051.祝祭日の前夜
クリスマスイブ。
花火大会に続いて高台のカフェに招待されていた。
昨日から雪が降り続いていて、街はすっかり真っ白に覆われていた。
水菜月はダウンのジャケットに、珍しくニットの帽子をかぶっている。
お店の中も外もクリスマスイルミネーションとキラキラの飾り付けでいっぱい。
「メリー☆クリスマス!!」
ミニスカサンタコスの橘香さんが迎えてくれる。
赤と白のふわふわの衣装にロングブーツ。短いスカートが寒そう。
「こんばんは…」
水菜月は相変わらず。
「橘香さん、そんな格好するんですね」
「かわいいでしょう?」
かわいいけど、普段とイメージが違いすぎる。
実はコスプレの趣味があったり。
「コスプレ好きなわけではないですよ」
心が読めるのか?
「北山夫妻の指定席はちゃんと用意してありますから」
いつもの窓際席に案内される。
「外は寒かったですよね。飲み物は温かいものにしましょうか?」
カフェラテを二つ。
「北山夫妻…」
水菜月が引っかかっている。
「気にしないようにしよう」
クリスマスイブのパーティーと言っても、なにかイベントやアトラクションがあるわけでもなく、ただ常連客と店員がいつもの如くのんびりおしゃべりをするゆるい時間。
パリピじゃないぼくとしては、その方がありがたかった。
ただビンゴだけはあった。
一部の参加者が持参した手土産が景品になっていた。
ぼくは老舗の和菓子屋の煎餅詰め合わせを当てた。
クリスマスとは思えないのだが、正月用だろうか。
水菜月はなにも当てられず、むくれていた。
秋の花火大会のような規模ではないけれど、海上からの打ち上げ花火があった。
窓から見える雪の中の花火。
「秋の花火大会もここから見たんだよね」
「覚えてる?」
「断片的には」
「どんなこと?」
「なにがあったかはいくらか思い出せるんだけど、その時にぼくがなにを考えたかがわからないんだ。当時のぼくがどう思っていたのかがわからない」
「気持ちが思い出せないのね」
「そんな感じ。だからあの、この前も話したこともあったのは思い出せるんだけど、どう感じていたのかが思い出せない」
「あれは…その、ごめんなさい」
また俯いてしまった。
「水菜月があやまるようなことだったの?」
「急なことだったので…事故だったということで」
「じゃあ、そうしときます」
もうこれ以上は触れない方がいいかも知れない。
「ひとの意識ってどこから来るんだろうという気がしてて」
「どこから来るって?」
「気がついた時にはこの世界にいたって感じじゃない?」
「まあそうだけど…」
「逆に死ぬ時は、よくわからないけど、その逆でいつの間にか意識が消え失せるんじゃないのかな」
リアクションに困ってるみたい。
「なんなんだろうね。この意識って。確かにあるんだけど、実態がよくわからないというか」
「魂とか、そういうこと?」
「むかしから世界中でそういうものの存在を仮定して説明しているけど、それ自体が捉えどころがなくて。科学的な説明なんていまでもできないし」
くすくす笑ってる。
「北山くんらしいね。そういう考え」
「そうかな?」
「でもね」
カフェラテのカップをテーブルに置く。
「そんなにややこしく考えなくてもいいんじゃないかな。どんな仕組みになっているのかなんて、すぐにはわからないよ。ずっとわからないかも知れないし」
まあそうなんだろうけど。
「どんな仕組みになっていたとしても、わたしたちはいま確かにここにいるの。ずっといるわけじゃないけど、どんなものだって永遠には存在しないんだし」
「なぜかなんてわからないものはいくらでもあるよ。それらが全部わからないといけないなんて言い出したら、一日中悩んでいなきゃいけなくなるじゃない。しかもそれでも解決しないだろうし」
「この世界が存在する理由もわたしたちが存在する理由も、与えられたものとしてはきっとなにもないの。なにかのために作られたのじゃなくて、ただの偶然。だけど確かにわたしたちはここにいて、ここで生きているの。そのことに意味が必要なのであれば、自分たちで意味づけすればいいじゃない」
「すでにあるはずのものを探そうとするのではなくて、納得できるものを自分で考えればいいの」
「それだけの自由は、わたしたちにもあるはず」
水菜月はおそらく、ぼくの問いに答えているのではなく、彼女自身の迷いに自分で答えているのだろう。
自分たちの存在。自分たちが存在する理由。
彼女にとってはそのことが、ぼく以上に悩ましいのかもしれない。
ぼくはただ、興味本位で考えていた。
だけどきっと彼女にとっては、自身の特殊な境遇を受け入れるためのこと。
(水菜月を一人にしてはいけない)
(そのために、ぼくは彼女になにができるのだろう)
そんなことを思い始めていた。
料理はビュッフェ形式で振る舞われていた。
クリスマスらしく、七面鳥らしき鳥の丸焼きがテーブルに鎮座している。
二人でそれぞれ取ってきた料理をシェアしていただく。
ここのお店にはよく来ていたけど、たいていお茶するだけでがっつり食事することはあまりなかったのだが、とても美味しい。
「店長って料理も上手だったんだな」
「そうね」
だいぶ失礼なこと言っている気がする。
だけど普段よく食べていたスイーツの類もおいしかったので、別に意外なことでもない。
「ねえ」
「なんでしょう」
「ほら」
水菜月が左手で頬杖をついて、右手に鳥肉を突き刺したフォークを持って差し出してくる。
しかもものすごくニヤついた顔をしている。
「あの水菜月さん、それは」
「あ〜ん」
「いやちょっとあの」
「なに恥ずかしがってるのよ」
なんかもうどこでも見る定番のネタだけど、水菜月ってそんなキャラだっただろうか。
「七州さん、そういうのはきちんと受けないと相手に失礼ですよ」
躊躇していると通りすがりの橘香さんに促される。見てたのか。
仕方なく差し出された鳥肉をいただく。
だいぶ恥ずかしいんですけど。
周りの視線が気になりつつも咀嚼して飲み込む。
「これで、よいでしょうか?」
「うん。おいしい?」
「おいしいです」
水菜月は満足そう。
今度は両手で頬杖をついている。
「ねえ」
「なんでしょう」
「お返しはないの?」
そういう要求があるのか。
「…わかりました」
フォークでサラダのプチトマトを突き刺して差し出す。
水菜月が嬉しそうにそれを口に入れている。
こんなこと本当にみんな普通にやっているのだろうか。
なんてこと考えつつスプーンを手に取りミネストローネをいただこうとすると、再び水菜月の割り込みが入る。
「ねえ」
「なんでしょう」
「次は貝柱が食べたい」
まだやるの?
そのあと、スープにマリネにピラフにピザにデザートのケーキまで食べさせることになった。
◇
お店を出ると、もう雪は止んでいた。音のない暗闇に広がる白い世界。
下り坂の向こうには街の灯りが瞬いている。
「おやすみなさ〜い☆」
店員さんたちが手を振って送り出してくれる。
お客たちはそれぞれクルマや徒歩で帰路につく。
「楽しかったね」
駅まで続く緩やかな坂道。
積もった雪が音を吸い込んでしまっているかのような、静寂の夜の帷の中。
ぼくの隣を歩く水菜月が白い息を吐きながら、澄んだ笑顔で静かに話す。
「他の人たちにだいぶ見られてたよ」
「やっぱり照れてた?」
「水菜月は気にならないの?」
「ならないよ。どうして?」
そういうものなのか。
水菜月が楽しく過ごしてくれたのならそれでいいけどね。
凍てつく寒さが頬を刺す冬の夜。だけど平和で静かな空間と時間。
透き通った空気が満ちている。曇りのないガラスのような世界。
銀白の雪と漆黒の空。その中に散りばめられた街の光の粒。
二人で歩く楽しかったパーティーの帰り道。
この瞬間だけを切り取れば、とても心が安らぐ恵まれた幸せな断面になる。
彼女の目には、この世界はどのように映っているのだろう。
ぼくが知らない側面を、おそらく彼女は見ている。
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