023.ぼくたちの過去
「桂川さんにはなぜが特別な役割があって、それによって大事なことをしているというのはわかったけど、まだ一つわからないのが…」
彼女はじっとぼくを見ている。
「なぜぼくにこの話を?桂川さんは特殊ななにかがあるのかもしれないけど、平凡なぼくがこの話を聞いてもなにもできることがない気がするのだけど」
「わたしは、あなたがたぶん『平凡』ではないと思ってるの」
「なにも自覚ないけど」
「自覚はないと思う。だけど干渉の痕跡を追っていると、たびたびあなたの存在が間接的に影響しているように見えて…まだよくわからないのだけど」
「ぼくが知らないところで、無意識のうちになにか悪いことをしているとか?」
「そうじゃなくて、干渉を分析するのにあなたが関係しそうな気がしているの」
ぼく自身について自分でもわかっていないなにかがあるらしい。
しかもそれが異世界の動向に関係するとか。
これもとてもすぐには信じ難い話なのだが。
「…どうすればいい?」
「いまはまだ、ただわたしの話を聞いてほしい。わけわからない話だと思うけど、無視しないで聞いてほしい。そのうちきっとあなたの助けが必要になるから」
彼女自身もよくわからないままぼくに関わってきているのか。
これからどんな話を聞くことになるんだろう。
「きみがそれをするのは…『役割』だからだとしたら、使命感か義務感のようなものなのかな」
「主にはそうなるのだけど、それだけではないかな」
「他の理由というのは?」
「この世界を誰がどんな目的で作ったのかは知らないわ。でもそこで決められたことしか覚えていられないとか、嫌なの。自分たちで自分の欲しいものを手に入れて増やしていきたいの」
「欲しいものというのは、どんなもの?」
「それは…その…気持ちとか、思い出とか…」
漠然とした回答。
仲良くなった友達を忘れたくないというようなことだろうか。
しかし彼女自身は記憶が消えないと言っていたような。
彼女の話は相変わらず非現実的なのだが、次第にそうは思えなくなってきている。
というのも、ときどき心当たりがあるのだ。
例えば、人が「再起動」して記憶を失うという話。
記憶喪失にでもなったかのようなことが起こる話を、たびたび聞いていた。
ある人がある日突然、過去の出来事を一部忘れてしまう。
本人の名前とか住所とか、職場とか学校とか、生活に必要なことは問題なく覚えている。
大抵の知人関係も覚えている。
それなのに、その前にあったことを忘れてしまっていることがあり、他の人と話が噛み合わなくなるという。
でも本人は自覚がない。
その結果、
「そんなことあったっけ?」
「え?覚えてないの?」
「きみ誰だっけ?」
「この前、会ったじゃない!」
というやりとりがなされることになる。
これにはぼく自身も経験がないわけではなかった。
だとしても、なぜ彼女だけ他の人と違うのだろう。
そしてなぜ彼女はぼくにだけ関わってくるのだろう。
ぼくの存在がなにかに関係していると言っていたが。
それが彼女とぼくを引き合わせたのだろうか。
他に関係するひとはいないのだろうか。
過去の彼女とぼくの関係が知りたい。
なぜどんな経緯でお互いを知ることになったのか。
偶然ではないなにかがありそうに思えてくる。
「確かににわかには信じ難い話ばかりなのだけど、桂川さんが真剣なのはよく伝わってくるし、ぼく自身もなぜか既視感があるというか、無関係ではない感覚はあるから」
やや心配そうな表情でぼくを見ている。
「これからも話は聞かせてほしい。そのうち助けが必要になるんだよね?」
少し表情が緩む。
「ありがとう。でもごめんなさい。おかしなことに巻き込んでいるのはわかってて」
「だけどぼくも関係することみたいだし。それならいいから」
「うん…」
なにができるのか謎だけど、しばらくはこの話に付き合ってみようと思う。
それに過去のぼくが、そもそもそれが事実なのかという疑問もあるが、彼女とどのような関係だったのかも気になっていた。
(いまのぼくが知らないことになっている過去に、なにがあったんだろう?)
過去と現在がこの状況ということは、さらには未来においてもなにかが起こり得るのか。
つまりいまのこの記憶を失った未来のぼくが、またなにかに巻き込まれるのか。
疑問と想像は尽きない。
彼女と、ぼくと彼女のことについて知りたい。
こうやって彼女の話に耳を傾けるのはこれからもやっていくとして、他にできることはないものか。
しばらく前に学校の食堂で偶然会ってベイエリアに行った時は、いつもと違う雰囲気だった。
ただお店で話をするより、どこかにお出かけした方がなにかを見つけられるかもしれない。
彼女の違う一面を知ることができるかもしれない。
(どこかに誘っても大丈夫だろうか?でもこの前は彼女の方から『わたしとデートしよっ』なんて言ってきたしいいのかも。その時のノリと気分しだいかもしれないが…)
女性を誘うのはいつだって悩ましい。
(この話をするのにいつも同じ場所なのもつまらないから雰囲気を変えてみては、とか)
う〜ん。
「…どうかしたの?」
「え?あ、ごめん」
うわの空になっていた。
「なにか考え事して意識が飛んでいることが多いよね」
確かに考え事はしていた。
無意識に間抜けた顔をしていたかもしれない。
多いよねって、なんてことをそんなにいつもやっていたのか。
「いろいろ、あの、思うところもあって」
「わたしがおかしな話ばっかりするから…」
すまなさそうな顔をしている。
気を遣わせてしまったか。
「でも興味深い話だし」
「本当にそう思う?」
「平凡な日常には刺激になるよ」
敢えて前向きなことを言ってみた。強すぎる刺激ではあるが。
そうかしらみたいな顔をしている。
ソーダフロートは飲み干したようだ。
◇
帰り際。夕暮れの街を見下ろしながら坂道を下る。
どこかでヒグラシの鳴く声が聞こえてくる。
この道を二人で並んで歩くのも、次第に違和感を感じなくなってきていた。
「家はこの近くなの?」
「列車でもう少し行ったところ。そんなに遠くはないよ」
「そうなんだ」
「ふ〜ん。うちに来たいの?」
いじわるな笑顔でこっちを見る。
「いや別に、そういうわけでは」
あせっていると、ふふっと鼻で笑われた。
相手がどこに住んでいるのかも知らずに、自分の家の近くのお店を待ち合わせに指定してしまったことを、ちょっと気にしていた。
沈む西日が横目に眩しい。
彼女の耳元には、三日月の形をした銀色のピアスが輝いて揺れていた。
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