1-6
――エムリス――
学生になるというのはこういうことなのだろうか?
大人に近づくというのはこうなのだろうか?
入学した途端、予想外のことばかり起こる。
校門前で餓死寸前の妙な少年を見つけたのに始まり、式の最中でもマイペース。担任はやる気ナシながらどこか掴みづらいし。学院の外に出たらラウンズの副騎士長に声を掛けられ、その恐ろしさを何となく知り、挙句の果てには両親が慌てふためくレアな姿を目の当たりにした。正直頭がついていかない。たった一日で色々な事が起こり過ぎている気がする。極めつけは……
「なんでこうなるの?」
「まーまー。親が騎士だとこんなのアルアルだって」
二人きり。パパとママとシャル様は急な要請があったとかで皇城に呼び出され、カフェを出たエムリスとカール君は都心の大広場で佇んでいた。
「六歳児二人を都心の真ん中に置いて仕事行くとかありえないでしょ? しかも入学式を終えたばっかの記念すべき日に」
「だいじょーぶだって。ぼく毎晩の夜遊びで都心慣れてるから」
やっぱとんでもない不良だわ。
全然大丈夫な気がしない。
むしろ自分も悪い道に誘われてしまうんじゃないかと恐怖すら感じる。
「それよりエムリス、帰る前にアレ見て行かない?」
「? アレってひょっとしてドラゴンナイツショー……ですか?」
光輝の騎士ドラゴンナイツ。竜の力を得た正義の騎士が世界征服を企む悪の秘密結社BLOODと戦うという架空の物語。ユーサー政権以降に生まれた娯楽の一つ。児童向けの演劇。今帝都で流行っている正義の味方。子供たちの憧れでありヒーローらしい。
「カール君はあんなお子ちゃま向けの偽物が好きなんですか?」
「ずいぶん棘があるね」
「光輝の騎士ドラゴンナイツ。革命戦の立役者でありラウンズの現聖騎士長でもあるアルト=ドラン様をモデルにした架空ヒーローみたいですけど。設定が気に入りません。悪竜を退治した主人公がその返り血を浴びた事で強硬な皮膚と強靭な肉体を得て悪の秘密結社と戦う。平民の身分から絶え間ない努力と力で成り上がり、圧政を強いていた帝国に変革を齎したアルト様とは違います。ありていに言えばアルト様と比べて主人公の設定が薄っぺらいです」
「…………。まじめってゆーか現実主義ってゆーか……エムリスって本当に六歳児?」
「毎晩夜遊びして授業中に居眠りしてるカール君に言われたくありません」
にしても大した賑わいではある。
見渡す限り人・人・人。ショーの観客は優に千は超えておりその七割以上が子供。残りの三割が付き添いの保護者。
舞台にはやたら目立つ白騎士(主人公)がスカルフェイスの軍団(悪役)と戦っており、その殺陣に子供たちは「やっちゃえ、ドラゴンナイツ!」だの「わるいブラッドなんかやっけろ!」だのと定番の声援を上げながら大いに盛り上がっている。
「アルト様をモデルにしている割に演出もショボいですね」
「現実主義のうえに容赦のない辛口コメント……。エムリスを置いて仕事に行ったブラドさんとホルンさんの考えが解った気がするよ。キミは普通の六歳児じゃない」
「それはカール君にとってもブーメランだって気づいた方がいいと思います」
とはいえ、なんだかんだでショーに魅入ってしまっているあたしがいる。
元々演劇は見世物だ。お客さんを楽しませ飽きさせず帰らせず。魔道具等を駆使して派手な演出と殺陣でお客さんの目と心を奪う。たとえ好まないヒーローのショーでも何故か魅入ってしまう。連れであるカール君が足を止めているせいか、あるいは会場の雰囲気と場の空気に当てられているせいか自然と一緒になって観てしまう。
劇はクライマックス。主人公のドラゴンナイツが怪人を追い詰めて倒そうとするも、手下に行く手を阻まれているシーン。追い詰められた悪の怪人は最後の足掻きをする。
会場のガキを人質にとれ! と。
手下のスカルフェイスは命じられるがままに舞台上から降りて観客の物色を始めると――髑髏の眼光はあたしを捉えた。
「……え?」
「ごめんねお嬢ちゃん。ショーの為に協力してくれ」
よりにもよってあたし!?
なんかカールくんも親指を立てて「ガンバ!」とか言ってるし……断りづらい。
「は、はい。わかりました」
空返事ながら、あたしはやむを得ずスカルフェイスに抱きかかえられるや否や。
「えっ……な、なに!?」
急に白い布で口を覆われたかと思ったら、変な薬品の臭いと共に瞼が重くなり。
頭がぼーっとなって意識が遠のき、十秒と掛からない内に頭も視界も真っ暗になった。