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★毎日更新★わたしのことだけ忘れるとかひどくない?燃やしたら思い出すかしら。  作者: ゆくかわ天然水


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028.水菜月の絵本

「どう…かな?」


水菜月がちょっと緊張してちょっと照れくさそうに、こちらを伺っている。


大きな瞳には困惑と不安の色が見え隠れする。

これまではどちらかと言えばクールで淡々としたイメージだったのに、それとは違う様子にこちらもなんとなくドギマギした気分になる。


(…かわいい)


なにを考えているんだぼくは。

すました顔をして答える。


「とてもいいんじゃないかな。絵も上手だしすごくよく描けていると思う。やさしいひのとりさんがいい感じだし」


ちょっと安心した表情になる。


「でもこのお話って続きはあるの?」


栗色の髪を揺らしながら首を横に振る。


「このままだとちょっとかわいそうじゃないかな?ひのとりさんが幸せになる結末があっていいのでは」

「いろいろ考えたんだけど…火の鳥って、幸せになれるのかなっていう気がしてて」

「どうして?みんなを守っているのに。一番幸せになっていいんじゃない?」


黙って俯いたままストローでグラスの氷を回している彼女を、ぼくは見ていた。


「なぜひのとりさんは幸せになれないと思うの?」

「人を守るのが使命であれば、そしてその使命が果たせているのであれば、それを幸せとするべきなんじゃないかしら」

「それで幸せを感じて満足しているのであればいいと思うけど、でもそうでないのであれば、ほかに望むものがあるのであれば、それを求めるのはありじゃないかな。人の幸せに貢献しているのであれば、その分は報われるべきだよ」

「それを求めることは許されても、いつまでも手に入らないのであれば、求め続けるのはむしろ不幸なのかもしれない」


彼女はたぶん彼女自身のことでなにかを悩んでいる、というのはわかる。

でもそれがなにかまではわからない。

踏み込んでいいことではないような気がした。


(ぼくの知らないことが、いろいろあるんだろうな)


なにか気の利いたことを返さないといけないのだろうけど、なにを言えばいいのか。


「見せてくれてありがとう」


へたれなぼくはいい言葉が思い浮かばない。

ノートを閉じて彼女に手渡す。


「またいいのが描けたら見せてほしいな。気が向いたらでいいから」

「うん…」


ノートを受け取って少し笑って頷いていた。

でも今日はなぜ見せてくれたんだろう。先週はずいぶん嫌がっていたのに。


なにかをぼくに伝えたかったのかもしれない。

だとすればぼくはそれに応えるべきなのだけれど、彼女の思いが理解できていないのであれば応えられない。

せっかく見せてくれたのに、失望させてしまっただろうか。



「少し、お邪魔していいですか?」


アッシュグレーなボブの店員さんが話しかけてくる。

手に持ったトレイの上には小皿が二つ。チョコレートタルトらしきものが載っている。


「新しいメニューなんですけど、おひとつどうですか?今日は無料でサービスします」


無料サービス。水菜月が敏感に反応している。

先ほどまでの暗い表情はどっかに飛んで行った。


(...意外にチョロい?)


犬だったら盛大に舌を出して尻尾を振ってそうな顔。


「いただいちゃっていいんですか?」

「もちろんです。どうぞ」


店員さんが小皿を一つずつぼくたちの前に置く。

水菜月はフォークを右手に握りしめ、いまにも襲い掛かろうとしている。


「お二人はいつもよく来てくれるので、特別です」


(いつも?)


ちょっと驚いた顔で水菜月と目を合わす。


「ほとんど毎週のように来てますよね?」


このところは確かにそうだ。


「…あの、顔覚えられてました?」

「ええ。お店のスタッフも店長もみんな気づいてますよ。きれいな彼女と優しそうな彼がいつも仲良しで羨ましいって」


恥ずかしさが一気に込み上げてきて顔が熱くなる。頭から湯気が出そう。

いつもずっと見られていたの?

水菜月もたぶん同じこと考えている。


「いやあの、別に彼女とか彼氏とか言うわけではなくて。学校の同級生で…」


思わず言い訳がましいことをたどたどしくしゃべり始める。

水菜月は俯いてしまった。


「でもいつもお二人一緒ですよね」


アッシュグレーなボブさんは素敵な笑顔。


カウンターの向こうから店長らしきおじさまがにこやかに手を振っている。

別の店員さんも意味深な笑顔。急に居づらくなった。


「あまりお邪魔してはいけませんね」


葛野橘香かどのきっかさん。

近くの女子大の学生で、ここでいつもアルバイトしているとのこと。

店員さんは自己紹介すると「ごゆっくり〜☆」なんて言いながら髪を揺らして去っていった。


「いつの間にやら常連扱いに」

「…そうね」


水菜月は顔を赤くしたままチョコレートタルトを頬張っている。


「おいしいですか?」

「おいしいです」


確かに美味しかった。

甘さが控えめでカカオと生地そのものの風味が感じられるのがいいと思う。


上客として認めてもらえたのだろうか。

これ以降、いろいろサービスしてもらえるようになった。


お店の人たちに覚えられてしまったのは、照れくささもあるけれど安心感もあった。

知り合いの家に遊びに行くような感覚かもしれない。



話を戻す。


「絵を描く練習もしたの?」

「練習というか、いろいろ何度も描いていたら徐々に描けるようになってきて」


水菜月が部屋で机に向かって、ノートに手書きであのようなかわいらしい作品を描いているのを想像すると、なんというか胸が熱くなるような気分になってくる。

微笑ましいなんて言い方は偉そうな感じがするので抵抗があるが、でもそんな感覚。


「美術部とか文芸部とか自分の作品を公開している人たちもいるけど…」


この前と同様に、断固たる拒否の意思表示。思いっきり首を横に振っている。

とても上手なのにもったいない気もするけれど、人それぞれ考えがあるので他人があれこれ言ってはいけない。


「誰かに見てもらおうと思って描き始めたわけでもないので…」


趣味というのは個人の楽しみなのだから、それでいいと思う。


気になるのは水菜月の悩みが見え隠れすること。

それこそ他人が不用意にあれこれ言う話ではないのだが、どうしても気にはしてしまう。


「日記みたいなもの?」

「そう言うところはあるかな」


それなら他人は見てはいけないな。もちろんぼくも含めて。



空になったソーダフロートのグラスとチョコタルトの皿。


「今週の糖分補給はもう十分ですか?」

「なにその質問」



夕方。駅までの下り坂。

二人ともおしゃべりなタイプではないので、無言のまま並んで歩くことが多い。

だけどだからと言って、気まずい雰囲気を感じることもない。

むしろなにか話題を探さなきゃというプレッシャーを感じなくていいので楽だった。


駅の改札の手前で彼女を見送った。

今日は水菜月の知らなかった一面を知ることができたので満足だ。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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