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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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006.大沢有希葉

大沢有希葉おおさわゆきはは同級生。

仲のいい異性の友達、ということになっている。


学校で席が隣だったという単純なきっかけでよく話すようになり、なぜが気があって自然と仲良くなった。

付き合ってるの?とよく聞かれるけど、一応そういう関係ではない。


だけどいつの間にか学校の外でも一緒にいることが増え、行きつけのお店で食事をしたり、自宅でも夜はスマホでよく話していた。

たわいもない会話ばかりだけど、学生のする会話なんてそんなもん。


買い物にはよく付き合わされた。

服を選ぶのを手伝ってとの口実だったが、実態は当然のように荷物持ち。わかってはいたけれど。

冬物のバーゲンだとか新しいアウトレットができたとか、ことあるごとに駆り出されていた。


そういうところに行くと他の同級生もたまたまいたりして、意味深な笑顔を向けられて「がんばってね〜☆」なんて軽く手を振りながら声をかけられる。

荷物持ちは頑張ってやっている。だけどおそらく違う意味で応援されている。

そしてそれは多分に誤解でもある。


服を選ぶのを手伝ってと言っていたのは必ずしも方便というわけではなく、意見を求められたりはする。


「ね〜これとこれだとどっちがいいかな?」


二つのシフォンブラウスを両手に持って体の前に合わせている。

試されていると解釈するのが正解だ。

こういう質問に対していかに気の利いた答えを返すかで、男性の価値が測られる。

しかしその意見が採用されることはなく、結局は彼女たちは自分で決めてしまう。


そんなこんなを数時間付き合わされるのも、楽しいことは楽しいんだけど。



放課後に学校の図書館で一緒に勉強することが時々あった。

そもそも有希葉と仲良くなるきっかけは、ぼくが彼女に勉強を教えたことだったと思う。


「ミンコフスキー空間における虚数角の回転にローレンツ変換は相当するのであり…」

「高校の物理学ではミンコフスキー空間もローレンツ変換も出てこないよ」

「そうなの?」

「何の本を読んでいる?」

「特殊相対性理論って書いてある」

「そんなのは大学に入ってから」

「なんか面白そうだったから。空間も時間も歪むんだって」

「普段の生活でそれを実感することはまずないよ」

「楽しい時はあっというまに時間が過ぎるけど、嫌な時はなかなか進まないじゃない」

「それは心理学的な話。その本どこのあったの」

「あそこの本棚にあったよ。他にも一般相対性理論とか量子力学とかよくわからない数式だらけのがいっぱい」


なんでそんな教科書が高校の図書館にあるんだろう。


「不思議よね。一般に光速って呼ばれている速度に時間も空間も支配されているような感じ。誰がこの世界をこんなややこしい仕組みにしたのかな」

「神様ってやつじゃない?」

「物理学って神様の発想を理解する学問?」

「そうかもね」


この世界の仕組み。

ぼくたちはそれをどこまで理解できるんだろう。

認識できることと、それを超えたこと。

知りようのないことは、どうしようもないのだろうけど。



もう梅雨は明けて、本格的な夏がやってきた。

週末のお昼時。行きつけになっているパスタ屋さんに有希葉といる。


彼女は相変わらず、メニューを見て悩んだ挙句にエビのピリ辛トマトソースを注文していた。

窓の向こうは夏の空。街路樹の木の間から眩しすぎる日の光が差してくる。

揺れる木の葉が日差しを揺らしている。


オーダーとメニューを回収していったウェイトレスを見送って視線を前に向けると、にこにこした顔が目に入る。


「…どうかしましたか?」


なにかを企んでいる目だ。

提案という名の指示が下る予兆を感じる。だが荷物持ちは先々週やった。

さすがにそこまで高頻度で物資調達をするほどの資金はないはずだ。だとすると、


「もうすぐ夏休みだねえ」

「まだニ週間ほどあるよ」


明るい赤茶色の髪が白いシャツの上で揺れている。

休みに入ったらどこか遊びにつれていきなさい、ということらしい。目は雄弁に語る。


夏らしくどこか泳ぎにでも?


「わたしの水着姿が見たいのね。とてもよくわかるわあその気持ち」

「水族館にクラゲでも見にいくか」


主導権を握っていると思わせるのはいい。だがしかし完全に取られてはいけない。

いつでも反撃できることをほのめかしておくことも大事だ。


「そんなこと言って。あした五十鈴と一緒に水着を買いに行くの。見せてあげるね」

「またお買い物ですか。先々週、荷物持ちしたような気がするけど」

「ななくんと最後に一緒に買い物に行ったのは、ずっと前のまだ涼しかったじゃない?水着にはまだ早かったし」


そんなはずはないが…荷物持ちさせたのをはぐらかしている?


それはいいとして、結局のところ泳ぎに行くことになった。

有希葉の水着姿を見たいというのは間違ってはいない。


「海?プール?」

「屋内がいい。日焼けしたくないし」


ぼく的にも日焼けでヒリヒリするのは避けたいのだが、たまには海に行きたい気もあった。

けどこういう時は相手の希望を尊重した方がいいんだろうな。


また涼しくなってから一緒に海を見に行けばいいか。


「あそこにあるよね。ほらモノレールに乗って海の方に行ったところ」


人工島に大型の屋内プールがあった。

大きなウォータースライダーと長い流水プールが売りらしいのだが、まだ行ったことがなかった。



有希葉がエビのピリ辛トマトソースのパスタを幸せそうに食べている。


「いつもそれだね」

「おいしい」

「だけどそれを注文する前に必ずメニューを見るのはなぜ?」

「これを超える品がないか確認するの」

「毎回見る必要はないのでは」

「新しいメニューができているかもしれないし、その日の気分で食べたいものが変わるかもしれないし」


でも結局いつも同じ。


「もう一皿、頼もうかな」


水着を着るのにいいのか?

と心の中で正論が浮かんでも、言うべきではないことは数多ある。

そのくらいの分別がつくような歳にはなっていた。



「絵は描いてるの?」

「描いてるよ。いままたすごいの考えたから」


有希葉は美術部員でもないのに美術部のアトリエに出入りして、絵を描くのを趣味のようにしていた。


「どんなの?」

「日の光がこう…ぱあぁぁーって感じで」


両手を広げて空中でくるくる回している。

本人はすごく楽しそう。


「わかんないです」

「わかんないかなあ」

「うんわかんない」


ぼくには芸術がわからないようだ。

というかこの説明でわかる人がいるのか。


「そもそも何の絵を描いてるんだっけ?」

「風景画」

「どんなところの?」

「この街だよ。山側から海の方を見渡した感じで。だけど描きたいのは、街よりも日の光」

「夕焼けとか?」

「夕焼け朝焼けもきれいだけど、いま考えているのは雨上がりというか、雲が切れて日の光が差し込むようなところ」


光の筋が天から降りてくるような神々しいやつね。


「それをどんな感じに?」

「見ていて心が晴れるようなふうに描きたいの。わあぁぁーって感じになるような」


両手を広げて空中でくるくる回している。


「明るい色で描けばそんな感じになる?」

「絵に動きがいると思う。あもちろん絵は動かないんだけど、見ている人が動きを感じるような表現というか。雲が切れて晴れていくところを想像できるような描き方ができればいいと思うんだけど」


絵の話になると力が入る。


「ね〜一緒の描こうよ」

「絵は見るだけでいいです」


ぼくにそんな才能がある気がしない。



「ちゃんとご飯食べてる?」

「食べてるよ。主食は学食だけど」

「自分では作らないでしょ」

「たまに作るよ」

「レトルトカレーとか」

「まあ…そうかな」

「だいたいスーパーかコンビニの惣菜かお弁当じゃないの?それか外食か」


ほぼ正解。


「バランスは一応考えているよ。野菜は摂るようにしているし、たんぱく質も魚とか鳥とか牛とか豚とかばらつくようにしているし」

「朝ごはんも食べてる?」

「食べてます」

「シリアルバーとかじゃないでしょうね?」

「なるべくおにぎりとかサンドイッチとか」

「それならいいけど」

「ゆきは自分で作ってるの?」

「毎日じゃないけど、ときどきはね。魚焼いたり野菜炒めたりはしているよ」

「へー」

「なによ、その意外そうな反応。気合い入れて作る時もあるんだから。今度作ってあげようか?」

「さすがにそこまでお世話になるのは」

「遠慮しなくていいのに」



で、大沢とはどうなん?


逃げられないのはわかってる。答え方がわかっていないだけだ。

同級生たちにたびたび聞かれるこの質問。別になにもないよ。なんて回答は期待されてない。

だけどまじめに答えようとすると、真剣な話、なんて言えばいいのか本当に困っていた。


客観的に見ても主観的に見ても、有希葉はとても魅力的だった。

非の打ち所がないと言っていいレベルで。

なぜこんな女の子がぼくを気に入ってくれているのだろう?というのが正直な印象。

好きか嫌いかの二択で聞かれれば、迷うことなく好きと答える。


もし仮に本人から「わたしのこと、どう思ってるの?」なんて聞かれたら、どこまで正直に答えてしまっていいのだろうか。


なのだけど、いま以上の関係を積極的には望まないのは、先に進めようという気にならないのは、なにかが心の奥底に引っかかっているような、そんな感覚が確かにあった。


そしてそれは有希葉に原因があるのではなく、ぼくの問題だった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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