012.図書館の文学少女
夏休みに入った。
暑い日が続く。駅から学校までのゆるい上り坂。さすがにこの時期は汗ばんでくる。
街の向こうに見える山並みの深緑と、青い空のコントラストが鮮やかだ。
今日は読書のために図書館に来た。
本ぐらい家で読んでもいいのだが、引きこもっているのは精神衛生的に良くない気がした。
だからって出かける先が学校というのも、なんとなく悲しいものがないわけでもないのだが。
学校の図書館というと、学習参考書と文部科学省推薦のお利口さんな本が並ぶイメージかもしれないが、ここはだいぶ違った。
教育的なものに加えて一般的な文学書や実用書、あらゆる分野の専門書、さらには芸能関係やサブカルなものまで。
そもそも蔵書数が百万冊を超えていて高校のレベルではなかった。
複数の自習室と穴場的な談話室が併設されていて、かつ夏休みなどの長期休暇中も解放されており、いつも多くの生徒が利用していた。
そして建物とフロアのデザインがとても近代的で、建築雑誌などで紹介されるほどのものだった。
でここを出入りする生徒はというと、基本は授業の予習と復習、宿題、そして毎年の自由研究の調べごとと論文の執筆。
あとは各人の興味の本を読むか、デジタルコンテンツ類を視聴するか。
なんてことを一人でやったりグループでやったり談話室でおしゃべりしたり。
だいたいはみんな真面目だった。
先日繁華街の書店で購入した、評判だと聞いて読み始めた小説。
正直なところ全く面白くない。
これのどこが話題作なんだろうか。
有名な文学賞を受賞したとの宣伝文句だったのだが。
ぼくには文学がわからないということなのか。
いやまだ四分の一も読んでいない。
これから面白くなるに違いない。
驚きの展開があって、きっと最高のクライマックスを迎えるはずだ。
と信じて読み続けていたのだが、当初の印象が変わる前に読み終えた。
窓際の席で本を置き、脱力感と共に外を見る。校舎の向こうに歴史的な洋館が並ぶ。
この街は古くからの貿易港だったため、かつての外国からの商人や政府関係者が住んでいた建物が多数残っており、観光名所となっていた。
窓越しに見える洋館の屋根の上に風見鶏。
机の上に面白くない本。
自分の意見も世間の意見に合わせておくべきだろうか。
図書館の広大なフロアに視線を戻す。
彼方に上里五十鈴を見つけた。
四人がけの机に一人で座っている。
そばまで行って相席してもいいか聞いてみる。Okをもらった。
隣に座ってこちらの事情を説明する。
でもなんかちょっと機嫌が悪そう。
いつもよりポニテ黒髪のつやが足りない気がする。
「文学少女よ」
「なにその呼び方」
「ぼくには文学がわからないようだ」
「わたしだってわかってないわよ」
図書委員のきみなら、きっとぼくよりは理解があると思うのだが。
「芸術とか文学なんて言ったもの勝ちなの。ぐちゃぐちゃな絵を描いて『芸術だ』と言えば芸術なのよ、その限られた空間においては。『なにそれ?』と言う人には『お前は芸術のわからんやつだ』って言っておけばいいんだから」
「この小説は確実に面白くなかったぞ。なんとか賞を取ってたはずだが」
「お金積んだのよ、きっと」
「なんでそんなこと」
「あなたみたいになんとか賞に騙されて買って『ぼくには文学がわからない』なんて言う人がいっぱいいるからよ」
なるほど。
「五十鈴はこの小説読んだの?」
「買って読んだわ」
「どうだった?」
「全然面白く無かった」
「なんで買ったの?」
「なんとか賞を取ってたから」
実体験だったんですね。
それでご機嫌斜めだったのか。
「今日はなにしに学校へ?」
「自由研究の調べごとと論文書き」
「今年のテーマは?」
「再利用可能なロケットについて」
五十鈴らしいテーマだった。
ただ単に宇宙に行きたいというようなシンプルな願望ではなく、持続的なビジネスとしてのロケットを考えているようだった。
パーム・アイランドの別荘でトイレ掃除する日が、いずれ来るのかもしれない。
「夢はあるけど、もちろんそれに向けて努力はするけど、努力することでそれが叶う可能性は上げられるだろうけど、だからって必ず報われるものではないことはわかっているわ。それでもそれに向かってやるんだけど、達成できないかもしれないことも想定はしている」
「諦めることも考えていると?」
「行き着く可能性としてはね。夢見るだけで叶うものではないし」
現実的。
謙心も似たようなことを言ってた。
「もしそうなった場合は?」
「あるものだけで、手に入るものだけで満足できればいいのよ。足るを知るというか『山あれば山を観る、雨の日は雨を聴く』というようなこと」
種田山頭火。
このあたりは実に図書委員らしい。
「だけどなにもしなければ、成功することはないのだから」
登らない山の頂上に立つことはない。
五十鈴も努力家なんだろうな。
「北山くんは今年はなにを?」
「まだ決めかねてる」
「建築が好きなんじゃなかったっけ?」
「それはそうなんだけど」
前述のとおり建築には以前から興味があった。
近代的な高層ビルや美術館に競技場など、長期間社会に残る存在感のあるものを設計できたらかっこいいとは思う。
だけど単に建物を建てるのではなくて、それを利用する人やそこで生活する人そこで働く人たち、その建築物に関わる人々の社会的な振る舞いやそこで生み出される価値など、無形の効果についても考えてみたかった。
「去年は?」
「経営史についていろいろと。主に近代のアメリカ企業の組織とマネジメント」
「アルフレッド・チャンドラーとか?」
「うん」
「経営学にも興味があるの?」
「人は集団で生活するけど、その割に組織行動が苦手というか下手くそな気がしてて、それがうまくやれたら世の中もっとうまくいくのではなんて思ったり」
「集団心理的な話?」
「個々人では誰一人望んでないことが、集団としてはそれが正でやるべきことになってたり。なんでそんなことが起こるんだろうね」
「場の空気っていうのよね。わたしも苦手だなそういうの」
「自分の意識ってどこからくるんだろっとか、考えたことある?」
「えなにそれ。いきなり精神世界の話?」
「でも不思議じゃない?自分と相手の、意思というか人格というか」
「まあ言いたいことはわかるけど、あんまり気にしたことないなあ」
「普通はそうか…」
「それはなに?なんかあったの?『自分とは』みたいな哲学的なこと考えちゃったとか?」
「いやちょっとなんとなく」
「水や空気がなぜあるのか?みたいなことじゃない?科学的には色々あるんだろうけど、わたしたちが生活するには、ただそれがあるってことを知っていればいいんじゃない?」
あるものをあるがまま受け入れるような、達観した考え方だろうか。
ぼくもどちらかというと、そうかもしれない。
「自分も相手も、北山くんもわたしも、確かに存在して生きているってことを実感できればいいんだよ」
艶やかなポニーテールが揺れている。
五十鈴の清々しい笑顔を見ていると、心のもやもやが薄れていく気がする。
◇
お腹がすいてくる時間になった。
「お昼ご飯はどうするの?」
「食堂に行くよ」
「じゃあ一緒に」
図書館を出て、校舎の最上階に向かう。
お昼ご飯は五十鈴と食堂で「松葉ガニ食べ尽くしコース」をいただいた。
夏休みなのにまだやっていたのは意外だった。売れ残っていたのだろうか。
「新しい英語の先生が来たの知ってる?この前その授業をちょっと覗いてみたの。その先生がおかしくって、人の名前を呼ぶときに必ず下の名前を先にいうの。下の名前、名字の順番で。わたしだったら『イスズ・ウエサト』って感じで。英語の先生だからかぶれているのかって思ったら違ってて、『スティーブ・ジョブズ』のことを『ジョブズ・スティーブ』とか言ってるの」
焼いたカニの身を箸でほぐしながら五十鈴が笑ってる。
「ただの変な人だったわ。ギョーカイの人かしら」
それはギョーカイの人に失礼だろ。
ギョーカイの人ってなんなのか知らないけど。
◇
夕方。五十鈴は先にバスで帰って行った。
正門前の階段から見下ろす港町。日はすでに沈みかけている。
今日の成果。
あの話題の小説が全く面白くないと感じたのは、自分だけではないことを確認できた。
五十鈴とは世界観(という言い方は大袈裟か)がなんとなく似てそうだった。
お昼ごはんのカニが美味しかった。
十分だ。充実した一日だった。さあ帰ろう。
駅までの大通りの緩い坂を、今朝来た時よりは軽い足取りで下っていった。




