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★毎日更新★わたしのことだけ忘れるとかひどくない?燃やしたら思い出すかしら。  作者: ゆくかわ天然水


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047.有希葉のアトリエ

芸術的なセンスなり才能なりが自分にあるとは思ってないが、周囲にそういったことに関心があったり取り組んでいたりする人がいると、自然と興味が湧いて多少なりとも理解ができるような気分になったりもする。



正式には簡潔に美術室というシンプルな名前ではあったが、クリエイティブ系全般のアトリエのような施設が校内にあった。

美術部の活動拠点ではあるのだが、それ以外にも工芸、建築、服飾デザイン、漫画、アニメーションなどアート的な興味を持つ生徒たちが広いスタジオや工房を自由に使っていた。

画材や道具類も申請が通れば学校の予算で購入することができた。


図書室が人文科学・自然科学系の関心の拠点であるとすれば、ここは自称クリエイターたちのガレージだった。

そして見た目もかつてのニューヨーク・ソーホー地区にあったような、ロフトみたいなデザインになっている。


美術部員でもないのに有希葉はここによく出入りして絵を描いていた。

で今日は有希葉に「たまには芸術に触れなさい」とか言われて連れられてぼくも来ていた。

ぼく自身は絵描きの趣味はないし、おそらく才能もない。


そしてここは有希葉のアトリエ。

学校とは思えない屋根裏的な雰囲気が漂っている。

壁にはJ.M.W.ターナーの複製画が掛けてあった。


「あんなふうに日の光を描きたいの」


アーミーグリーン色の絵画用エプロンを着て髪を後ろで束ねた有希葉が、筆を握りながら力説している。

あれが以前言っていた「日の光がこう…ぱあぁぁーって感じで」ってやつなのか。


「あれをもっと現代的な有希葉風に解釈するから」

「有希葉風」

「知性的で清楚でかわいいって意味」


腕を伸ばして右手で筆を体の前に構えて、左手を腰にあててポーズを取っている。


「ふうん」

「なにその乾いた反応」


イーゼルの上にキャンバスが載っていて、どこかの風景画らしきものが描かれている。

灰色の雲とバニラ色の日の光が交差しているような空模様。

知性的で清楚でかわいいって言うよりは、沸き立つ雲がだいぶ躍動的で力強い感じ。


夜の嵐の後に差し込む朝日というかなんというか。風神雷神を描いても似合うかも知れない。

清楚でかわいい要素はどこなんだろう。


「なにか失礼なこと考えているでしょ」

「いえ、とてもお上手です」


確かに上手だった。

少なくとも技術的にはかなり上級者なのは素人が見てもわかる。



視覚的にきれいとか美しいとか感じるのは、なんでなんだろう。

しかも、幾らかは好みの違いがあるにせよ、多くの人で認識が共通する。

遺伝子的にこういうものを美しいと認識する、という思考様式が構築されているのだろうか。

だとすればそれはなぜなのか?その方が生存確率が上がるようななにかがある?


美しいと感じるものの方が安全なのであれば、そうかも知れない。

しかしきれいな花に毒があったりする。

見た目は良くないのに栄養価が高い食べ物もある。


美しさを感じるということが、精神衛生において好ましい効果があるからだろうか。

見た目が重要、と言えば語弊がある表現かも知れないが、ヒトという生き物にとっては視覚は重要な感覚ではあるのは確かだと思う。



「好きな画家の作品を所有してみたいと思う?」

「原画を買うってこと?」

「お金は十分あるとして。たとえばあのターナーとか」


有希葉は壁に掛けてある絵を見ながらちょっと考えて答える。


「そのものを身近に置いておけるのはいいけれど、原画を所有するのは躊躇するかな」

「それはなぜ」

「責任が伴うから。原画ってそれ一枚しか存在しないわけじゃない?作家が描いた唯一のもので、それが失われたら世界からその絵がなくなるわけだし。複製画を所有するのとは全然ちがうことだと思う」


「原画というのは所有者だけのものじゃないと思うの。世の人たちみんなのためにその絵を守る責任があるんじゃないかな。所有するというよりは預かるって感じ」


「わたしはそこまでは負えなくて、なので家に飾るなら複製画でいいと思う」


「原画は美術館で見れたらそれでいいよ」


「いまどきのデジタルで描かれた絵なら、そんなこと気にしなくてもいいんだろうけど」



「はいこれ」


有希葉が筆と絵の具を手渡してくる。


「キャンバスとかイーゼルとかはあっちにあるの使っていいから」


いつの間にかぼくも絵を描く流れになっている。


「あの、有希葉さん」

「ななくんも描くの」

「なにを?」

「わ・た・し☆」


笑顔で自分の顔を指さしている。

有希葉の肖像画を描けと?


「いや無理だし」

「なんでよ。最高の題材じゃない」


そういう意味じゃなくて。


「油絵なんて描いたことないし」

「わたしも最初はそうだっだよ」


そりゃそうだろうけど。


「期待に応えられるものが描ける気がしない」

「納得できるまで何枚描いてもいいよ」



有希葉の手を逃れて美術室の中を徘徊してみる。

黒褐色したウォールナットのフローリングがフロア全体を覆っている。


いたるところに制作途中の作品が置かれてあり、そのいくつかでは生徒たちが創作活動をしていた。

しかしその様子は一言で表現するとすればカオスだった。


くまのぬいぐるみらしきものの頭部がなまはげだったり、割れた壺から人間の脚とタコの足が飛び出ていたり。

五十鈴が話していたように、芸術は言ったもの勝ちなのかもしれない。


フロアによっては比較的まともに見えるものもあった。


建築物のミニチュア模型が並んでいる。

教会、図書館、博物館、コンサートホール、高層ビル、リゾートホテル、集合住宅、吊り橋、などなど。

創作ではあるだろうけど、どれも現実的な造形だった。


細部まで作り込まれた作品に、製作者の意気込みと才能を感じる。

きっと将来はその方面に進むのだろう。

いずれは素晴らしい作品を残してくれるのかもしれない。


その中で一際大きいものがある。

中央に楕円形のフィールドがあり、その周囲を観客席らしい階段状の構造物が取り囲んでいる。

イタリアのコロッセオを彷彿させる重厚な意匠。

陸上競技場だろうか。しかしそれにしては規模が大き過ぎるような。

横にプレートが貼ってある。


『モーターヘッド闘技場 完成予想模型 上岩瀬玲奈』


見なかったことにしよう。


少し離れたところにロケットの発射台もあったが、製作者名は確認しなかった。

しなくてもわかった。



有希葉に見つからないようにこっそりと美術室を後にした。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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