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【毎日更新・学園ラブコメSFまたはファンタジー・文庫本3巻分目標】5010.The Phoenix - 箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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004.高台のお店

ぼやけた脳裏に誰かの声が聞こえてくる。


(それをまた失うのか。そして忘れるのか)


失うってなにを?忘れるってなにを?

答えは返ってこない。


ただ夢を見ているだけなのか、それともなにかを思い出しているのか。

濁った意識の中で、言葉が漂う。

泥沼に飲み込まれていくような不安感。


繰り返し聞こえてくる誰かの声。脳が締め付けられるような感覚。

なぜか罪悪感と無力感が伴うような。


やがてそのまま意識は遠のいていく。



翌日の朝。スマホのアラームで眼が覚める。

薄暗い部屋に白い天井。カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。

今日も天気が良さそうだ。すでに部屋の中が蒸し暑くなりつつある。

寝汗がひどい。右手であさってベッドの下に落ちているタオルを拾う。


またあの夢を見ていたようだ。繰り返し見るおかしな夢。

なにかを失う。なにかを忘れる。誰かがぼくに言ってくる。

ただそれだけなのだが、強い喪失感と脱力感が後に引く。

そのおぼろげな記憶が残っている。


(過去になにか、トラウマがあったのだろうか)


心当たりはない。

頻繁にというわけではないが、年に何度かはこんなことがあった。

タオルで汗を拭きながら天井を見上げる。


それから別のことを思い出す。別の、悩ましいこと。

昨日のこと、忘れていなかった。

今度はあのよくわからない出来事のことで、また頭がぐるぐる回る。


夢か妄想かと思いたいが、スマホには桂川水菜月と名乗る女の子の連絡先が確かに登録されている。

知らない女性にいきなり話しかけられるのは、詐欺かキャッチセールスか。


ということはもし連絡してまた会おうものなら、いかついお兄さま方に囲まれて無意味に高額な英会話教材とか絵画とか壺とかを買わされる羽目になる、ということかもしれない。

なにかのバラエティ番組でやっていたベタな再現ドラマが思い出される。


いやそれより、それも厄介な話だがまだ現実的だ。

もっと気になるのは、一瞬あの街が消えた、ように見えた現象だ。

なんだったんだろうあれは。あれこそ幻覚なのか。トリックなのか。

それとも、現実なのか。


それとあの謎の既視感。

彼女とは本当に過去に会っているのだろうか?

だとすれはどこで?ぼくはなにをしたのだろうか?


とりあえず、起きよう。

今日は土曜日。もうすでに九時をまわっている。予定らしい予定もない退屈な週末。

家に閉じこもっていたら、精神的にも良くない気がしてきた。

洗濯・掃除を済ませて、昼からちょっと出かけることにする。



自宅マンションからバス道沿いの坂を登っていく。今日もいい天気。

濃い青色の空に真っ白な入道雲が、遠くの山の上に盛り上がる。

眩しい日差しに街並みも鮮やかに見える。

しかし暑い。バスに乗るべきだったか。


列車の駅の手前で左手にパスタ屋を見つつ、さらに緩やかな坂を登っていく。

ここのスパゲティは有希葉のお気に入りだった。

二人で食事するとなると、結構な頻度でここが選ばれた。


選ぶというか、有希葉が当然のようにぼくの手を引いてこの店に入っていくのだ。

そしてメニューを見ていつもあれこれ悩むのだが、これも結構な頻度でエビのピリ辛トマトソースを注文していた。セットのドリンクはリンゴジュース。


果汁100%じゃない気がするとかいつも言っているのだが、そのわりに美味しそうに飲んていた。

が余計なこと言うと面倒なことになる予感がとてもするので、心の中にしまっておく。

それなりの年になると円滑な人間関係というものを意識し始めるものだ。


駅前から遠ざかるにつれて住宅街になる。

それを抜けてさらに坂道を登っていくと、高台に小洒落たカフェがあった。

近くに大学があるため平日は学生でそれなりに賑やかなのだが、週末は意外に静かで時間を過ごすには快適な環境だった。

緑の葉が生い茂る木々の間を抜けると、コンクリートむき出しの壁とガラス張りの建物。

地元出身の建築家の設計で結構有名らしく、書籍などでも紹介されていたりする。


透明で大きなガラスの扉を押して中に入ると、エアコンの風が涼しい。

幸い今日も空いていた。

やや無機質なインテリアに大きめの観葉植物が配置されている。

壁には大型テレビが掛けてあり、天気予報が流れていた。


窓際の席に座ると、店員さんがオーダーを取りに来る。

アッシュグレーのボブがかわいい。

新作ケーキのセットを勧められたのでそれにしておく。


広い窓からは街並みとその向こうに海が見える。

街の中心部には高層ビルが並ぶ。ツインタワーがきれい見えていた。

美しい穏やかな景色。平和な世界。


なのに先日の女の子は、真面目な顔をして随分物騒なことを言っていた。

ぼくが危険な状態にありもうすぐ死ぬらしい。全く元気なのだが。

それを彼女が守ってくれようしているという。どうやって?そもそも何で死ぬ?

さらにぼくたちは前世で会っていた。とか。


冷静に考えてまともに受け止める話とはやはり思えない。

新興宗教の勧誘というのがありそうな妥当な解釈ではないか。

しばらく前に大きなテロ事件を起こした教団が、多数の若者を勧誘していた話を思い出した。


しかし横断歩道でのあの出来事、ぼく自身がよく分からないなりに確かに感じている既視感。

完全に馬鹿げた話だと否定することもできないでいた。


やはりどこかで会ったことがあるのでは…とはいえさすがに前世というのはないだろうけど。

だとすればどこで?なぜ彼女はそんな怪しげな言い方をする?


彼女の正体を知りたいような、興味本位的な興味が何となく湧いてきたりはする。


(もう一度ぐらいは話を聞いてみようか)


怖そうな人たちが出てきたら速攻で逃げる。

リスクを回避するためには、人目のある場所をこちらが指定して…。


(ここのお店だったらいいか)

(駅前に交番があったし、いざとなったら逃げ込めばいい)


カバンからスマホを取り出して、少し考える。

完全に不審者扱いしているが、昨日の彼女は終始真剣な態度だった。

横断歩道での彼女の姿は、確かにぼくを助けようと必死だったように見える。

それを思い出すとちょっと申し訳ない気がしてきた。


(やっぱり一度じっくり話をしてみた方がいい気がする)


ぼくがわかっていないか本当に忘れているだけで、とても大事なことがあるのかもしれない。


スマホにメッセージを打つ。


『気になるのでもう少し話がしたい』


ほどなく了解の返信が来る。

明日の午後にこの店で待ち合わせることにした。



窓の外は夏の街。青色の空に白い綿のような雲。

静かな午後の時間がゆったり流れる。

ぼくの心中はあまり穏やかではなかったけれど。


(来月は有希葉の誕生日か)


別の課題について考え始めていた。


去年はなにも贈らなかったけど、それはまだそこまで親しくはなかったから。

だけど今年はなにかしたほうがいいかな。いろいろお世話にはなっているし。


女性に贈り物というのは、男にとってはいつでも難解な課題なのだが。

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