037.失踪者
翌週の月曜。謙心は学校に来なかった。
火曜も水曜も来なかった。
連絡が取れないため学校の関係者が警察と共に自宅を訪れたが、彼を発見できなかった。
週末の夜に外出した際に自宅近所の公園で消息を絶ったらしいことが、スマホの位置情報から判明していた。
しかし現場とその周辺を捜索しても、目撃者も遺留品も見つからなかった。
失踪するような動機も見当たらず、これまでの一連の失踪事件との関係性を多くの人が感じているだろう。
学校では大きな話題になっていた。
失踪者が出るとその周辺からさらに失踪者が出ることがよくあるため、謙心の交友関係を中心に不安が広がっていた。
ぼくもその一人になるのだけれど。
中央駅のコンコース。
巨大なスクリーンの中でアナウンサーが、男子高校生が行方不明になっているニュースを読み上げている。
ぼく以外にも立ち止まってそれを聞いている人たちが何人かいた。
これまでに何度も同じ様なニュースを見てきたが、今回はそれらとは全く違う心境だった。
自分たちにも起こり得ることは理解はしていたが、それでもどこか他人事だったのが突然そうではなくなった。
なぜ謙心なのか。
自発的なものなのか、外的な要因なのか。
事故なのか、犯罪なのか。
失踪の詳しい状況がわからず、原因も理由もわからない。
先週まで何事もなく普通に学校に来ていた。
金曜の午後は二人で図書館に籠っていたが、なんらかの不安を窺わせるようなものは感じられなかった。
ぼくの個人的な印象ではあるが、これが自発的なものだとはとても思えない。
(何者かが…?)
それはただの推測でしかない。
謙心が言っていた根拠のない陰謀論につながる発想なのかも知れない。
得体の知れない不気味さと不安が積み上がっていく。
◇
「ななお、どう思う」
「…」
駅ビルの構内にあるファーストフード店で、旗章と食事をしていた。
テーブルの上にはとんかつバーガーが積み上がっている。
「まさかこんな身近で起こるとはな」
失踪事件についてニュースでは度々見てはいたが、あくまで他人事だった。
知り合いがこんなことになり得ることを、理解はしていたが想定はしていなかった。
これはぼくだけではなく、旗章もそれ以外の多くの人も同様だと思う。
身近な人を失うのは初めての経験だった。
さらにそれが自分にも起こり得るということを、現実的な問題として認識することにもなった。
「まだちょっと、実感が湧かないな。信じられないというか信じたくないというか」
「自由研究を共同でやってただろ。そっちは大丈夫なのか?」
「大筋はすでにまとめられているから、なんとか乗り切れるとは思う。それよりも…この状況をどう捉えたらいいのか」
「実感が湧かないのは俺も同じだ。他のやつらもそうだろう。しばらく時間が経って頭の整理がついた頃に、喪失感が襲ってくるのかもしれないな」
「同じようなことがときどき起きているけど…事件なのか事故なのか」
「事件のような印象はあるよな。自発的なものであればそれに至るような状況とか、身近な人になにかを伝えるようなこともあっても良さそうなものだ。事故だったらなにも痕跡が残らないというのは不自然すぎる。となると、被害者が一人になる時を狙って襲われた、って考えたくなるよな」
「誘拐か拉致か」
「かもな」
「となると、なぜその人たちが狙われたのかが疑問になる。これと言った共通点はないみたいだし」
「それはもう犯人を捕まえて吐かせるしかないだろ」
◇
水菜月はこの件をどう考えているだろうか。
いつものカフェで聞いてみる。
「知っていると思うけど、同級生が一人行方不明になっていて」
水菜月がグラスの氷を回している。
「以前から人が行方不明になる事件がたびたび発生しているけど、あれって外部世界からの干渉が関係しているのかな?」
「…詳しいことはわからないけど、おそらく…一部の事件はそうかも知れない」
水菜月はなにかを知っているようにも見えた。
だけどそれについては話しづらくもあるようだ。
本人が言うようによくわからないのか、不確かだけど掴んでいることがあるのか。
「ぼくたち自身が失踪してしまう可能性も?」
「…あるかもね」
外部世界からの干渉で人が消されているとしたら、それはもう大事件だ。
なにかを言い淀んでいる。視線も定まっていない。
落ち着いてぼくを見てはっきりとした口調で話すいつもの水菜月とは明らかに異なる。
気にはなるが…だけどいまはこれ以上は聞くのをやめよう。
必要になればきっと話してくれるだろう。
この日の水菜月はいつもより気分が沈んだ様子だった。
失踪事件の話はしない方がよかった気がする。
彼女の方でもなにか厄介なことがあるのかもしれない。
◇
教室の中、謙心が座っていた席。
いつ見ても誰もいないことに、徐々に実感が湧いてくる。
本当にいなくなったんだ。しかも痕跡もなにも残さず突然に。
理由も原因も、失踪時の状況もわからないまま。
こんなことがあちこちで起きている。
多くの人々は平静を装ってはいるけれど、穏やかでないものを感じないはずがない。
いなくなった人に近い人たちは、知人を突然失った衝撃と得体の知れない不気味さの両方に苛まれるのではないか。
ぼくたちの知らないなにかが起きている。
しかもそれは通常の理解を超えたようなものかも知れない。
ここしばらくの出来事を思い返すと、そう思わざるを得ない気分になる。
そんなのは荒唐無稽だと、謙心なら言いそうだが。
自席で呆然と焦点が定まらない視線を天井に向けていると、有希葉の声が耳に届く。
「ななくん。どこか出かけよう。沈んで閉じこもっているのは心にも体にも良くないよ」
隣の席から話しかけてくる。
意気消沈しているぼくを見て気にかけてくれたのだろうか。
窓から見える校庭の木々や街路樹の葉が、秋らしく色づき始めている。
有希葉と紅葉を見に行く約束をしていたのを思い出す。
「紅葉を見に行こうか」
有希葉の表情が明るくなる。
「覚えていたんだね。よろしいっ!!今週末は空いているよね?猪鍋を予約しておくからねっ!!」
週末の予定を埋められてしまった。
猪鍋か。そんな話をちょっと前にしていたな。
もうしばらくすれば寒い冬がやって来る。
その前のまだ気持ちいい時期に、出かけておくのはいいかもしれない。
有希葉の言うとおり、引きこもっていたら思考がさらにネガティブな方向に沈んでいきそうだ。
スマホで天気予報を確認する。
今週末は清々しい秋晴れになりそうだ。
気分も晴れればいいのだが。
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