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【毎日更新・学園ラブコメSFまたはファンタジー・文庫本3巻分目標】5010.The Phoenix - 箱庭の火の鳥  作者: ゆくかわ天然水


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002.真夏の横断歩道

きみは火の鳥。炎の中から何度でも甦る。

そしてそのたびに、生まれ変わったぼくと出会っている。

きみはそんなことを言っていた。


あっけに取られるぼくに、きみはいたって真面目に話していた。

普通に考えたら、そんな荒唐無稽な話はとても信じられない。

火の鳥なんて架空の生き物だし、生まれ変わりなんて宗教かおとぎ話でしかない。

甦りや生まれ変わりというのは、人びとが死の悲しみや恐怖を和らげて受け入れるために考えたこと。


それに生まれ変わったことになっているぼくには、前世の記憶なんてもちろんない。

なぜきみはそんなことを話すのか。

妄想癖でもあるのか、それともぼくをからかっているのだろうか?


そう思っていたけれど、だけどそれも炎に包まれた翼を広げるきみを、目の前で見てしまうまでのことだった。

火の粉をまとってオレンジ色にきらめく翼は、きみがぼくたちとは違う存在であることを示していた。

きみは一体、何者なのだろう。なぜぼくたちは出会うのだろう。

この世界は何なんだろう。そこにいるぼくたちは何なんだろう。


ひとつ確実に言えることは、きみのその姿はとても美しかった。

夜の闇の中で燃えて輝くきみは、現実のものとは思えなかった。


ただ美しいだけだったら、よかったのだけど。



いつものお店の前できみと待ち合わせ。肩からかけた白とピンクのボストンバッグが目に沁みる。

春の風が桜の花びらを散らして、きみの栗色の髪にまとわりついている。

手を振って笑顔で迎えてくれるきみと、これまで何回出会って何回別れを繰り返したのだろう。


長い長い年月の繰り返しの中で、いまのぼくたちのたどり着いたのは偶然なのか奇跡なのか。


窓際の席から見下ろすと、街並みの向こうにきらめく海と青い空が広がっている。

夏の日差しの中のこの風景もこれまでに、きみと数えきれないくらい見たのだろうか。


冷たい風が枯れ葉を舞い散らせるこの道は、いまのぼくの記憶にはないけれど、以前のぼくがきみの手を引いて歩いたのかもしれない。

音もなく降りそそぐ白い雪も、それに覆われた静寂の街並みも、二人の記憶があったのだろうか。


何度もめぐる季節のなかで、失敗を繰り返すたびにぼくたちは、お互いを探してまたやり直してきた。

もうどれだけ繰り返したのかわからないけど、いつか終わる時が来るだろうか。


やり直すたびに世界は作り直されぼくの記憶は失われ、それでもなぜかきみの存在だけは微かに覚えていて、何度でもきみを探していた。

それが何のためなのかなにを意味するのかは、きみは知っているのだろう。


—— 何度も失敗したけれど、いつか必ずあなたを救うから

 

そういうきみの言葉の意味は、まだぼくにはわからない。

きみは自分のことを、失われたぼくの記憶だとも言っていた。

その不思議な言葉にぼくはなんて返せばいいのか。


遠い過去からなにかを忘れてきたような、落ち着かない感覚がずっと残っていて、なにか大切なことを置いてきてしまってそのことすら忘れてしまっているのような。

それはきみが言う失われた記憶なのだろうか。だとすればきみとぼくは…。


きみはなぜかいつも悲しそうで寂しそうだった。

どこか孤独で他の人とは違うなにかを抱えているような、誰かの幸せのために自分の身を削っているかのような、そしてそのことが知られることも報われることもないと悟っているような。

きみの抱えているものを知りたかったけど、でもきっとそれは踏み込んではいけないことなのかもしれない。

きみその悲しそうで寂しそうな横顔を、笑顔にしたいと思ってはいるのだけれど。


この世界には、まだきっとぼくの知らないことが多くある。

ぼくだけじゃない。ほとんどの人が知らない不都合なこと。

だけどそれが何なのかを、きみはきっと知っている。

きみだけが知っていて、きみだけがそれをひとりで抱え込んでいて、そしてそのために孤独になっていた。


ぼくにとってきみは、近づきたくても近づけない遠い存在にように思われた。

近づけたと思ってもそこにはまた、知らないきみを発見するだけだった。

こんなことを、どれだけ繰り返してきたのか。


だけどぼくはきみについて知りたかった。

ぼくはきみを知って理解して受け入れたかったし、そうしなければならないとも思われた。


きみがぼくを必要としてるのではなく、ぼくがきみを必要としているのでは。

そんな感覚がないわけではなかったから。



初めてきみを見たのは、いまのぼくが覚えている限りでは、ある夏の日のこと。

それはとても不可解な出来事だった。


長い梅雨が明け、本格的な夏が始まろうとしていた。真っ青な高い空に真っ白な入道雲。

街路樹からは蝉しぐれが絶え間なく響き、照りつける日差しが街中から影を無くそうとしているような、そんな日の午後だった。


学校から中央駅に向かう大通り。

ぼくは下校途中に交差点で信号待ちをしていた。なんの変哲もない、いつもの通学路。

行き交う人々も、互いに気にも留めていない。


横断歩道の向こう側の渡ろうとする先の人混みの中で、知らない女の子がこちらを見ているのに気がついた。

初めて見る女の子、のはずなのにどこかで会ったことがあるような不思議な感覚が湧いてくる。


そんなおぼろげな既視感を感じつつも、気のせいだと思っていた。

こっちを見てはいるけど、別にぼくを見ているわけじゃない。

ただ前を向いているだけなのだろう。だけど、それがきみだった。


歩行者用信号が青になり、人々が一斉に動き出す。

横断歩道を渡って近づいていくと、確かにきみはぼくを見ている。

微妙な不安を感じて歩みが遅くなる。きみはまっすぐにぼくの方へ向かってくる。


すれ違う瞬間、きみはぼくの腕を掴んで叫ぶ。


「目を閉じてっっ!!」


ぼくは驚いて言われるままそれに従った途端、轟音が響き渡る。

まるで爆風の中にでもいるような、しかし風圧は感じない。

そしてすぐに音は消えた。右腕にはまだきみの手に握られる感触。


恐る恐るまぶたを開くと目に入ったのは、きみの姿と…きみの姿だけ。


それ以外にはなにもない。さっきまでそこにあった街が消えていた。

真っ白な空間だけが広がっていた。


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