2-1
学院都市の外れ。
裏路地に入って700メートルほど進んだ所に錆びれた廃墟がある。内乱の名残りとでも言うのだろうか。戦場跡地と言った方が適当だろう。そこには十人程度の白装束集団がこぞって屯しており、全員身バレ防止の為に黒鉛色のスカルフェイスを被っていた。
「あの方がお亡くなりになられてから二年。刻限の時は近い。血の選別と補完――そしてリセット。計画が始動する前になんとしても下地を整えておかねばならない」
「進捗は?」
「メルリ家の娘は確保した。今は薬で眠ってますし、本来なら順調――と申し上げたい所ですが、どうも我々の邪魔をしているヤバいネズミがいるみたいで他が進められていません。既に拠点のいくつかが潰され、跡地はナンバーズ共に押さえられてる始末。この分だと例のリストも押収されてしまっているかと」
「ヤバいネズミ……。まさか最近裏の世界で何かと騒がれてるナンバーズのコード01じゃないよな?」
「おそらく別人かと。ナンバーズはあくまでネズミの後始末と隠蔽工作をしているだけ。全てはネズミが単独で荒らしと妨害を行っている可能性が極めて高く――」
「冗談じゃない! 周囲に気づかれず対象にも気づかれず。まるで何事もなかったかのように事を済ませる。っンな化物いてたまるかってンだ、ラウンズじゃあるまいに!」
「警戒は必要だが、所詮はネズミ一匹。狼狽えるな。我々は偽りの時代を終わらせる唯一貴族だ。帝都を跋扈する偽りの騎士団、如いてはユーサー政権と皇帝の右腕と持て囃されている化け物(現・聖騎士長)の時代も間もなく終わる」
メンバーのリーダー、金色のスカルフェイスを被った男はゆっくりと立ち上がり、集団を鼓舞するように声を上げた。
「現皇帝ユーサー=ジ=エクスの政策は惰弱だ。力ある貴族を排斥するなど愚策! 貴族は力であり『力』の象徴こそが貴族である! 力を持つ我ら貴族こそが『正義』なのだ! そんな我らがこのような巣穴生活で満足なのか!」
全員が声を揃えて「否・否・否!」と怒号を上げる。
「我らは取り戻す! 我らが帝政を! 我らが帝の復権を! 力ある大帝国を取り戻す! そして今度こそ、先帝グハール殿が望んだ全界統一の夢をこの手に――」
本来なら人気のない廃墟に歓声が沸き起こる。
目指す場所は皆同じ。考えも目的もだ。
かつての栄光を取り戻す! その為ならば貴族の矜持すらかなぐり捨て、賊の真似事だろうとやってみせる!
「全界統一? はン! 笑わせんな。さっきから随分な大義名分を語っちゃいるが、結局のとこオメーらがグハール政権の復活を望んでるのはただただ自分がガキ大将に戻りてーだけのこと。男は使い潰し、女は性玩具。平民は片っ端から跪かせ、己が気の赴くままに威張り散らしていた先帝の時代に戻りたい。ただそれだけだろ」
(……こんな戦場跡地の廃墟に人だと!?)
コツン、コツンと静かに忍び寄って来る足音に全員が剣に手を掛け身構えた。
我らの素性すら知っているかのような口振り。薄暗い隙間から射し込む日光の関係で殆どシルエットだが、少なくとも徘徊した老人や迷子のガキなどではない――は……ず?
歩みを止めない黒い影は、間を置かずしてその姿を露わにした。
「……ガキ、だと!?」
しかもたった一人。
身なりや背丈からしてアヴァル学院都市の初等部で低学年……冗談だろ!?
メンバー全員が顔を隠している故に表情こそ判らないものの、皆が無言状態。唖然としているのは空気で分かる。それくらいに頭が追い付かない。
なにより解らないのが――
「色々と問い質したい所だが、その前に訊こう。そのふざけた仮面は何のつもりだ?」
ピエロの仮面を被ったガキがたった独りきりで戦場跡地の廃墟に来るなど……。
マジで笑えねぇ。
「ふざけた仮面で顔を隠してるのはお互い様だろ。ちょっとした余興さ」
「?」
「ホワイトフェイスのマスクは愚者の証ってな。オメーら『セレクション』が演劇に合わせてスカルフェイスのマスクを被っていたように俺もオメーらに合わせようと思ってな。わざわざ押入れから引っ張ってきたんだ。それに愚者たるオーギュストには道化がよく似合う。愚かなテロリストを裁くのは同種(愚者)の方が絵になると思わねーか?」
「――なっ……!?」
組織の名前まで知っているだと!?
あまりの不意打ち発言に絶句してしまった。表情は隠せても声までは隠せない。
セレクションとはユーサー政権を潰し、グハール政権復活を目的とした組織の名前だ。当然組織名は口外厳禁、絶対誰にも知られてはならない制約をメンバーには課している。噂程度ですら外部には漏れないはずだ。
にも関わらず、このガキは組織の名前を既知のように語っている。
「金ピカゴールドのスカルフェイス、オメーがリーダーだろ。まさか演劇のドサクサに紛れてこうも簡単に尻尾を出してくれるとはな。謎の襲撃者に拠点を潰されて焦ったか? 出不精には刺激が強かったのかな?」
「意味が解らんな。貴様が私の何を知っている?」
「引き籠りがちな猿山の大将をどう引き釣り出すか考えてたら、思わぬ形で釣り針に掛かってくれてラッキーだったって話さ。こちとら毎晩のようにオメーらの拠点を突いてたっつーのに肝心要の大将は尻尾すら見せてくんねーんだもん。どんだけ慎重なんだっつーの」
「……なんだその言い方は? まるで自分が件のネズミだと言っているように聞こえるが」
「言ってるよう、じゃなくて言ってるんだよ。ネズミじゃねーけどな」
「貴様……ただの童じゃないな?」
うむ。たとえ無意味だと分っていてもここは正々堂々名乗るのが騎士だな、と。
少年も薄気味悪い道化の仮面を脱ぎ、その仮面の下から金眼の瞳を露わにして言った。
「そーいえば自己紹介がまだだったな。俺はカール=ジュワース、オメーらみたいなゴミ溜めを始末する――ただの掃除屋だ」
少年は挑発するかのように素顔を晒した。
当然貴族としての矜持や誇りを損なっていないホワイトフェイスは「ガキ風情がっ!!」「僕らがゴミだとっ!!」「言葉を慎め、愚か者!!」「我らは貴族だぞ!!」と怒りを隠しきれない。
しかし集団のリーダー、ゴールドフェイスだけは別の反応をした。
「メルリ家の娘と一緒にいたガキか」
「やっぱオメーがセレクションのリーダーか。元奴隷商貴族にして奴隷オークション初代会長の長男、ゲルン=ウォーゲン。よもや目利きの良さを組織名にするとはな」
「フッ」
ふと笑みが零れた。
グハール政権が復活した際の足枷になると思い身バレ防止の為にしていたマスクだったが、バレているのであれば致し方なし。むしろ息苦しくて邪魔だった。
ゲルンはゴールドスカルフェイスを外し、弟らと瓜二つの顔を露わする傍らで。
続くようにホワイトフェイス陣もマスクを外し、その素顔を晒した。
そんな顔ぶれを見て少年は既に知っていた、という顔をしている。
「やっぱ全員没落した貴族、あるいは人道に反する行為を行っていたが為にユーサー政権に貴族の地位を剥奪された者達か」
「我らの組織名を知っていたということは、その名に込めた意味も理解しているも同義。情報源を吐いてもらおう。先に言っておくが虚偽など無意味だ。彼女の血について知っている人間など国内広しと言えどかなり限られている」
部下が小僧を剣で囲った。
しかし不思議と小僧は落ち着いている。
「知ってどうするんだい?」
「言わずとも即粛清する。我らが王政を取り戻す為に。先に断っておくが私は奴隷商を再興する次代の会長、愚弟のように腰の引けた現代貴族ではない。それゆえむしろガキを殺める事に楽しみすら感じて――」
「ならお互い様だね」
「……?? 貴様なにを言って――」
言葉の意図が取れない、と首を傾げようとした瞬間。
ゲルンを除く同志三人の首が同時に落とされた。
「俺もオメーらと同じく、国家転覆を狙う犯罪者集団相手に容赦はしねえ」
「…………。……は?」
ちょっと待て!? と思う間もなく。
更に二人の首が地べたに転がった。
「――なにをした小僧ッッ!?」
訳も解らず怒号を上げた。
本当に解らない。気づけば小僧は腰から下げている剣を抜いており、我らが認識した時にはメンバー半分の首が飛んで転がっていた。……小僧の宝具?
いや違う。何故ならこのガキが持っているのは模擬剣。学院の初等部が剣に慣れる為にと生徒全員に配布される刃が潰れたただの玩具。しかも中身は空洞。人や物を斬る以前に叩いた方が逆に壊れてしまう程の柔い玩具だ。そんな物で人間の首を断てる訳がない!
「どんな手品だ?」
「トリックなんかねぇよ」
「ほざけ。そんな玩具で人間の肉や骨を断てるものか!」
「魚の頭を落とすのと然程変わらねーよ。関節さえキメちまえば意外と簡単なんだなコレが。ま、少々コツはいるけど慣れれば難しい事じゃない」
「それでも肉までは――」
「仮にも元貴族だろ。その薄汚れた目でよく見てみろ」
と、少年は見せつけるようにまざまざと模擬剣を突き出してきた。
そんな物今更……と思いつつ見てみると、
「訓練用の模擬剣に魔力……だと!? ――バカなっ! 宝具でもないそんな玩具に魔力など通して一体何の意味が!?」
「……やれやれ。これだから先帝時代の貴族様ってやつは……。家柄や家名だけで学院を飛び級しちまったから基本の『き』の字も知りやしねえ。所詮は温室育ちか」
「……なんだと!?」
少年の呆れた様子に憤りしか感じず。
ゲルンも腰元の剣に手を掛け、感情と共に勢いよく引き抜いた。
「ガキの分際で偉そうに! 知ったような口をペラペラと! 鬱陶しい御託はコイツを見てからほざけ! ――伸びろ、毒槍ヒュドラ!」
瞬間。
解放の反動により、暴風の如き嵐が暗がりの廃墟を破壊。敵味方構わず周囲を吹き飛ばし、風が落ちつく頃には全てが更地と瓦礫に変わっていた。
「剣が伸びた? 鞭……いや帯状の槍。そいつがオメーの宝具か」
「ほぉー。解放したヒュドラの魔力圧を受けながら顔色一つ変えず無傷とは大したものだ」
「おたくのメンバーは巻き込まれて飛ばされちゃったみたいだけど?」
「生憎私の宝具は暴蛇でな。魔力を注いで解放するとこうやって周囲を破壊してしまうのが玉に瑕でな。扱いづらくて困った宝具だよ」
「それを知っていながら敢えて使うか。仲間をなんだと思っている。外道め」
「元よりこの程度でくたばるような弱者は我が組織に要らん。力こそ第一、それがグハール様の絶対思想だ。弱者は強者に伏し、平民は貴族に頭を垂れる運命」
「なら地べたに這いつくばるのはキミだね。ゲルン=ウォーゲンくん」
「あン?」
悪気のある純粋無垢な笑顔にカチンときた。
問い質したい事は多々あったが、もはやどうでもいい。
殺す! 殺してやる! まずは四肢を切り落とし、奴が地べたを這いつくばりながら藻掻き足掻き泣き叫ぶ姿を晒した後、存分な悦を堪能させてもらった上で最後は心臓を貫いて串刺しにする! 貴族を愚弄するとは万死に値する! 八つ裂きにしても飽き足らん!
「――死にさらせ!」
毒槍ヒュドラは石畳を剥がし、地を抉りながら少年へと向かっていく。
それは差し詰めサメのよう。生きた蛇のように滑らかな動きをする帯状の槍は蛇行しながら縦横無尽に旋回しつつ、ガキの周りを檻のように囲っていく。逃げ場を失くし、その上で多方向から襲い掛かるヒュドラは小僧の頬から手足を順番にシュッシュッと掠り傷を刻んでいく。
この小僧が未だどんな手品を使っているか定かではないが、大方の察しはついている。
「あらかじめ情報源から我らの溜り場を仕入れて先回りし、ピアノ線を張り巡らせて仲間の首を落としたのだろうが残念だったな。建物自体が崩壊し、こーして槍の網で包囲されては何も出来まい!」
「へぇ。激情に任せてきてるのかと思ったら案外冷静なんだな」
「ハン! 姑息なガキだ。まさに道化。事前に張った罠を使って恰も自身の剣で斬首したように魅せるとは。――だがそれもここまで! ヒュドラは縦横無尽、変則に動く帯状の槍は予測不可だ!」
「……」
「一撃では終わらせん。即死も許さん。じっくりと嬲った上で命乞いと懺悔を聞いた後に殺してくれよう!」
さっきから何とか躱しているようだが、それは私が敢えてそうしているだけに過ぎん。
殺そうと思えばいつでも出来た。なら何故一気に仕留めなかったか?
蛇に一撃必殺、即殺はない。
ジワジワと標的を追い詰め、徐々に獲物を弱らせてから確実に仕留める。
それがゲルン=ウォーゲンの宝具『毒槍ヒュドラ』だ。
「それだけじゃない。自分の手足をよく見ろ小僧」
「??」
既に『痕』は付けた。
「ただの軽い切り傷だと思って放置していたようだが忘れてはいまい。毒槍ヒュドラは宝具。ただ伸び縮みするだけの単純な槍ではない」
「……」
「貴様の腕や足に負ったそれは傷ではなく『コード』。印字のようなものだ」
「ふーん。通りで痛みを感じない訳だ。――で、勿論ただの赤黒い色のインクって訳じゃねーんだろ?」
「あらゆる生物は脳から発せられる命令を微細な電気信号によって身体に伝える。心臓然り。血流然り。細胞もまた然りだ。ヒュドラが打つコードはその信号を毒によって狂わし私の意のままとする。解るか小僧。身体を動かす為の信号が他者に操られるんだ。貴様の意識に関係なく。頭でどーこう考えようが無意味。それどころか細胞への命令を狂わせて逆に血管を傷つけたり、または血流を操って手足を壊死させたりする事も可能だ」
「回りくどいね。要はこのコードを打たれたらオメーの操り人形になっちまうって事だろ。実に奴隷商らしいやり方だ。そいつで代々奴隷を確保してきたって訳だ。胸糞悪い能力だ」
「我が家は奴隷商だ。奴隷を売る以外の才も心得もない」
「だから奴隷廃止を行ったユーサーを否定し、似たような境遇の貴族連中を集めて組織を立ち上げた」
「よく知ってるじゃないか。だがもはや情報源などどうでもいい。貴様はここで死ぬ。コードを打たれた貴様は既に私の操り人形。貴様の生も死も私の掌だ」
「ならやってみろよ」
「なに? 死を恐れないのか? それともその齢ではまだ実感が伴わないだけか?」
いすれにせよ愚か。
どこまでも滑稽。
まさにオーギュスト。
「確かに貴様は道化がよく似合う。それを自覚していた点だけはこのゲルン=ウォーゲンが褒めておいてやろう。だがこれで――」
「元奴隷商一家ってのはあれこれ前置きをしないと済まないのか家系なのか?」
「……くっ! つくづく人を愚弄するのが好きな小僧だ。命乞いの一つでも聞きながら最後に死に方くらいは選ばせてやるつもりだったが、その興ももはや失せた。せめて目一杯苦しんだ面を晒しながら逝ってくれ」
そうすれば私の怒りも少しは冷める。
ゲルンは思考を入れた。敵にコードを刻む作業を儀式とするならば思考はスイッチである。頭の中のイメージを『形』にする。
まずは右肩。離れた位置から手でシュートサインを行い。そして脳から発せられる命令信号を撃ち貫くイメージで――
「ばーん」
瞬間。
小僧の右腕がだらーんと垂れ下がり、自然と手から玩具の剣が零れ落ちた。それはまるで糸の切れた人形のよう。流石の小僧も多少は驚いた様子だが、これで終わりな訳がない。
続けて左肩から両太股を同時に撃ち抜いてやる――とイメージした直後。
よっこらせ、と。
少年はまるで何事もなかったかのように、自身で落とした玩具の剣を右手で拾い上げた。
「なっ……ど、どゆーことだ!?」
ゲルンは唖然とした。
ヒュドラのコードは間違いなく刻まれている。
脳から送られる信号を間違いなく私は支配している。
そして結果、間違いなく脳から右腕に送られる信号を断った。
それは右腕の感覚を断ったのと同義。普通なら壊れた人形の如く指一本動かせないハズ。
にもかかわらず何故……何故……
「……何故動かせる!? ……何故右腕が動く!?」
「オメーちゃんと学院卒業してねーだろ?」
「なに?」
「グハール政権時の貴族は金持ち、あるいは貴族ってだけで『力を持つ者』みたいな扱いをされてた。どーせオメーらもその口だろ。学院には入ったものの座学も実技もそっちのけ。ただ肩書きだけで卒業出来ちゃいましたーみたいな。当時は貴族と言うだけで最強扱いだったからな」
「だったら何だ!?」
「……開き直りかよ。けどまぁそうだろうな。オメーは基本の『き』の字も知らねえ。だから宝具についても何も分かっちゃいない。だからこーして簡単に弾かれんだ」
少年はよく見ろと言わんばかりに、手の甲に刻んだヒュドラのコードを見せつけてきた。
そして――
「……なっ、ヒュドラのコードが消えた!?」
血と混じり合った赤黒いコードがインクのように溶けていく……だと!?
綺麗さっぱりと。始めから傷など無かったかのように。
「逆に訊くけどオメーその宝具の術式、デフォルトのまんまだろ」
「……なんだと?」
言っている意味が解らない。
「……ったく、たった一種類のコードをそのまんま敵に打ち込むなんて毒使いとして失格だぜ。自分から素人ですって豪語してるようなモンだ」
「このウォーゲン家長男、ゲルン=ウォーゲンが素人だと!?」
「オメーの宝具は初代奴隷商会長が使っていた人工型宝具。おそらくオーダーメイド。毒を注入しコードを印字、敵の魔力と魔力回路を侵して掌握。相手の神経系や方向感覚を麻痺させた上で対象者の身体を意のままに操る」
「……それがどうした?」
「こゆー毒を使う変則型の場合は術式の設定をマメに変えるモンだ。何種類かのコード(毒)をあらかじめ用意しておき、万が一メインが跳ね返されたとしてもサブで対処する。そうやって臨機応変に対応するのがセオリーだ。毒使いならば十や二十のコードを用意しておくのが定石。にも関わらず肝心要たるオメーはワンパターン。たった一種類のコード(毒)しか用意してねーから、こーして術式を解析されてしまったら打つ手がなくなる。弾かれた瞬間に絶体絶命。温室育ちの貴族様が陥る典型だな」
「くっ! ガキが知った風な口を!」
「そもそも前提から間違えてんだよ、オメーは」
「……前提だと?」
「第一に俺はオメーらの居場所を聞いたんじゃなく、自分で感知して見つけたんだ」
瞬間。
機を窺っていた仲間の一人が小僧の背後から宝具で斬りかかろうとするも――スパンッと。
炎剣にも似た仲間の宝具など気にせず、それこそどうでもいいかのように躊躇なく首を落とし、そのまま平然と小僧は説明を続けた。
「『悟極』って言ってな。主に極東の国で伝えられている超感覚。五感を研ぎ澄ませる事で他の生物全ての位置や行動、攻撃のパターンまで読み取っちまうっつーイカれた秘技だ。そいつでショーが終わってからずっとエムリスの魔力残滓を感知しながら追尾してた。だから俺が予めこの場所に糸やら罠やらを張ったなんて事実はない」
「…………」
この時、私の中の『計画』という文字が崩れ落ちていく音がした。
それでも小僧は口を止めず、襲い掛かった仲間の首を一つ二つと容易に落としていく。
「第二に。この模擬剣は正真正銘の玩具だ。未成熟未発達の初等部が喧嘩等で怪我をしないよう芯がなく空洞になってる。普通なら人間の肉はおろか骨だって断ち切れない。けどこうやって――」
少年は玩具の剣を指でなぞって見せる。
「オメーら素人は魔力をただの宝具のエネルギーだと考えているようだが、それは大きな間違いだ。魔力は宝具の為に在るんじゃなく魔力を効率的に運用する為に宝具が在るんだ。言ってみりゃあこの世に魔力が存在するから術式を簡略化した宝具が生まれた。順序からして間違えてんだよオメーは」
「だから……だから何だと言うのだ!? 宝具を扱う為に魔力が必要なら結局は同じだ!」
「魔力を『垂れ流す』のと『扱う』ってーのは天と地だ。つまり――」
刹那。
小僧が視界から消えた――と認識した瞬間。
「…………。……は?」
気づけば最後の仲間の首も落とされた挙句、私の右腕も足元に転がっていた。
「――ぐっあああああああああ!? ……う、腕がああああああああ!? ……私の腕がぁああああああああ!?」
痛みの限界を超えているせいか、痛覚があまりない。けれど右肩からは溢れんばかりの血が噴き出し、間接を綺麗にキメられたせいか骨折した感覚すらない。
そんな私を見下すかのように、小僧は言った。
「魔力のコントロールさえしっかり出来てりゃあ、こんな玩具の剣ですら人間の肉と骨を断つ武器にだって成るし。術式の構築・構成が出来ればヒュドラのコード(毒)を解析して解除なんてのも可能だ」
「ぐっ……っはぁーはぁー……」
「息が荒いな。ま、無理もねーか。軽く1ℓくらい出血してるっぽいし」
「貴様は……一体……何者だ?」
「あん?」
「はぁはぁ……極東の技法なんてモンを使って私を見つけ出しただけでなく……。はぁー……我がメンバーを尽く瞬殺し、あまつさえアルケミアの魔術使や魔導士でもないくせに初めて味わうヒュドラのコード(毒)をその場で解析し……そのうえで解除する為の術式を場当たりで構築・構成までやってのけるその知識と技術……。っはぁーはぁー……化け物が! 貴様、本当にただ子供か?」
と、少年は何故かニヒルな笑みを浮かべた。
「これから死ぬ奴に名乗った所で冥土への土産にもならねーよ」