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――エムリス――
アヴァル学院都市。
東西南北中央と計5つに区画分けされた帝国の首都:帝都キャメロットに隣接するもう一つ都市、それがアヴァル学院都市である。
そもそも聖エクス大帝国とは『帝都キャメロット』『アヴァル学院都市』を中心に、他に『十の大型領地』と『小規模の領地』から成り立っている。
特に帝都は国全体の中心にして中枢。皇城カリスを置いてるだけに他の都市や領地よりも一際栄えている。その証拠に他の大型領地の人口が平均二十万なのに対し、帝都はその約四倍。規模も都市を四つ足したような大都市だ。
然るにアヴァル学院都市も大型領地と同レベルなのだが、やはり帝都と隣接・直結しているだけあって他の大型領地とは色々と異なる部分が多々ある。
その一つが、小さくチンチンと鐘の音が響く路面電車。
中央通りを中心に大きく展開しており、学生居住区画からおよそ四十分弱で高等部区画まで行ける。たった二十人程度しか乗れない小さな電車だが、それでも学生達にとっての貴重な足であるのは間違いない。窓辺から見えるのは帝都と同じ華々しい石造りの街並み。
ましてや今は四月。ちょうど桜の木が満開になり、同時に春という季節は色々な『新』を生む。新入から新卒、あるいは新騎士になる新社会人が多く輩出される。自分もその一人だ。
おまけに今日は晴天。気候も落ち着いていて日光も暖かく春風も心地いい。まさに絶好の入学式日和。縁起という意味でも最高だったはずなのに――
「まぁ~まぁ~! カール君ってゆ~のぉ! 中々イイ男じゃなぁ~い! エムリスちゃんってばお堅いふりして面食いなんだからぁ~。やっぱりパパに似たのね!」
「フッ。そこは私に似たと言うべきだろう。入学初日にいきなり男をハントする嗅覚。やはり日頃の鍛錬の賜物だな。ママは嬉しいぞ!」
「えへへ、それほどでもぉー」
「……なんでカールくんが照れるのよ? パパもママもそんなんじゃないから」
……どうしてこうなっちゃったんだろう?
学院都市の中心部、大広場のカフェテラス席に付いて最初に出た言葉だった。
入学式兼クラスメイトとの初顔合わせ。模擬剣を使っての挨拶というのは意外だったけど、剣術学院らしい趣向だったと思う。ちょっとしたハプニングはあったけど……。
結局ベティにお説教後のノーマン先生は通常通り怠惰だった。……アレを普通と捉えたくはないけど。
兎にも角にも入学初日は午前中に終わり、あとは両親とお昼のランチをして帰るだけのハズだった。なのに今は何故かカール君が一緒にいる。
「自己紹介が遅れたわね~。ワタシはブラド=メルリ。国防騎士団:ガディナイツの団長やってるわ」
「私はホルン=メルリ。帝都治安維持局:ワルキューレの局長を務めている」
「ぼく知ってるよ。バーサックカマーのブラド正騎士とビューティーハニーのホルン正騎士だよね――」
と、カール君が禁句を言ってしまった直後。ママは顔を真っ赤にしながら掌で覆い隠し、パパは鬼のような形相でフォークを彼の喉に突き付けていた。
「――それだけはヤメて! マジで! 顔から火が出るほど恥ずいっっ!」
「オイ、小僧! その忌まわしき異名、ドコのクソヤロウから聞いた?」
「ママパパ。素が出てるよ」
そう。
実はあたしの両親も結構な変わり者。パパは一見するとゴツい渋顔にスキンヘッド。男ではなく漢のような風貌をしているにも拘わらず普段はオネエ口調。しかし一歩でも戦場に出れば『狂戦士のように荒れ狂い猛威を振るうオカマ騎士』へと変わるらしく。
対するママも栗茶色の癖毛ショートヘア。普段は獅子の如く燃え盛る女傑のように振る舞っているが、戦場では宝具の性質ゆえか『女王バチのように戦場を刺す乙女』と言われているようで。
そこから冠した異名が『バーサックカマー』と『ビューティーハニー』。
パパとママ的に大変不名誉な異名らしく。この異名を口にするとパパは素の漢になり、ママは純情な乙女になる。
「で、小僧。誰からその呪詛を聞いた? 事と次第によっちゃあそいつを今すぐ暗殺し――」
「シャルねえちゃんだけど」
「「…………」」
心なしか、チーン……という虚しくも小さい釣鐘の音がパパとママの時間を停止させたように思えた。
「……か、カール君……まさかとは思うけど。そのシャルねえちゃんって……ロイヤル・オブ・ナイツのシャル=ラ=ピュセル殿……の事じゃないわよね~?」
「あ、あはは……! そ、そんな訳ないだろブラド、あの聖女様と彼が知り合いな訳――」
「パパママ、言っとくけどカールくんはヘセド教会の孤児らしいよ」
「「…………」」
またもや二人だけの時間が静止した。
そりゃそうだ。ゆーてあたしだって驚いたし。ましてやパパとママからすればシャル様は直属の上司――いやラウンズの第二席、もとい副騎士長ともなれば皇族にも等しい御方だ。知らなかった事とはいえ、安易に暗殺してやるなんて言おうものなら家族揃って打ち首すら有り得――
「見ぃ~つけた」
「「「…………」」」
思わず「今日はなんて日だ!」と叫びたくなる。何故なら今度はあたしも含めてメルリ一家全員の時間が止まってしまったからだ。
何の脈絡もなく唐突に声を掛けて来たのは金髪ハーフアップで紅眼。年の頃は十六歳。神官衣のような純白のドレスとローブに身を包み、お淑やかな正装に反してご本人は随分と明るく活発そうな風貌をしている。如何にも自由奔放って感じの御方だ。
(噂をすればだなんて言葉はよくあるけど……まさか現実に起こるなんて)
水晶放送で見たまんまだ。
この方こそ帝国全女子の憧れ。誰もが疑う事を知らない紛う事無き絶世の美少女。帝国人なら誰もが知る聖女様。そしてロイヤル・オブ・ナイツのナンバー2――シャル=ラ=ピュセル様ご本人である。
「ふふ。カール、保護者ほっぽといてナニしてんだキサマー?」
「あ、いやこれはその……」
「…………んん?」
……あれ? 聖女としての体面を意識されてるのか?
心なしかセリフと表情合ってなくない?
聖女らしい満面の笑みを浮かべてるのに言葉と背後に鬼の幻覚が視える。平たく言えば怒っているような気がする。
「人が身支度してる間にこっそり抜け出して一人で勝手に登院するわ。入学式で手を振っても終始無視するわ。挙句の果てには保護者無視して一人で帰ろうとするわ――大変にいい度胸してるなコンニャロー。ふふふふ」
「あーいや……別に無視してたわけじゃなくて。ただ素で意識してなかったってゆーか、お腹一杯になったら急に眠気がきちゃって完全にシャルねえちゃんの存在を忘れてたとゆーか……てへぺろ」
「よし殺そう」
「――いやいや! 晴れ晴れとした笑顔でナニを普通に男児殺害しようとしてんのッ、怖いよッ!? 聖女さまともあろう方がそんな物騒なワード平然と言っちゃっていいの!?」
「別にアタシが言い出したことじゃねーし。アタシがそんな世間体を気にすると思ってんの、カール? 可愛いこと言うじゃん。うふふふ」
「すみませんマジゆるしてくださいホントごめんなさいでした平に謝るので勘弁してくださいこの通りです神さま仏さま聖女さまシャルねえちゃんさま」
「「「…………」」」
満面の笑顔の裏に憤怒の鬼をチラつかせているシャル様と、ただ謝罪の言葉をひたすら並べ呪文を唱えるかのように拝み倒すカール君の姿を傍から見て。
あたしは初めて、彼の言っていた『獄長』の意味を理解した気がする。
◇
とまぁ仕切り直して。
「スンマセンっしたぁー! ウチの悪ガキが先輩方にとんだ迷惑を……!」
「……そそそそそんな滅相もない!? どうかお顔上げ下さいシャルお姉サマぁー!?」
「そうですよ姉御!? 姉御と兄貴あっての私らなんですから……」
自分の両親がこんなに慌てふためいてる姿を、あたしは初めて見た気がする。
「パパとママってシャル様と知り合いなの?」
「ま、まぁ~ねぇ。学生時代にちょっと……」
「エムリスにも少し話をしたと思うけど昔の私らはちょっとホラ、少し荒れた時期があってさ。それでなんやかんや色々とあって……だな」
両親の歯切れが悪い。学生の頃色々とやんちゃしてたって話は指先を摘まむ程度には聞いてたけど。あのパパとママの恐縮具合……ちょっと気になるかも。
「それよりいいの、シャルねえちゃん? ラウンズの随一の高嶺の花とも言われてる人が『悪ガキ』だなんて汚い言葉使っちゃって。幼気な子供の夢壊しちゃうんじゃない」
「誰のせいだと思ってるんだ、ダ・レ・ノ。世間の肩書きよりもまずはアタシの日頃の苦労を知れやがれ。――にしてもブラド先輩にホルン先輩久しぶりじゃーん! クーデター戦後以来だから二年ぶりだっけ? 今はガディナイツとワルキューレの長をやってるって聞いたけど。元気してた?」
「お、お久しぶりですお姉サマぁ!」
「お、おかげさまで夫と娘共々幸せであります、姉御!」
「…………」
お姉サマに姉御って……。
後輩であるシャルさま相手に、先輩であるウチの両親が恐縮してる。なんともシュールな光景だ。本当に昔何があったんだろう。
「もぉーそんなに畏まらないでってば。学生の時みたいにフレンドリーに行こうよ。それより二人も入学式に来てたんだよね」
「……ええ。しかしお姉サマは保護者席におられなかったような?」
「いやいたよ。ゆーてアタシはカールの保護者だからね」
「しかし姉御ほどの大物が保護者席にいたら流石に誰か気づくハズ……」
「そりゃあずーっとコレを被ってたからね」
シャル様は懐から白化粧をした道化の仮面を取り出した。
「それってピエロの仮面……ですか?」
「人をおちょくってる感がハンパない顔してますね、この仮面」
「アハハ! 確かに! それアタシも思ったわ~! コレはね、アルがアルケミアへ研修留学した時に持ってきた魔道具でね。これ被ると色んな人に変装出来ちゃうんだなコレが」
「まぁ~、アルケミアってひょっとして神聖アルケミア連邦の事ですかぁ~。あの源魔神信仰を掲げている軍事魔導大国の?」
「そういえば昔聞いた事があるな。アルトの兄貴が研修留学に行ったって話――」
兄貴!? ママ今さらっとアルト様のことを『兄貴』って言ったよね!?
しかもアルケミア連邦と言ったら『魔術使』と『魔導士』だらけの大国。聖エクス大帝国と肩を並べるルヴァ大陸の北部を支配する四大国の一角じゃない!?
「ほら、自分で言うのも恥ずいけどアタシって結構な有名人じゃん。そんな人間が保護者席に普通に座ってたら大騒ぎになっちゃうし折角の式が台無しじゃん。だからこのピエロの魔道具を被って教会の神父に変装して保護者席から手振ってたんだけどぉー。こんにゃろー、それを知りながら終始無視してくれた訳よ。うふふふ」
「……いやだから……眠くて素で忘れてたってただけって言ったですやん。無視しただなんて人聞きの悪い」
「なお悪いわボケ」
やっぱり笑顔ながらセリフと表情が合っていない。