024.コンサートホールで
うちの学校で、各種イベントや文化施設などのチケットの優待斡旋をやっていたりする。
深く考えずに応募したクラシックコンサートのペアチケットが当選していた。
とりあえず有希葉に打診するも、すでに別の予定があるとのことで断られてしまった。
別の誰かを誘うにしても、どうしよう。
旗章や謙心はクラシックには興味なさそう。偏見かもしれないが。
玲奈だったらOkしてくれるだろうか。
でもその前に…。
◇
定例会。
高台のカフェまでの坂道。振り返ると青い海と水色の空が目に眩しい。
朝晩はだいぶ秋らしくなってきたが、日中はまだ暑い。
ぼくも彼女もまだ半袖のシャツで、冷たい飲み物を啜ってる。
ここのお店、クラフトジンジャーエールが美味しいことに気づいた。
その名の通りの生姜の刺激が効いてて、甘さが控えめ。
クラフトということは、店長が作っているのだろうか。
「オーケストラのコンサート?」
「二人分のチケットをもらった」
「なぜわたしを?」
「『彼女さん』には断られた」
「ふ〜ん。ふられたのね。いいよ。慰めてあげる」
「いやそういう話じゃなくて…」
とりあえずOkしてくれた。
二人で待ち合わせてお出かけするのはこれが初めて。どんな感じになるんだろ。
というかあまり深く考えずに誘ってしまったが、よかったのだろうか。
今日の彼女はなぜか、いつもより明るい雰囲気で機嫌が良かった。
その方がぼくも気が楽だ。真顔で謎トークされるのは落ちつかない。
「なに着て行こうかな」
「え?」
「だってオーケストラでしょ?カジュアルなのじゃなくて上品な感じにしたくない?」
なにも考えていなかった。
確かにそれなりに整った格好にしておかないと浮くのかもしれない。
他の客は、少なくとも大半がぼくたちよりも年上だろう。
(上品な感じ?そんな服ないのだが)
困った。どうしよう。
◇
当日の午後。週末の昼下がり。
コンサートホールの最寄り駅の改札を出たところで待ち合わせ。
フォーマルな服なんて持っていないので、とりあえず襟付きのシャツに薄手のジャケットは着てきた。
彼女は一足先に到着していて、手を振ってぼくを迎えてくれる。
秋っぽい色合いのワンピースを着て、ヒールを履いた彼女はいつもと違う雰囲気。
栗色の長い髪を上げて後ろでふわふわな感じでまとめている。
背丈は高めで引き締まったウエストに長い手足。
少し色の薄い大きな瞳に、きれいにカールした長いまつ毛。
通った鼻筋に微笑む口元は、白い歯がのぞく。
耳元には銀色のピアス。
「どうしたの?」
「いつもと感じが違うなって」
「似合う?」
腰に片手を当てている。
「とても」
正直なところ、見惚れてしまうレベル。
地味なぼくでは釣り合わない気がしてくる。
だけど気後れしてはいけない。自然に振る舞わないと。
「行こうか」
「うん」
駅前から続く広い公園内をコンサートホールまで歩く。
長いイチョウの並木道に大きな噴水のある広場。
以前学校で初めて会った時にそのままベイエリアまで二人で出かけたが、あの時はこの不思議な少女とどう接していいのかよく分からない感じだった。
今日は、その時とは違う意味で少し落ち着かない。
幅の広い階段を上がった一段高いところにコンサートホールはあった。
すでに多くの来場者が集まっている。
思いのほか年齢層が高くて、入りづらいというか思わず躊躇してしまう。
ぼくたちの少し前を年配の夫婦が歩いていた。
七十歳ぐらいだろうか。二人とも髪に白いものが混じる。
上品な出で立ちで、手を繋いで楽しそうに会話をしながらホールに入って行った。
エントランスを通り抜け、演目の冊子を受け取ると長いエスカレータで上のフロアまで。
二階席の真ん中あたり。ステージがよく見る。二人で並んで座る。
開演までの間、冊子に目を通す。
聞いたことのある曲が半分。知らない曲が半分。
「クラシックが好きだったの?」
「そういうわけでもなかったんだけど、芝居とかよりはいいかなって思って申し込んだら当選した」
「『彼女さん』と行く約束をしてたんじゃなくて?」
「いや…ペアチケットであることに当選してから気づいた」
「なにそれ」
口元に握った手をあてて軽く笑ってる。
「実は最初からわたしを誘ってくれるつもりだったんじゃないの?」
「次からそうするよ」
「本当かしら」
どこかに誘ってみようかと考えてはいたけれど。
初めて誘ったお出かけ先がクラシックコンサートというのは、ひょっとして難易度が高かっただろうか?
もう少し気軽なところの方が良かったかも。
だけどこれまでにも二人でたびたびお茶はしているし、成り行きとはいえ一緒にベイエリアで遊んだりもしているし、初めてのお出かけってことでもないのだし別にいいのでは…。
(考えすぎだな。悪い癖だ)
たぶん気にするようなことじゃない。
開演のアナウンス。舞台袖から演奏者たちが入場して音合わせを始める。
やがて指揮者が登場し、拍手で迎えられる。
この時は気にしなかったが、演目にストラヴィンスキーのバレエ音楽が入っていたのは、なにかの暗示だったのだろうか。
演奏を聴きながら、彼女と初めて出会ってからのことを思い出していた。
横断歩道で突然腕を掴まれて、一時的にでも街が消えて見えたという非現実的な出来事。
耳を疑うような、妄想としか思えないような彼女の話。
それでもぼくは、彼女を受け入れようとしている。
微かな既視感が彼女とぼくの間で過去に確かになにかがあったことを示している気はしていたが、それだけではなかった。
殆ど本能的というか直感的というか、見ていて危なっかしい彼女を一人にしてはいけないと感じていた。
だからと言って、ぼくになにができるというわけではなかったのだけど。
運命的なもの?いやそんな仰々しい暑苦しい話じゃなくて。
なんというか、忘れていた夏休みの宿題を思い出したようなものというか。
だけど義務でも誰かにやらされるものでもなくて、自分で選んで自分に課した宿題というか。
なに言ってるのか自分でもわからなくなってくる。
とにかくぼくは彼女を放っては置かない。つもり。
不安はあるけど。いろいろあるけど。
長い演奏が終わりアンコールの拍手の中、指揮者が再び舞台に現れる。
横を見ると、彼女も嬉しそうに手を叩いている。
あまり見ることのない、大きな笑顔。
ぼくの視線に気づいたのか、こちらを向いて少し首を傾げてる。
(誘ってよかったんだろうな、きっと)
夏の始まりの頃に会ったときからは、次第に変わってきている。
孤独な硬い表情から、徐々に明るくて穏やかなものを見せてくれるようになった。
ぼくが彼女にしてあげられることは、きっともっとある。
そんな気がし始めていた。
拍手が止んで、最後の演奏が始まる。
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