017.有希葉に水菜月のことを
お昼ごはんを食べたあと、有希葉と二人で街を歩く。
有希葉には正直にどこまで話すべきなのだろうか。
とりあえずはただの顔見知りの一人、ぐらいの説明をしたが有希葉は不自然さに勘付いているはず。
しかし正直にありのまま話したら、ぼくの精神状態まで含めてかなり不安を感じるのでは。
さらには桂川さんを異常者扱いしそうだ。
やはりなんてことないただの知り合いの一人ということで、軽い扱いにしておくのがいい気がする。
彼女が何らかの疑念を抱いていたとしても、それはただの思い過ごしだということで。
というか有希葉が不安を感じるようなことなんて、そもそもなにもないじゃないか。
桂川さんのよくわからない話?が興味深いと言えばそうなので、ただそれに付き合っているだけだし。
パスタ屋から列車の線路と並行してしばらく行くと、石造りの古い橋見えてくる。
その下を浅い小川が流れていた。
大きな川ではないけれど、山から海へ流れに沿って公園と遊歩道が整備されていて、近くに住む人たちが散歩したり子どもたちが遊ぶ場所になっている。
川べりの道を有希葉と歩く。桜並木がずっと続いていた。
春になると淡い色の花びらが、視界を埋め尽くして風に舞う。
いまは夏。深緑の葉が茂る。
蝉の声がぼくたちを包み、川のせせらぎが心地よく響く。
「この前ここに来た時は桜がまだ咲く前だったね」
有希葉がぼくの腕に手をまわしながら話す。
「来年は咲いている時に見に来たい」
「いいよ。二人でお弁当を用意して来ようか?」
笑顔で頷いて頭をぼくの肩にのせてくる。
(桂川さんのことは、気にしすぎだったかな)
有希葉は特に気にしてないのか、気にしてないように振る舞っているのか。
(別に責められるようなことはなにもないわけだし)
ぼくが気にしすぎだったということなんだろう。
公園のベンチに腰掛けて、しばらく二人で川の流れを眺める。
水面が日の光を細かく砕いて撒き散らすように揺れている。
水の流れる音。段差のあるところでは小さな滝のようになり、そこそこ大きな音で響く。
それなのにうるさく感じないのはなぜだろう。
必需品である水が豊かにあるということを想起させるので、それで安心を感じるのだろうか。
結局そのまま隣の駅まで歩いた。
ぼくと有希葉はそれぞれ反対方向の列車に乗る。
「またね!あとで連絡するから」
「うん。それじゃ」
車両の扉が閉まる。
彼女が乗る列車が去っていくのを見送って、反対側のホームで次の列車を待っていた。
(明日、桂川さんと会う日だったな)
桂川さんには有希葉のことはなんて話せばいいのだろう?
いやそれこそ全然悩むことじゃない。そもそも話す必要なんてないじゃないか。
ただの同級生で、教室で席が隣なのでよく話すようになったというだけ。
というか、桂川さんに対して他の女の子のことでなんで気を使う必要がある?
有希葉の説明をするのなら、他の知り合いの女の子の説明も全員分することになるじゃないか。
(…自意識過剰ってやつだな)
これは痛い話だ。全然気にする必要のないことを、勝手に無駄に悩んでいるだけ。
言い訳がましいこと言おうものなら、むしろ軽蔑の視線を受けることになるはず。
忘れることにした。
ホームに列車が到着する。
夕方と呼ぶにはまた日が高い時間帯。
エアコンの風が心地いい。
自宅の最寄り駅で降りると、駅前のスーパーに入った。
食料と飲み物に日用雑貨を調達する。
一人でトイレットペーパーを抱えて帰宅するのは何となくわびしい気もする。
自宅に帰ると有希葉からメッセージが届いていた。
と言ってもおやすみのあいさつだけ。まだまだ寝る時間でもないのだが。
ベッドに寝転んでテレビをつける。
野球中継。
万年Bクラスの地元球団が、今年はなぜか首位を独走。
客席が黄色と黒色で染まっている。
二十年に一度ぐらいの頻度で優勝するのだが、その時はいろんな意味でいろんなことが起きる。
バラエティー番組。
お笑いタレント達がなにやら騒いでいるのだが、内輪ネタ的で視聴者が置き去りにされているようだ。
出演している人たちにとっては楽しいのかもしれない。
ドラマ。
サスペンスもの。もみ合って転んだぐらいで人は死ぬのだろうか。
露骨に怪しい人が真犯人ではないのはいつも通り。
ドキュメンタリー。
前世紀に勃発した世界大戦の特集。毎年この時期の定番だった。
白黒の粗い写真と映像。
現実にあったとは想像し難いエピソードが次々と紹介される。
だけど数十年前に実際に起こったこと。
大国が一つ消えるぐらいの犠牲者が出た人為的な過去。
犠牲者の数自体は統計値かもしれないが、その一つ一つに人生があったはず。
それが意図的に行われたことであるということ。
ニュース。
先日、中央駅のスクリーンでも見た失踪事件について報道していた。
あれからさらにもう一人の行方不明者が出ているようだ。
人が失踪すること自体は、それほど珍しいことではない。
なんらかの事情により、いわゆる夜逃げをして世捨て人になるような人は時々いる。
しかし昨今の事件は、その不自然さが際立っていた。
夜逃げするような動機があるとは考えられない人が突然いなくなり、しかもその後はなにも見つからない。
当然のようにいろんな憶測が飛び交う。
宇宙人にさらわれたとか異世界に転移したとか非現実的な話は置いておいて、某国に拉致されたのではないかと言ったことがまことしやかに話されていた。
テレビを消してベッドに仰向けに寝転ぶ。
しばらく前にあった横断歩道での出来事。あれは失踪事件と関係するのだろうか?
実はあの時、ぼくが失踪するところだったとか?それを桂川さんが助けてくれた?
だとすれば、あの人は一体何者なんだ?
(なんて考えはちょっと飛躍しすぎか…)
もしそうだったら桂川さんが教えてくれているだろう。
そもそもぼくが失踪の瀬戸際だったなんて、怖すぎて考えたくもない。
(なにか知っているだろうか。聞いてみたい気もするが…)
この話題に触れるのは、なぜかためらいを感じないでもなかった。
開けてはいけない箱を開けてしまうような、そんな感覚があった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ブックマーク・いいね・評価ポイントいただけるとうれしいです。




