050.ぼくたちはどこに行くのだろう
ある種類の鳥がいて、手の込んだ巣作りをするようになったとする。
技術的には高度で、巣作りという観点では進歩したといえる。
そうすることによりひな鳥を外敵から守りやすくなるのであれば、種として生存競争に強くなったことになる。
それはつまり、進化したことになるだろう。
ところがそれが、行き過ぎた場合はどうなるか。
巣作りとそのメンテナンスに鳥たちは時間を取られ、生殖と産卵とひな鳥の世話が十分にできなくなり、鳥全体の個体数が減少していったとすれば、生物学者たちは巣作りの高度化を生物としての進化とみるだろうか?
あらゆるの生き物にとって自分と同じ生物種を維持すること、つまり絶滅しないように子孫を残すことは最重要課題であり、生き物としての進化とは環境に合わせて生存確率を維持向上させることだった。
先進国であるほど人口が減っていくヒトの社会において、先進国は生物学的に適切と言える進歩をしているのだろうか。
「なんてこと考えてみたのだが」
「相変わらず暇そうだな」
社会学的な観点の人類や人間と、生物学的な観点のヒトとはだいぶ事情が異なるのではないか。
そんな気がしていた。
テーブルの上に積まれたメンチカツバーガーを旗章ががっついている。
駅ビルの構内にあるファーストフード店で晩ごはんを食べていた。
「生物の進化というのは生存競争に勝ち抜くためであって、個体数が減少しているのであればそれに反するよね」
「まあそうだな。文明の進歩は必ずしも良いことではないってことだ」
「人類はどうなるんだろ」
「いずれは滅びるさ。あらゆる生物がそうだろ。繁栄した期間が短い長いはあるだろうけど。オオツノジカみたいに行き過ぎた進化が原因で滅んだ例は他にもある。知能が発達しすぎて絶滅したなんてことになるのかもな」
「それほど遠い未来ではないかもね」
「そうだろうな。ヒトの社会はこの数千年で大きく変化した。しかもそれは他の生物と違って地球環境への負荷が大きい。この調子だと滅びるまで何万年もかからんのじゃないか」
「宇宙の歴史から考えたら一瞬だな」
「知能が高すぎる生物というのは、そもそも自然環境とは相性が悪い。自然環境を利用しようとして破壊してしまう。他の生物だとそんなことはそもそもできないが」
「それを自覚していたら防ぐこともできるんじゃないか?」
「そうであればいいけどな。世の中を見てそう思うか?」
確かにとても楽観的でいられる状態ではないのだが。
多くの国で人口が減少している。
それも先進国で減少している。
途上国で病気や食糧不足が原因で人口が減少するのなら、文明の進歩で解決できる。
しかし、先進国で減少していると言うことは、進めば進むほど減少することになる。
いまはひょっとして人類の絶頂期で、今後は長期的に衰退していくのかもしれない。
「知能を生存競争の武器とした生物というのは、最強に見えて実は自滅的なんじゃないか」
生き残るためにいろんな生物がいろんな手段を身につけている。
鋭い牙だったり、硬い甲羅だったり、空を飛べたり、毒を持ったり、擬態や保護色、大量の卵を産んで数で勝負したり、深海や砂漠など他の生物が住めない環境に適応したり。
その中で高度な知能というのは禁じ手だったのだろうか。
この話題では考えれば考えるほど暗くなってしまう。
違う話をしてみよう。
「十月にはハロウィンがあり、十二月にはクリスマスがあり、二月にはバレンタインがある」
「いきなりなんの話だ」
「将来的に四月六月八月にもなんらかのイベントが考案される可能性について」
メンチカツバーガーが順調に消費されていく。
「個人消費を喚起するためのネタとして既存の記念日を利用する話だな。年中ある方が都合がいいように見えるが、それだと特別感が無くならないか?イベントというのはたまにあるから盛り上がるんだろ?」
それはそうかも。
「ガチャを回して出てくるのが全てレアキャラだとすれば、それはレアキャラなのか?って話だ。価値というのは相対的なものだろ。平凡な日常の中にたまに記念日があるから盛り上がって消費も喚起されるのであって、たびたびあるのではそうはならんのではないか?」
ポテトも見る間に減っていく。
「イベントの数が倍になったからって、それに伴う消費も倍になるっていうのはないだろうな」
ぼくもメンチカツバーガーのおかわりをもらう。
「単純に倍にならなくても、企画する側としてはなにか考えたくならないかな。たとえば四月になにかするとすれば?」
「キリスト教系だったらイースターというのがあるが」
復活祭。クリスマスが生誕祭なのであれば、ありかもしれない。
商業イベントに利用できそうなネタはあるだろうか。
「イースターエッグとか言って子供たちが卵に色を塗ったりするのはあるが、それより卵料理をたべる方向に持っていくのはいいかもな。オムライスを食べる日にして、やたら豪華なのをレストランが考案するとか」
スマホでいろいろ調べてみる。
イースターバニーというのがある。
うさぎがやってきてよい子にだけプレゼントを配る、なんて伝承もあるらしい。
贈り物というのは商業的には重要案件だ。
これは使える。
「クリスマスのサンタクロースに近いのか」
「それを超える可能性を感じないか?バニーだぞ?」
「男しか喜ばないネタを考えているだろ」
髭もじゃの爺さんよりきれいなバニーガールの方が商業的には有利な気がしたが、それだと確かに性別と年齢層に制限が出てしまう。
「全年齢層向けには可愛らしいぬいぐるみみたいなうさぎがプレゼントを配るようにして、紳士向けに紳士向けのバニーを用意すれば」
「それは紳士なのか?」
「クリスマスだってミニスカサンタなんて普通にいるじゃないか」
こんな会話、有希葉と水菜月には聞かせられないな。
玲奈は喜ぶかも。自分がバニーになるなんて言い出しそうだ。
(玲奈のバニー姿…見てみたい気もする)
話を戻そう。
「他の可能性は」
「エイプリルフールをイベント化できるかどうか」
これは難易度が高いかも知れない。
曲がりなりにも嘘をつくことが、正当化され容認されることになる。
悪ふざけがすぎて、大きな問題に発展することが容易に想像できる。
「嘘をつくのではなく、ジョークや軽いいたずらで笑いをとる方向にすればいいのでは」
「ハロウィンの春期版のイメージか。十月のハロウィンはいろいろ問題もあるみたいだけどな」
他のイベントのような象徴的なアイテムやキャラクターがないのも、盛り上げるには不利になるかも知れない。
違うのを考えてみよう。
「花見」
「すでに広く定着しているじゃないか」
「花咲か爺さんがプレゼントを」
「その路線はないな」
「バニー姿で」
「大丈夫か」
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