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★毎日更新★わたしのことだけ忘れるとかひどくない?燃やしたら思い出すかしら。  作者: ゆくかわ天然水


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056.玲奈と五十鈴

「そんな質問をしてくるなんて、ようやくわたしへの想いに気がついたのね♡」


…いきなり聞く相手を間違えた気がする。


放課後の談話室。

畳の間で玲奈の抹茶をいただいていた。

素朴に愛情ってどういうことなんだろって聞いてみただけなのだが。


「愛とは求めるものよ。人は求められることで自分の価値を実感できるの」

「いまいち感覚がわからないな」

「北山くんのわたしに対する想い。それが愛よ」

「ぼくは玲奈を求めたりはしてはいないが…」

「まだ素直になれてないのね。自分の内面と向き合って、秘めた気持ちを解き放つの」


ぼくが玲奈に特別な感情を持っている前提になっているのはなぜだろう。


「求められるというか、期待されることが自己肯定につながるというのはわかる気がする」

「北山くんはわたしになにを期待してくれているのかしら」

「特にこれと言ってなにもないけど」

「そんなはずないでしょ。愛しの玲奈ちゃんなのに」

「和服姿で抹茶を点ててくれたらうれしいかな」


玲奈が目を見開いて声も大きくなる。


「その程度だったの?北山くんのわたしへの愛って?見損なったわ!!」


なぜ怒られる?


「玲奈は誰かになにかを求めたりはしている?」

「わたしは人に求められるだけ十分なの。わたしが求めたりはしないから」


それって玲奈の定義だと、玲奈には愛情がないってことでは?

やっぱり聞く相手を間違えたか。


「で」

「はい」

「本題に入らないの?」

「本題?」

「今日は恋バナ相談しに来たんでしょ?」

「違うけど」

「愛しの人に『愛とは』なんて言っておいて恋バナ相談じゃないってどう言うこと?」


愛しの人って誰だろう。


「そんな浮いた話じゃなくて一般的な意味での話だよ。心理的というか社会的というか、そんな観点で愛情という言葉はどのように理解されて了解されているものなのか」


ふ〜ん、って顔してる。


「やっぱり相手に対してのなんらかの期待じゃないかしら」

「見返りを求めることが愛情?」

「そういう打算的なことじゃなくて、自分の気持ちに応えてほしいという欲求というか」

「自分のため?」

「そう言ってしまうと自己中な感じになるけど、もっと単純に自分が好きな人が自分のことも好きになってくれたらうれしいでしょ?」

「それはそうだけど」

「深く考えればいくらでも難しくできるだろうけど、本質は本能的で単純なことなのよきっと」


まじめに語る上岩瀬玲奈。

誰かを肯定的に強く意識すれば、それが愛情なのだろうか。


「だから北山くんも本能の命じるままにわたしを求めればいいの」


その表現だといけない勘違いをしてしまう人がいるのではないか。


「本気で言ってるの?」

「当然じゃない」


ご冗談を。


「で」

「まだなにか」

「やっぱりなにかあったんでしょ?」

「別になにも」

「どうして素直になれないのかしら」


なにかあったといえばあったのだが。


しかし玲奈の発想だと、愛情を与える側も受ける側も疲れそうだ。

もう少し穏やかな解釈を探してみよう。



「北山くんってそんなキャラだったの?」


次の日。昼やすみに食堂で五十鈴と特選さしみ定食をいただく。

鯛と鮃がうまそうだ。相変わらず学食とは思えない高級ぶり。

最近醤油にこだわり出したらしく、複数の銘柄の醤油差しが並ぶようになった。


それはいいとして、これってキャラの問題だろうか。

 

「人としてプリミティブなテーマだとは思うけど」

「それをまじめに話題にするなんてね。さてはなにかあった?有希葉と進展した?」

「そう言うわけでは」

「じゃあ喧嘩したとか」

「それもないけど」


つまんない、って顔してる。

喧嘩はしていない。

初めて家に来て鍋をしたというのは、進展したことになるのだろうか。


「主観的になにかあったとかじゃなくて、客観的な話だよ。多数派の認識というか社会通念というか」


ふ〜ん、って顔してる。


「愛は与えるものじゃないかな。相手にどれだけのことをしてあげられるか」


玲奈理論のアンチテーゼ。


「それは見返りを期待したもの?」

「ううん。あるとしても自己満足。相手につくすこと自体が目的」

「なぜつくそうと思うんだろ」

「自分が好きなものとか大切に思うものの役に立つって、うれしいことじゃない?」

「それはそうだけど」

「難しく考えることじゃないんじゃないかな。好きなものを大切にしたいってだけ」


アプローチの方向は玲奈と逆だけど、結論は近い気もする。


「五十鈴がつくしたいものは?」

「推しならいっぱいあるわ!マーズローバーならソジャーナから全部追っかけているから!!」


話が斜め方向に行きそうだ。


「でもいまのいち推しはニュー・ホライズンズかな。歴代の惑星探査機の中で最速なの。航行速度を向上させるために機体本体を軽量化して…」

「へ〜」


話が長くなりそうなので、軽い目にかわしておく。


「ほら見て」


五十鈴がスマホの画面を見せてくる。

真っ白な壁の部屋の中に、防塵服らしきものを着用した作業員が何名かと、自動車ほどの大きさのなんらかの機械が写っている。

その上部には直径数mはありそうな金色のパラボラアンテナらしきものが搭載されていた。


「…これは?」

「かっこいいでしょ?これに乗って冥王星まで行くの」


乗るの?


という話は置いておくとして、五十鈴の発想だと愛情の押し付けが生じうるのだろうか。

いずれにしても、一方通行じゃ成立しないな。

相手があってのことだし。

だとすれば、片思いではだめということになるのか。

それは寂しい気もするが。


定食に小さな急須が付いていて、中にお茶か出し汁らしきものが入っている。

魚の切り身をご飯に乗せて、お茶漬けにするということだろうか。



この話題は大昔からいままで、そしておそらくこれからもずっと、多くの人の心を悩ましてきたこと。

絶対的な解なんてないだろうし、それぞれの人が納得すればそれが解なんだろう。


愛情にもとづく行動は合理的と言えるのかどうか。

感情的な行動と見なされれば、合理的ではないとされるのかもしれない。


しかしそれが当事者たちの幸福に資するのであれば、合理的といえるのかもしれない。

だけどそれが合理的かどうかなんて、きっと問題じゃない。

大抵の人はそんな風には考えないだろう。


このような感情というものは、どうやって生じるものなのか。

心というのは脳内の思考だとすれば、結局は神経細胞の働きってことなのだろうけど。

それが玲奈や五十鈴が言うような思いを作るのだとすれば、どんな仕組みになっているのか。

なんてことも、大抵の人は考えないだろうな。


だけどそもそも人の意識ってどこからくるんだろう?

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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