022.この世界って
夏の暑さも徐々にやわらぎ、空は秋の色になり始めていた。
入道雲は姿を消し、細かく千切れたうろこ雲が高く青い空に広がっている。
週末。高台のカフェで桂川さんと話している。
聞いたことなかったけど、彼女の家ってどの辺りなんだろ。
この近くなんだろうか。なんて聞いたらストーカーするつもりかなんて思われそう。
ここしばらくは、彼女の謎トークについてあまり話していなかった。
だけどあの不思議な話はずっと気にはなっている。
「危険、と言ってたものについてもう一度聞きたくて。なにが起きているのか」
「簡単にいうと…この世界は外の世界から干渉を受けているの」
「外の世界、ということはこの世界以外にも別の世界が存在するということ?」
「この世界は箱庭みたいなものなの。その外側というのがあるの」
「外側というのは、どんな世界?」
「そこまではわたしもわからなくて。でも外にいるなにかがわたしたちの世界に干渉しようとしていて」
この世界が箱庭。
普通に聞けばやっぱり妄想のようにしか思えない話だが、彼女は真顔で話している。
「誰かが何らかの目的で意図的にやっているのか、そうではないのか。まるで自然災害みたいなものなのか。それもよくわからないの。あきらかなのは、わたしたちにとってはとても迷惑な話ってこと」
「普段生活していても特に変わりはないのだけれど」
「いまのところ目に見える現象はあまりないけど、裏では確実に動いていて」
「…ということを、桂川さんだけが知っているのはなぜ?」
「それがわたしの役割だから」
彼女だけが、ぼくも含めてそれ以外の人たちと違って、特殊な存在だということになる。
「桂川さんの役割というのは…」
「外部からの干渉を把握すること。侵入者を排除すること。それらを防ぐこと」
「それがなぜ桂川さんの役割になっているのかは…」
「なぜかはわからないわ。初めからそのようになっていたの」
「それが自分の役割であることをどうやって知ったのかは?」
「最初っからわかってた。意識と記憶の中にそれが元々あるの」
「ぼくにはそのようなものがないと思うのだけど、つまりぼくには桂川さんのような役割はないと言うこと?」
「役割自体は誰にでもあるの。それはこの世界を維持するためのいろんなことをみんなで分担しているの。でも普通はそれは無意識のうちに行われていて、意識や人格とは分かれているの」
「ぼくにも役割があると?」
「あるはず。でも北山くんの意識や人格はそれとは別に作られたもの。だから役割について自覚はしていない」
「では桂川さんだけが自覚しているのは?」
「わたしは…役割が特殊だからこうなったんだと思う。多くの人は決められた役割を無意識のうちにただこなすだけ。でもわたしは外部からの干渉によるから」
「みんなの役割って誰がどのように決めたの?」
「あえて言えば、この世界を作った人かしら」
神様とか創造主とか言う話だろうか。しかもその中で自分だけは特殊な存在だとか。
やっぱり新興宗教なのか。桂川さんは教祖なのか預言者なのか。
だけど全然勧誘されている感じじゃない。
お布施とか壺の購入とかないし。それともこれから来るのか?
とりあえずいまは彼女の話が正しいとして聞いておく。
「外部からの干渉ってどういうもの?」
「一つはこの前見たでしょ?横断歩道の上で」
「街が一時的に消えたように見えたやつ?」
真面目な顔で頷いている。
「あれは、なにが起きたの?」
「外部からの干渉で『不完全な崩壊』が起きたの。みんなが一時的に消滅したのは再起動のため」
「ぼくたちは残っていたのは?」
「わたしは『不完全な崩壊』では再起動しないの。あなたはわたしが保護したから」
「どうして保護してくれたの?」
「あなたの記憶が消えないように」
なぜぼくの記憶だけは守ってくれるのだろう。
これについて聞くのは、もう少し全体的な話を理解してからにしよう。
「不完全ということは『完全な崩壊』というのがある?」
「あるわ。その時はもうどうしようもなくて、全部やり直しのなるの。あなたの記憶も大半は初期化されてしまって、わたしとこうやって話したことも忘れてしまうわ」
「桂川さんは?」
「なぜかわたしだけはそれでも記憶が保持されているの。役割によるものなのかもしれない」
「それで前世というか再起動前のぼくも知っていると?」
「そういうこと」
「…だけど、横断歩道の出来事のあとも、学校の友達はみんな覚えていたけれど…」
「あれは『不完全な崩壊』なので、大抵の記憶は維持されるのだけど、それでも消えてしまうものもある」
「『完全な崩壊』だと記憶が全部消えてしまう?」
「それぞれの『役割』のように、あらかじめ決められているようなことは初期化されても維持されるの。でもそれ以上のこと、決められている以上のことは大抵の場合は忘れてしまうわ」
「大抵の場合、ってことは覚えていることもある?」
「あなたもわたしのこと、微かに記憶があるんでしょ?」
「きみとのことは、決められたこと以上の、本来は忘れてしまうことなのか」
「あなたとわたしは…誰かが決めた運命以上のことなの」
誰かが決めた運命以上のことなの。
彼女の言葉に、なにか強い意志が入っているようにも感じた。
「外部からの干渉を防ぐには?」
「干渉の痕跡を辿ることで、その経路や方法がある程度わかるから、そこを完全に封鎖できれば防げるはず。まだ外部世界からの干渉の解析ができてなくて。それが完了すれば封鎖することができると思う」
ソーダフロートを細長いスプーンでかき回している。
「干渉って、世界が再起動して初期化されるだけ?」
「いまのところはね」
「あらかじめ決められた以上の記憶が再起動で失われるのなら、そのたびに同じことを繰り返すことになる?」
「誰もそうなっていることに気づきもしない」
「記憶の残る桂川さんだけが知っている?」
「そうなるかしら。でも同じところをぐるぐる回っていても、それに気づかないのであればいいじゃないか、という見方もあるかもしれない。でもそうじゃないと思う。だってそれ以上は先に進めないのよ?それに…」
「それに?」
「それだけじゃないはず」
「次になにが起こる?」
「だんだん深刻になっているの。初めは一部の人が再起動することが稀にあるだけだった。それが次第に再起動する頻度が増えて範囲が広がって、今でいう『不完全な崩壊』が起こるようになって、さらには世界がまるごと再起動する『完全な崩壊』が起こるようになって…」
「このまま行くとどうなる?」
「おそらく世界全体が破壊されてそのままになる。再起動もせずにわたしたちはみんなそのまま消滅するってこと」
「…」
「そして多くの人はそのことに気づきもしないままそうなるわ」
「…」
「だれも気づかず苦しみもないまま消えてしまうのであれば別にいい、という考え方もあるかもしれない。けど、わたしは絶対違うと思うの」
「…」
「だってわたしたちは確かに存在したのよ?こうやって会話して一緒に過ごしたのよ?これから先だってあるはずなのに…それがよくわからないもののために消されてしまうなんて」
彼女の言葉には切実なものがあった。
話している内容だけをみれば、空想小説のあらすじでも聞いているかのようだけど。
彼女のいうことが正しいのであれば、そのうちこの世界もぼくたちもなにも知らないまま気づかないまま消えていくことになる。
だけど彼女の言うことが正しかったことは、証明されることはない。
外部世界とはなにかとかこの世界が箱庭だとして誰が作ったのか、彼女も知らないことがいろいろあるようだった。
ぼくはどうすればいいのだろう?
というかなにもできない。彼女の愚痴を聞くぐらいだろうか。
となると、やはりこの疑問に行き着く。
彼女はなぜぼくに関わってくるのか?
みんなの記憶が消えるかもっていう時に、なぜぼくの記憶だけは守ろうとするのだろうか。
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