021.夏の終わり
夏休みも終盤。
来週から新学期が始まるという頃。
有希葉と一緒に晩ごはんを食べに来ている。
オーダーを取って戻っていくちょっとメイド風なお姉さまを見送る。
向かいの席で赤茶色の髪の少女が、期待に満ちた顔でこっちを見ている。
「今日は誕生日でしたね」
「覚えててくれたんだ。うれし〜」
「ちゃんとプレゼントも用意してます」
「さすが〜☆北山七州くん。気配りができる男ね。きっとモテるよ」
まずはチョコレートから。
「一つ目は…」
「え、いくつあるの?」
「二つ」
有希葉が「おお〜すご〜い」みたいな顔してる。
いやそれほどのものじゃないから。
「お高い系のチョコを」
「あこれ知ってる。大通りのところにちょっと前に新しくできたお店でしょ?ねえいま食べてもいい?一緒に食べよ?」
これから晩ごはんなんですけど。
早速箱を開けてまた「すご〜い」みたいな顔してる。
一つ摘んで、
「ほら、あ〜ん」
絵に描いたような展開。
有希葉も自分で一つ口に運んでいる。
「おいしいねっ」
確かにおいしい。
コンビニで買うありふれたのとは違うというか、やっぱり高そうな味。
「残りは家でゆっくり食べる」
そうしなさい。
「じゃあもう一つ」
洒落た紙袋から箱を取り出して手渡す。
「いろいろ考えたんだけど、月並みなものかもしれない。気に入ってもらえるといいけれど」
有希葉がリボンを解いて箱を開けると、満面の笑顔に変わる。
「あ、かわいいかわいい!すごくきれい!!」
手にとって、ぼくに渡してくる。
「つけて」
はい。
「右?左?利き手じゃない方がいい?」
「じゃ左で」
彼女の左手首にブレスレットをつける。
指先が微妙に腕に触れてちょっとどきどきする。
この手のアクセサリーの留め金って小さくて付けづらい。
「かわいい〜☆」
左手を高く掲げて眺めてる。
「ありがとうっっ」
「どういたしまして」
メイド風なお姉さまがいつものパスタを運んで来る。
今日も有希葉はいつものだった。
ブレスレットは利き手につけるか、その反対側につけるかで意味が変わってくるとか。
指輪もはめる指によって、それぞれ意味があるとされる。
実際に科学的になんらかの効果があるということではないだろうけど、身につける人やそれを見る人の気持ちとか認識とか、心理的とか社会的な意味合いということとか。
指輪を買って、相手の左手の薬指にそれをはめることの象徴的な意味というか、それによる意思表示ということで、自分に対して、相手に対して、周囲に対してなんらかの宣言をするようなこと、なんだろうな。
有希葉はパスタを食べながら、左手首をうれしそうに見ている。
明るく赤茶色い艶やかな髪がゆれる。
気に入ってくれたようで、贈った方もうれしい気分。
自分が選んだものをよろこんでもらえるというのが、贈り物の醍醐味ではないかと思う。
確かに外してしまうリスクはあるけれど、リクエストされたものを贈っていたのではこのよろこびは得られない。
悩んだことが報われたような、有希葉の笑顔を見ているとそう思う。
「ね〜」
「ん?」
「これってどうやって選んだの?」
「いろいろ悩んだよ」
「他はどんなのが候補だったの?」
「服とか靴とかインテリアとか」
「それはなぜやめたの?」
「選ぶのが難しくて。サイズもわかんないし。インテリアは部屋の雰囲気も考えないといけないので難しいし」
「へえ〜」
こちらをまじまじと見ている。
「なんだよ」
「ちゃんといろいろ考えてくれたんだ」
「贈り物って難しいね」
「でもその気持ちがうれしい」
「この前のプールも楽しかったね」
「五十鈴と旗章も楽しんでくれたかなあ」
「五十鈴は楽しかったって言ってたよ。またみんなで遊びたいって。岩倉くんはなんか言ってた?」
「旗章はちょっと気を遣いすぎて疲れたみたいだったな。女の子と遊ぶのはあんまり慣れていないのか」
「え〜そうなの?もったいない。スポーツマン系のイケメンなのに」
「イケメンなのかな」
「マッチョ路線が好きな女の子には人気あると思うよ。清潔感あって真面目そうだし」
真面目は真面目だった。真面目すぎるくらい。
清潔感。まあ几帳面な性格だからそうかも。
「じゃあまた涼しくなったら、みんなでどこかお出かけを企画しようか」
「もっと大人数でもいいかもね。クラスの子たちをいっぱい誘って」
うちの学校の生徒たちは男女で仲が悪いわけではないのだけど、どこかよそよそしいというか互いに気を遣って微妙に距離を置いているような雰囲気があった。
「女の子たちももっと男子と話とかしたいのかな」
「そうだと思う。ななくんの友達を紹介してもらえないか頼まれたこともあるし」
そうなのか。
一方で男子どもが消極的に見えるのはどうしたものか。
「男の方はなんというか、控えめなんだよな」
「あ〜それわかる。みんな女の子が嫌いなの?苦手なの?」
「そんなことはないと思うのだが。たぶん慣れてないだけじゃないかな」
「じゃあななくんはなんで慣れてるの」
いや別に慣れているわけでは。
「やらし〜この人、遊んでる〜」
遊んではない。
「あまり性別を意識していないというか」
「女性を女性として見ていないと。ひど〜い」
どう答えても責められる気がする。
「きっとそういうこと言われるから、男子はみんな距離を置くんじゃないのか?」
「そっか」
「そうだ」
「じゃあどうすればいい?」
「女の子は男の子に優しくしなさい」
「普通、逆じゃない?」
「もうすぐ学校が始まりますね」
「なんで秋休みってないのかな」
「気候がよくて勉強しやすいから」
「春休みってあるじゃない」
「それは年度の節目だから」
「休みがいい」
「勉強しなさい。学生なんだから」
「なんで勉強するんだろ」
これは学校に通えば誰もが一度は考えたことがあるであろう疑問。
「ヒトは他の動物と違って、世代を超えて知識を積み上げてきたからじゃないか。それを理解していることが前提の社会構造になってる」
「文化と文明の発展の代償であると」
「将来、どんな仕事に就くかにもよるよね。単純作業しかしないならさほど知識はいらないかもしれないけど、専門的な職業になれば多くの知識が必要になるし」
「ファンドマネージャーになるのに運動方程式は必要になるかな」
「五十鈴の資金集めをするのなら、ロケットを理解するのに役立つんじゃないか」
「う〜ん」
「どんな学問でも論理的思考の訓練にはなるよ」
◇
店を出て、駅までの坂道を歩く。
有希葉は上機嫌で腕を組んでくる。
すっかり暗くなって、夕闇の中から微かに聞こえてくる秋の虫の声。
透明な澄んだ空には上弦の月。
今年ももう夏が終わろうとしていた。
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