052.ゆく年くる年
クリスマスが過ぎると、学校は冬休みに入る。
うちの学校は長期休み中の宿題や課題というのはないのだが、夏休みと同様に学校は開いている。
なので相変わらず授業はなくても学校に来ている生徒は多い。ご飯も食べられる。
夏休みと違うのは、年末年始の独特の雰囲気。
街を流れる空気も華やかな感じ。
午前中は図書館で自由研究の調べごととまとめる作業。
提出まであとニヶ月ほど。同じように冬休みを利用して追い込みをやっている生徒は結構いた。
昼休み。
午前中だけですでにかなり疲れた。
ほかの生徒たちも手を止めて休憩に入ろうとしている。
階段を登って食堂に向かう。
休みでも学校に来ている生徒は多いとはいえ、普段と比較すればずっと少ない。
食堂も空いていて快適だが、提供されるメニューはいつもよりは幾分見劣りする。
その中でひときわ華やかな和服姿が目に入った。
「あ北山くん。来てたんだ」
玲奈だった。
「今日ってなにかあるの?」
「新年用に新調したの。いいでしょ」
白と薄い金色が基調の振り袖を着ている。
髪飾りが見るたびに豪華になっているような。
学食で振り袖姿というのは目立ちすぎるというか明らかに浮いている。
その格好のままお昼ごはんを食べるのだろうか。
「茶道部は振り袖でなんでもできないといけないの。この格好でサッカーでもバスケでもするわ」
さすがにそれはあぶないんじゃないか。
袖が汚れるだろうし。
窓際近くのテーブルで向かい合って座る。
「年末ですね」
「そうですね」
「大掃除はしましたか?」
「まだですね」
「そうですか。ぼくもまだです」
玲奈の顔と声色が不機嫌モードになる。
「ちょっと。なんなのこの会話?こんなに着飾ったかわいい女の子を捕まえて年末の大掃除の話?」
振り袖姿を褒めろと。
「振り袖が素敵ですね。とてもお似合いです。色合いが玲奈さんの優美な雰囲気によく合っていると思います」
「でしょ?もっと褒めて」
確かによく似合ってる。見惚れるぐらい。
「なんで黙るのよ」
「見惚れてました」
「あ〜やっぱり?そうかと思ってたの」
調子に乗らせてしまった。
「だけど冗談でもお世辞でもなくて、ほんとにきれいだと思う。毎日見ていたいぐらい」
玲奈が山菜とろろ大盛りうどんを喉に詰めて咽せている。
「まっ毎日って、それってそれってまさかプロポーズ?そうなの?そうなの?でもそれはまだ早いわっ!!お互いのことをもっとよく知ってからでないと…」
わらびの破片が飛んでくる。
なにを突っ走っている?
「あの…玲奈さん。それは話が飛躍しすぎでは」
玲奈がコップの水を飲んでいる。
「ああびっくりした」
こちらこそ。
「北山くん」
「はい」
「気持ちはとてもうれしいの。わたしのことそんなに思ってくれていたなんて。でもね、ものごとには順序があって」
「だから違うから」
玲奈が微妙な笑顔。
「わたしのこと好きって言ってたくせに」
「何度も言うが恋愛的な意味じゃないので」
「いつ恋愛に変わるのかしら?」
「変わりません」
「我慢しなくていいのに」
どこまで本気で言っているのやら。
「でもプロポーズはまだだめよ。わたしたち学生だから」
「付き合う予定もないよね?」
話題を変える。
「年始のご予定などは」
「年明けに茶道部でお茶会を開くの。北山くんも来ない?男の子が全然いなくて」
「それっておしゃべり女子会なのでは」
「性別で制限なんてしてないわ。案内を送っておくから、誰か友達を誘ってきて」
もうすでに参加する流れになっている。
「和服女子が好きなんでしょ?」
それは否定しないが。
茶道部のお茶会か。
ちょっと行ってみたい気はする。
だけど友達って誰を誘う?
◇
大晦日。
仲のいい同級生の部屋で年越しパーティーをやっていた。男ばっかり七人ほど。
ゲームしたりテレビの特番観たり、ひたすらくだらないこと喋ったり。
年末も年始も、他の生き物にとってはいつもと変わらない日々なんだろうけど。
暦を作ってしまった人間にとっては、なぜか特別な時期。
今年の反省とか来年の抱負とかじっくり考えるために、ひと月ぐらい休みがあってもいいのに。
とか言って遊ぶだけかもしれないけど。
外は澱みのない静かな暗闇と散りばめられた街の灯り。
冷たい澄んだ空気が街中に満ちていて、その中を白い雪が静かに音もなく降りてくる。
もう少しで日付けが変わる。
別になにがあるわけでもないのに、暦と時刻のある人間にとっては特別な瞬間。
テレビでは毎年恒例の華やかな歌番組が終了し、各地のお寺の年越し中継がしっとりとした雰囲気で始まっている。
このままなし崩し的に年越しするのも、なんかもったいない気分。
(水菜月と一緒に年越ししたかったな)
ふとそんなことが思い浮かんで、いや夜中に二人で過ごすような関係じゃないだろ、と自分で否定する。
(クリスマスは一緒だったけど…)
とは言っても二人揃っていつものカフェに招かれていただけだが。
贈り物の交換もしてないし。食べ物の交換はしたかも。
以前の自分はどうしていたのだろう。
気にはなるがそこまでの記憶は残ってない。
水菜月は覚えているのだろうか。気恥ずかしいことしていたら嫌だな。
というかクリスマスの時に若干というか、だいぶ恥ずかしいことをしていた気がする。
水菜月が自然にやっていたということは、過去にもそうしていたのだろうか。
(いま一人なのかな)
スマホを取り出してメッセージを送ってみる。
「まだ起きてる?」
程なく返信が来る。
『起きてるよ』
どうしようか悩みつつ、思い切ってみた。
「いま電話かけても大丈夫かな?」
『大丈夫だよ。待ってるね』
同級生たちがはしゃいでいる部屋をこっそり抜け出して廊下に出る。
音を立てないように扉を閉めて少し離れると、水菜月に電話をかけた。
『もしもし?』
「あっあの、別に何か用事があったわけじゃないんだけど…」
少し笑うような声が聞こえる。
『年越しにわたしの声が聞きたかったのね。いいよ。お話ししてあげる』
図星なことを言われてしまう。
「そうなんだけど、なんでそんなに鋭いの?」
また笑い声。
『わたしは北山くんのことは、ずっと前から知っているからね』
過去のぼくがそんなことをしていたのだろうか。
でも水菜月とはやっぱり仲が良かったんだな。
その記憶の多くが失われているのは、本当に残念だ。
そのあとはお互いの近況報告。
と言っても先週も会っていたけれど。
除夜の鐘がどこからか静かに響いてくる。
そうこうしているうちに午前0時を迎える。
電話越しに新年の挨拶を交わし、学校が始まる前に一度会う約束をして通話を終了した。
玲奈のお茶会の話をするの忘れた。
年明けに会った時でいいか。
部屋に戻る。
同級生たちに捕まる。
「ななお、どこに行ってたんだ?」
「あちょっと電話を…」
「さては女だな?女だろ?」
「いやまあ、そう…だったかも」
「大沢じゃないの?そっちに行かなくてよかったのか?」
「ゆきではなくて…」
「なに別の女?別の女なのか?これはちょっと、ゆっくり聞かせてもらおうか」
取り囲まれてしまった。
その後しばらく尋問されたが、適当にしらばっくれて水菜月のことは話さなかった。
やがて遊び疲れてそのまま雑魚寝。
エアコンの音と、配達員のバイクの音がどこかから聞こえてくる。
昼前には起きて、それぞれ自宅に帰って行った。
◇
(新年か…)
不思議なものだ。
年末と年始で気分が変わる。
日の光も街の雰囲気も違って見える。
別になにが変わったわけでもないのに。
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