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箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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043.記憶の一部

知らないことを知ることは、期待と不安が入り混じる。

でも大抵の場合は、踏み出した方がいい。

知っても知らなくても事実は変わらないのと、知ることによる可能性に賭けたいからだ。



よく晴れた冬の午後。


自宅から散歩がてらに坂道を登る。ときどき来る高台のカフェ。

葉の落ちた木々の間を抜けると、コンクリートむき出しの壁とガラス張りの建物。

透明で大きなガラスの大きな扉を押して中に入る。エアコンの風が暖かい。

今日はあまり客がいないようで、店内は静かだった。


いつものように窓際の席に座ると、店員さんがオーダーを取りに来る。

アッシュグレーのボブがかわいい。

新作ケーキのセットを勧められたのでそれにしておく。


外の空気は乾いて澄んでいて、広い窓からは街並みの向こうに青い海と空がきれいに見える。

街の中心部に立ち並ぶ高層ビル。一際高くツインタワーが見える。

その向こうの岸壁には、コンテナクレーンの巨大なロボットのような姿。


ガラス窓越しに景色を眺めながら、昨日の出来事を思い出していた。

スマホには桂川水菜月という女の子の連絡先が確かに登録されている。


(確かにあったことなんだよな)


一夜明けてみると、昨日のことが非現実的な夢の中の出来事のように思われた。


以前からあった曖昧ではあるけれど不思議な記憶。

昨日のことはそれとよく重なっていた。

彼女はぼくの前世を知っていると言っていた。

この記憶が前世の名残ということなら、一応話が合うことは合う。

実際にそんなことが起こるのであればだけど。


(前世とか生まれ変わりなんて、実際にありうるのか?)


横断歩道で起きた、一瞬あの街が消えたように見えた現象。

あれは何だったのか。前世とかよくわからない記憶とかに関係しているのか。


(しばらくしたら記憶の一部が戻るかもって言ってたな)


いまでもいくらか記憶があるのだが、昨日ことをきっかけにもう少し明確になるのだろうか。


彼女がぼくの記憶にあった「あそこで出会う人」だったのであれば、自分にとっては重要人物であるような、曖昧だけど確かな感覚があったのが正しいのなら、ぼくは彼女のついてよく知らないといけない。


(わからないことが多すぎるし、冷静に考えて現実的だとはとても思えない話だけど…)


それでも確かめないといけない、と思う。

彼女は何者なのか。ぼくにとって何なのか。

少なくとも彼女はぼくのことを知っていた。初対面でいきなりフルネームで呼ばれた。


(もう一度話さなきゃ。思い出さないといけないことがあるはずだ)


スマホにメッセージを打つ。


『気になるのでもう少し話がしたい』


ほどなく了解の返信が来る。

明日の午後にこの店で待ち合わせることにした。


しかし。

客観的に冷静に考えてやっぱり不自然すぎる。

なにかに騙されているのだろうか?ただの偶然が重なっただけなのか?

それとも新手の宗教の勧誘か?にしては手が込んでいるような。


彼女と話せばわかることもあるだろう。



翌朝。目を覚まして気づいた。

それはちょっとした、いやかなり大きな驚きだった。


昨日まではなかったはずの、よくわからない記憶が増えていた。

桂川水菜月という女の子を、ぼくは知っていた。

それもただの知り合いとか同級生とかではなく、それなりに親しい間柄だったことを示唆するような記憶がいくつか混じっている。


(どういう関係だったんだ?)


でも詳しいことはわからない。

それに比較的最近のものだけというか、あまり古い記憶まではないようだった。


今日、会う約束になっているのだが。

ちょっと気まずいというか、どういう流れでいけばいいんだ。


と思ったがあまり気にしなくてもいいかもしれない。

そもそも彼女は全てを知っているみたいだったではないか。

思い出したことを正直に話して答え合わせをしたらいいのでは。


しかし。

もしなにかの間違いだったらちょっと穏やかじゃないものが一つある。


(花火大会?のときのあれって、言っちゃっていいのだろうか?)



高台のカフェの窓際の席。外は雪がちらついている。

なんとなく落ち着かない気分で待っていると、ガラスの扉が開いて彼女が入ってくる。

グレーのコートにベージュのマフラー。肩にはトートバッグ。

手を振ると彼女も気づいた。


向かい合って座る。


「ここの場所ってすぐにわかった?」

「うん。来たことあるから」


少し硬い表情。この前よりもちょっと緊張しているような?


「桂川…さん」


そう呼ぶと栗色の髪の少女は落胆したような表情を見せた。

呼び方がまずかったか。


蘇ったと思われる記憶の答え合わせをしてみよう。


「きみのことをいくらか思い出したみたいなんだ」


顔色が少し明るくなる。

先日、きみが言っていたことは正しかった。


「ぼくはきみのことを、水菜月って下の名前で呼んでいたね」


水菜月が頷く。


「これからも、同じように呼んでいいのかな?」

「うん、いいよ」


うれしそうな顔。

思い出した記憶の確認を続ける。


「週末にここのお店でよく会っていた。ぼくが誘って一緒にコンサートを聴きに行ったことがある?クラシック?ストラヴィンスキーの曲があったような?」


「絵本を描くよね?見せてもらったと思う。ひのとりさんのちょっとかわいそうな話」


穏やかでない記憶についても聞いてみる。


「あとあの、あまり言いにくいと言うか、もし思い違いだったらごめんなさいなんだけど、ここのお店で秋ごろに一緒に花火を見た?」


頷く。けどやっぱり気まずそう。


「そのときにその…きみを抱きしめていたような記憶があるのだけど、あってる?」


赤面して俯いてしまった。


「…あってる」


勘違いじゃなかった。


「そうか。断片的な記憶だけだけど、きみとは仲良しだったみたいで、それをすこしでも思い出せたのはよかった」


また笑顔を見せてくれた。


「もうすこし時間が経てばもっと思い出せるのかな」

「いまはまだ一部だけだと思う。それに…またあれが来れば忘れてしまう」

「きみのことをもっと思い出したいし、知りたいし、覚えていたい、と思う」

「ありがとう…」


水菜月の顔から不安の色がいくらか消えたように見えた。


(この子はぼくにとってどんな人だったんだろう)


多くの友人の記憶は明確にあるにもかかわらず、水菜月とはどんな関係だったのかはっきりとは思い出せずにいた。

なにがあったかはいくらか思い出せていた。

だけどなにを考えていたのかは、なにも思い出せなかった。


(ぼくはこの子のことをどのように思っていたんだろう)


とても魅力的ではあるけれど、謎の多い不思議な少女。

彼女への興味と共に、漠然とした不安を感じないでもなかった。



「甘党ですよね」

「…そうだったかしら」

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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