、なにかが足りていない」
心当たりがあるようだった。
「なにかわかる?」
ケーキをつつきながら水菜月が静かに頷く。
「…北山くんの前世というか、一番最近の崩壊の前、北山くんにはもう一人友達がいたの」
「友達が、いた?」
「いまはいないわ」
なにかが足りないって、人が足りないのか?
「いないって、いまはどこに?」
「あの、時々ニュースになっている…」
まさか例の一連の失踪事件なのか。
「行方不明になったってこと?」
「その子が北山くんの自由研究のパートナーで、テーマとかは彼の発案だったんだけど、その記憶が維持されなかったんだと思う」
友人が消えていた。
これはかなり衝撃的な話だ。
そんな事件が身近に起こっていたのか。
「…その人の名前ってわかる?」
「深草謙心」
知らない名前だった。
水菜月以外は誰も知らないのかもしれない。
「どんな人だったか知ってる?」
「わたしは親しかったわけではないのでよく知らないけど、インテリなタイプで成績はかなり優秀で、ちょっとマニアな趣味があったみたい。自由研究のテーマもそれにちなんでいるんじゃないかしら」
だとすればSF映画かなにかを参考にして決めたのだろうか。
記憶にない友人。また理解し難いことが続く。
確かにそのような人物が過去にいて、彼がテーマを発案して前提条件も決めて、ぼくがそれを元に自分の研究をしようとしていて、そしてその彼の存在と記憶が消えたのだとすれば、いまの状態になっているというのは、わからないでもない。
本当にそんなことが起こるのなら。
知らない過去の友人の意思を継いで、このテーマで自由研究を進めることになるのか。
具体的な設定はなにか適当なものを自分で探してみるとして、しかしどんな人物だったのだろう。
「その人に関するものって残ってないの?」
「直接的なものは残っていないはず。本人の持ち物とか。だけど、人の記憶の中に断片的にはあるかもしれない。あとは、何らかの記録のようなものなら」
旗章が言っていたのもその断片なのか。
たびたび発生する失踪事件は気にはなっていた。
それが身近でも起きていたことになる。
おそらくその時は、校内で結構な騒ぎになっていたんだろうな。
「あの時々ニュースにもなっている、人が突然行方不明になるのって何なんだろう。事件なのか事故なのか」
水菜月は「わからない」とでも言うように無言で首を振っていた。
失踪事件についてはこれ以上はなにも話さなかった。
違和感の原因はひとまずわかったとしても、それ以上に不安を掻き立てることも同時にわかってしまった。
その過去に存在したはずの友人について、知る方法はあるだろうか。
◇
図書館にて。
上里五十鈴を見つけた。
「巨大宇宙要塞?」
「なにかの小説や映画とかに出てくるもので、適当なのないかな」
「超時空要塞とか?というかなにするんだっけ?作るの?」
「いや作るのはちょっと。今年の自由研究のテーマの対象を探してて」
「やっぱり作るんじゃない」
「作るのは誰かがやってくれるとして、その運用とか」
「ふ〜ん。だったらとにかく大きい方が面白いかもね。デス・スターとか」
「なにそれ」
「知らないの?昔の有名な映画に出てくるの。丸くて大きくて惑星を一発でどっかーんな感じで」
ものの描写の仕方がやっぱり有希葉と似ている気がする。
「…ちょっと調べてみるよ」
「いつか作る気になったら言ってね。ロケット貸すから。高いけど」
もしそうなったらね。たぶんないと思うけど。
「五十鈴は今日はなにをしてたの?」
「図書委員の極秘任務」
そんなのがあるのか。
たとえば図書館内で不正な取引が行われていて、その捜査とかだろうか。
書籍購入予算で架空の業者への発注を装って横領しているとか。
それとも図書委員というのは仮の姿で、実は五十鈴たちは特殊な戦闘員だったり?放課後に悪の組織と戦うのか?
「連載小説の新刊が入ってくるの。誰かに取られる前に確保しておかないと」
それは任務じゃないのでは。
◇
自習室でパソコンを開いて、インターネットで調べる。
五十鈴が言っていたSF映画に出てくる球形の巨大宇宙要塞の設定が、自由研究の前提条件によく似ている。
というか基本はほぼそのままで、課題検討のために現実的な設定を追加している感じ。
(これをベースにしていたのか)
そのあたりの記憶が飛んでしまっている、ということのようだ。
こんなことが実際に起こるということなのか。
この世界のまだ知らない一端を、体験してしまったということなのかもしれない。
しかしそれは水菜月が言っていた荒唐無稽な話が現実であることを、部分的に示していることになるのではないか。
だとすれば、かなり穏やかではない話だ。
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