034.頭の整理
人はよくわからないものを好意的には考えない。
となるとこれまでに見たことも聞いたこともないものに対して、否定的な印象を持つのは自然なことになる。
たとえそれが本当は重要であったり、好ましいものであったとしても。
だとすれば、未知のものに対しては積極的に理解しようとする努力が必要になる。
自宅の椅子に座り、机の上に頬杖をつく。
水菜月と出会ってからのことを考えていた。
彼女の説明に従えばこの世界とそこに住むぼくたちは、一般に理解されているものとはずいぶん異なるものになる。
これまでに水菜月から聞いた話を整理してみる。
1.この世界と住人について
この世界は何者かによって作られた箱庭のようなもの。
さらにその外側の別の世界があり、それを「外部世界」と呼ぶ。
この世界に住むぼくたちも作られたもの。
人にはあらかじめ決められた「役割」とそのための「機能」を持つ。
それはこの世界を維持するための分担。
だけど多くの人はそれを自覚していない。
2.外部世界からの干渉について
外部世界からこの世界に干渉してくる何者かがいる。
正体も目的もよくわからない。
それの影響によりこの世界で被害が生じ始めている。
外部世界がこの世界に干渉するために、「侵入者」が送り込まれてくる。
侵入者は普通の人の姿をしていて、この世界に紛れ込んでいる。
記憶や環境の書き換えにより、周囲の人は違和感を感じない。
本人も侵入者であることを自覚していない。
3.現時点での干渉の影響について
現時点では干渉により、住人の記憶が部分的に消失する場合があるのがわかっている。
「再起動」と呼ばれる現象が起きる。
この世界と住人が一旦消滅し再び復活するが、住人の記憶が部分的に失われる。
基本的にはあらかじめ決められた記憶は残り、それ以上の記憶は失われる場合が多い。
再起動が広範囲で起きることを「崩壊」と呼んでいる。
「不完全な崩壊」は、記憶が一部失われる。
「完全な崩壊」は、多くの記憶が失われる。
大抵の人はこれらが発生しても、それに気づかない。
干渉の影響は次第に大きくなっていくと見られる。
いずれより直接的な被害が生じ、最終的にはこの世界が消滅してしまうほどになるかもしない。
4.干渉への対処について
干渉の痕跡を辿ることで、なんらかの対処を行うことは可能。
5. 水菜月の特殊性について
水菜月は他の人と違う特性を持っている。彼女の役割と機能がかなり特殊ということ。
崩壊が発生しても彼女だけは全ての記憶を保持している。
彼女だけが、干渉の痕跡を辿って対処を行うことができる。
こんなところだろうか。
この世界とそこに住むぼくたちの存在についての、いままで考えたこともなかったような話。
しかも深刻な問題が生じていて、それを理解して対処できるのが水菜月だけだという。
さらにそれにぼくが関係している可能性も示唆していた。
(あまりにも不自然だ…)
やはり馬鹿げているという考えとそれを否定できない感覚の間で行ったり来たりする。
彼女は真剣のように見える。
だけどこんなこと他の人に話でもしたら、それこそ変人扱いだ。
水菜月の話が正しいとするのなら、いまのところは彼女の話を聞いて、ぼくがなぜ必要なのかわかったらそれを手伝うんだろうな。
もし彼女の話がただの妄想や狂言だったら、その時は何事もなかったように受け流すとしよう。
それ以上、深く考えるのはやめることにした。
◇
翌週。
学校では水菜月を見かけなかった。
きちんと登校しているだろうか。
あの性格だから一人で思い詰めたりしてないかときどき心配になる。
授業中。
教師が前方の大型スクリーンに資料を映し出して説明している。
淀みのない聞きやすくわかりやすい発声。
退屈しないストーリー性のある語り口。
大事な要素が的確に整理され、破綻なく構造化された理論展開。
まじめな生徒たちは居眠りすることもなく、それを聞いている。
世界史は割と気楽に受けられる科目だった。
なんとなくの理解でも一応はついていける。
考古学的な話は興味深くもある。
なのだけど。
これまでこの世界が辿ってきた長い歴史に耳を傾けながら、ついこの前までとは異なった印象を感じていた。
(水菜月の話が正しいとすれば、この世界史で語られている内容も架空の出来事ということになるのだろうか?)
(それともこの歴史自体は現実のもので、ぼくたちが架空なのか?)
どちらにしても、授業で語られている話とぼくたちは結びつかないことになる。
あまりというか全然実感が湧かないけど。
とはいえそもそも世界史なんて遠い昔の遠い国の話で、現在のぼくたちの生活とは別次元の物語のようで、もともと結びつきなんてものは感じにくい。
しかし感覚的にはそうだったとしても、理屈的にはそれらの歴史の延長線上に現在があることは理解できる。
それが実は切り離されたものだとしたら?
(普段の生活を送る上では特に問題ないか)
なんて冷めた結論にもなる。
これは現実逃避だろうか。
それとも妥当な理解だろうか。
夏が来る前までは平穏無事な日常だったのだが。
いまは頭の中がぐるぐる回る。
だけどそれで実害が生じているかというと、そんなことはない。
それまでの認識がひっくり返るような話がいろいろあったので、気持ちがざわざわしただけ。
いまでもざわざわしているけど。
(今週末は花火大会だったな)
現実逃避に走り始める。
授業から意識が遠のいていると、頭に軽くなにかがあたった。
机の上に小さく折られたメモ用紙らしきものが転がる。
どこかから飛んできたようだ。誰かのいたずらだろう。
授業中にけしからんなんて言える立場じゃないけど、なんて考えながら広げてみると見覚えのあるかわいい字でなにか書いてある。
『ちゃんと授業を聞いてる?』
飛んできた方向を見ると、有希葉が頬杖をついてニヤニヤしてる。
『これが飛んでくるまでは聞いてました』
メモ用紙に追記して投げ返すと、それを読んだ有希葉がむくれた顔をしている。
また飛んできた。
『うそつき』
まあ確かにうそですけど。
きみもよそ見してないで授業を聞きなさいね。
それにしてもスマホでもパソコンでもメッセージを送れるのに、なんでこんな古典的でアナログなことをするのだろうか。
◇
「紙に手書きの手紙の方がうれしいでしょ?」
久しぶりに有希葉と一緒に食堂でお昼ごはんを食べている。
デジタルなコミュニケーションが普通になると、昔ながらのものが印象的に感じられるのはわかる。
本だってお気に入りのものは電子書籍ではなくて、紙の本が欲しくなる。
「それでなにを考えていたの?」
「え?」
「なんかうわの空だったから。真面目で勉強熱心な北山七州くんには珍しく」
見抜かれていたようだ。
「自由研究のこととか、有希葉と紅葉を見に行くのをどうしようかとか」
取り繕っているのがばれている気がする。
「ふ〜ん」
絶対ばれてる。
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