049.冬の公園
昼頃から広がり始めた雲は夕方には全天を覆い尽くし、白い雪が静かに舞い始めた。
年末が近いこの時期。街は華やかな雰囲気だが、今日の空模様は沈んだ感じ。
だからというわけでもないけれど、水菜月といつもの高台のカフェではなく、今日は海沿いの公園の近くのお店で食事をしていた。
一応シーフード?のレストランらしい。エビとか貝柱とかを使ったメニューが多い。
のだけれど中華なのか地中海なのか統一した感じがない。
創作料理っていうのだろうか。
サラダとピラフらしきものを注文する。
あとカルパッチョかマリネみたいなのも一皿。
デザートは後にしよう。
窓から見える夜の街。街灯の光に照らされて音もなく雪が舞い降りてくる。
「あそこの店長からまたお誘いがあったよ。水菜月も一緒にって」
「お誘い?」
「クリスマスイブのディナーを招待客だけにするんだって。花火大会の時みたいに」
ちょっと驚いた顔のあとに少しニヤついた顔になる。
「ふ〜ん。クリスマスイブの夜にわたしを誘おうと?」
あまり気にしてなかったけど、クリスマスイブってやっぱり特別な意味になってしまうんだろうか?
むかしはこの時期になると、年頃の人たちがこぞってドタバタしたみたいな話は聞いたことあるけれど。
「あ、いや、店長から話があったから一応聞いてみただけで、都合が良くなければそれでいいし…」
軽率だったかもしれない。
過去にも知り合いだったらしいとはいえ、いまはまだ出会ってひと月も経っていない。
水菜月がじっとこっちを見ている。
あんまり見つめられると緊張するんですけど。
「いいよ。一緒に行ってあげる」
笑顔で返ってきた。
「いいの?」
「うん。誘ってくれてありがとう」
このあとの水菜月は終始上機嫌だった。
十月の花火大会の時だって二人で招待されて行ってたんだし、考えすぎだったかもしれない。
というか、しょっちゅう二人であそこのカフェに行ってるじゃないか。昼間だけど。
それにいまだって二人で食事しているわけだし。
普段通りにしておけばいいんだ。
なにも特別なことはない。いつものこと。
「なんかうれしそうだね」
「だってイブにデートなんて素敵じゃない?」
特別なことになってるじゃないか。
そもそも何の日?調べるとクリスマスはイエス・キリストの誕生を祝う日となっている。
キリスト教徒じゃなきゃ関係ないじゃないか。
てなことをとりあえず思うけど、商業的な目的か理由で宗教に関係なく盛り上げるお約束になっている。
バレンタインもハロウィンもそんな感じだし。
そのうち四月六月八月もなにかイベントが考案されるかも知れない。
(八月はお盆を洒落た感じにアレンジするとか。精霊馬がプレゼントを積んだそりを引いて…)
ちょっとだいぶ無理がある気がする。
「…真剣な顔してどうしたの?なにか考え事?」
「あ、いや、きゅうりと爪楊枝でトナカイを作るとどうなるかなって」
「なにそれ」
◇
夕食のあと、二人で公園の歩道を歩きながら考えていた。
冷たい風が木の枝にわずかに残った枯れ葉を揺らしている。
音もなく降りそそぐ白い雪。それに覆われた静寂の街並み。
この道を二人で歩くのは、ぼくが覚えている限りでは初めてだった。
だけどいまのぼくの記憶にはないだけで、以前のぼくが彼女の手を引いて歩いたのかもしれない。
そんな二人の過去があったのなら、水菜月は覚えているのだろうけど。
まだ理解が追いつかないけれど、彼女は彼女の役割を果たそうとしているのなら、ぼくはそれを支えたいと思う。
そばにいて欲しいと彼女は言っていた。それだけで彼女の支えになれるのなら。
「ぼくが一緒にいるだけで、その、それだけでも、水菜月の気休めぐらいにはなってる?」
それを聞いて水菜月は笑いだす。
「なってるよ。気休めぐらいにはね」
沖合からクルーズ船が港に帰ってくるのが見える。
暗闇の海に浮かぶ明かりが鮮やかに映る。
「あなたが居なかったら、わたしももう居なかったかもしれない」
水菜月も居なかったかも。ぼくが居なければ?
それがどういう意味なのかは聞けなかった。
「外部世界からの干渉を止めるのが役割だって言ってたね」
「そうだよ」
「それをぼくが手伝えるかもしれないって」
「うん」
しばらくの沈黙。
「それとぼくの記憶を取り戻そうとしてくれている?」
「うん」
「…ありがと」
水菜月がこちらを向いて少し微笑む。
栗色の髪と瞳に街の灯が反射する。
「それは、わたしにとっても必要なことだから」
ぼくの過去の記憶が水菜月のなにに役立つのだろう。
「外部世界からの干渉を止めるのに、ぼくの記憶が必要ってこと?」
「ちょっと違うかな」
「じゃあなにに必要なの?」
水菜月が立ち止まってぼくと向き合う。
「わたしが生きていくのに、あなたの記憶が必要なの」
なにかとんでもなく重要なことを忘れてしまっているのだろうか。
なのに彼女は、なぜか楽しそう。
「ぼくは過去の世界でいったいなにをやってたの?」
「さあ、なにをしてたんだろうね」
笑いながら彼女はまた歩き出す。
「思い出してからのお楽しみかな」
はぐらかされてしまった。
再び二人で並んで歩く。
白い雪が街灯に照らされて、静かに降りてくる。
「この道を二人で歩いたことは?」
「あるよ」
やっぱりそうなんだ。
「腕を組んで歩いてたよ」
「え?」
「というのは冗談」
いたずらっぽく笑ってる。
「きみはそんなことしてくれなかったよ」
覚えてないからどこまでが本当なのかわからないんだけど。
ちょっとからかわれている気分。
(過去のぼくはきみのことを…)
どう思っていたのか。
それは水菜月に聞くことじゃない。自分の記憶を掘り起こさないと。
きみとの距離は近いのか遠いのか。
ぼくはそれを測りかねていた。
◇
雪の舞い散る夜の公園。
どこまでも広がる暗い海と、対照的なきらめく摩天楼の灯り。
不思議なきみはぼくをからかってはぐらかして。
出会って間もないのに、ずっと前から知り合いで。
きみは全てを知っているのに、ぼくはなにもわかってなくて。
きみはぼくが必要だというけれど、ぼくはきみになにができるのだろう。
過去のぼくがきみを大切にしていたのなら、いまのぼくもそうすべきなのだけど。
過去のぼくがなにを考えてどう思っていたのか、それがわからない。
きみとぼくはなぜ過去もいまも、おそらく未来においても、出会うのだろう。
記憶が消されてしまうというのに。
それはつまり本来は、出会うはずではないということかも知れないのに。
ぼくの記憶がきみにとって必要なのであれば、ぼくにとってもきみが必要なはずじゃないのか。
根拠はないのだけれど、それは正しいという確信のようなものがなぜかあった。
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