1-3
――エムリス――
ブレスド大聖堂。
およそ千にも及ぶ席数。四方の壁には騎士の肖像画らしきステンドグラスが張られており、劇団さながらの壇上では学院長代理がこれから初等部になるあたしらに対し入学の挨拶をしている。
『新初等部の諸君、まずは入学おめでとうなのじゃ! 私はリズ=ウィスト。現役高等部二年にして生徒会長。そして学院長代理でもある』
登壇している彼女の演説にあたしらだけでなく、保護者一同も困惑している。
高等部で生徒会長なのはまだいい。けどそこに学院長代理というのはどうだろうか。保護者陣営から「本当にあの娘が学院長なのか?」「なにかの間違いでは?」等の疑心の声が広がっている。
『皆が驚かれるのも当然じゃ。こんな一学生が、しかもこのような小娘が名門の長など信じられんのも無理はない。しかし皆様も既にご存じであろう。第一皇子たるユーサー=ジ=エクス殿下が起こされたクーデターから早二年。純血実力至上主義を謳っていた先帝こと第二十六代皇帝グハール=ジ=アリオス陛下がお亡くなりになられた事で我が国は変わりつつある。新政権が樹立し「純血こそが力。高貴の血が流れている者こそが強者」と言われていたのはもはや過去の話――』
「…………」
新初等部陣だけでなく、保護者陣も全員が息を飲んだ。
『元々アヴァル帝国学院はグハール=ジ=アリオス前陛下が他国をも圧倒する程の強い騎士を育成する為に建設された学院じゃ。当然そこにはグハール陛下の貴族=純血=強者の思想が強く反映されておる』
「…………」
『けれど新皇帝ユーサー陛下によって国の方針、如いては我が学院の方針も大きく変わった。グハール派だった前学院長の解任。貴族至上主義の撤廃。そして今まで受け入れを拒否していた平民・孤児の入学じゃ!』
「…………」
『新政権が未だ定着していないが故に新しい学院長を決められず、仮の学院長しか用意出来なかったこと。また不十分な準備なまま大切な入学式を開いてしまった事については生徒並びに保護者の皆々様に深く謝罪する。――しかしこれだけは断言するのじゃ! ――子供には無限の可能性がある!』
「…………」
困惑気味だった皆の表情が変わっていく。
『借り物の言葉を承知の上で敢えて言わせてもらう! 貴族平民孤児関係なく子供の持つ可能性は無限大なのじゃ! 世には隠れた才能を持つ子もいれば、血や才能を努力のみで超えていく子もおる! それらを身分だけで勝手に判断し、独り善がりな狭い視野と価値観で眠らせたままにするのは愚である! 身分に囚われるな! 才能に溺れてはならぬ! 自分を卑下して埋もれるでない! 研鑽せよ、未来は枝葉じゃ! 諸君らの中に眠る「可能性」には無限の未来がある!』
「…………」
『未来の騎士達よ! 次世代の世を築く若き芽吹きよ! そなた等の「剣」でこの国を、都を、民を、大事な者達を、未来を切り拓け! 我が院アヴァロンはその為に在る! 存分に学ぶがよい! 研鑽するがよい! 未来は諸君らの手の中に在る! ――以上じゃ』
その瞬間、沸き上がるような拍手喝采が起こる中、あたしは壇上に立つ彼女に目と心を奪われた。
威風堂々。圧倒的なカリスマ。高貴な出で立ちながら細く艶やかに靡く栗茶のロングヘア。まさに女性としての完成形。理想の着地点。イケメン男子顔負けの勇ましさ。この人はシャル様に次ぐ次期ラウンズになろう御方。未来の聖女に憧憬した。
のだが……
「ふわぁぁああああ~……。やべ……腹一杯になったら今度は眠くなってきた……」
「…………」
ぶち壊しである。
何の因果でこうなった? 何故にあたしの隣にカールくんが座ってるの? 何で拍手喝采が起きている中、一人気怠そうに口を大きく開けてあくびしてるの? この状況で眠くなるってどんだけ神経図太いの? ありえない!
そりゃあ生徒保護者含めて二百人以上いるから一人眠たそうにあくびしてたって誰も気づかないでしょうけど。直接真横にいるあたしからしたら逆に目立つというか。逆に気になってしょうがないというか。夢心地の良い所に水を差された感がハンパないんですけどぉ!?
訴えていいのよねコレ!?
むしろ訴えたいんですけどぉ!?
あたしの感動を返せと訴えたいんですけどぉ!?
(怒ってイイんだよね! 怒るよ、ホントに怒るよ! イイの? イイんだよねコレぇ?)
エムリスが心の中で必死の自問自答を繰り返し、謎の葛藤を抱えながら拳を握り締めると。
「ところでエムリスのパパとママって保護者席にいんの?」
「どこまでマイペースなんですか? ……はぁ~、あたしのパパとママなら保護者席の最前列にいますけど」
「ひょっとしてあのカマっぽいゴツいスキンヘッドと野獣みたいな雰囲気の美女? あの二人って国防騎士団の団長と帝都治安維持局の局長じゃん」
「なんで特徴も訊かずに一発で正解出来るんですか? ……なんか怖いわ」
しかも即答。なんだか軽いホラーだわ。
「ってことはやっぱりエムリスも貴族なんだ」
「だったらなんなんですか?」
「優しいなって思って」
「……はっ――ハァぁああっっ!? ……ななっ、何ですか急に!?」
「エムリスくらいだよ。ぼくみたいな孤児にちゃーんと接してくれる貴族は。普通の貴族なら見下してくるか無視してくるかのどっちかだし」
「……あ、あたしをそんな連中と一緒にしないでください。そもそもカールくんはなんでこの学院に入ったんですか? 学院長は身分の差なんて関係ないって言ってましたけど帝国に根付いてるグハール思想、貴族至上主義を払拭するにはまだまだ日が浅く。未だ純血=貴族=強者の考えを持つ生徒は多いと聞きます。カールくんの言うように横暴な態度で平民を見下し蔑む貴族が大半を占めてるのが現状です。貴族のあたしが言っちゃなんだけど孤児には相当居心地悪いと言わざる得ません」
「へぇー、エムリスって六歳なのに賢いというか、優しいだけじゃなく頭もイイんだね。ウンウン! 良いキャラしてるわ~。ちょっと感動」
「キャラってなんですか! だいたいあなたみたいな不良生徒に褒められても……う、うれしくなんてありませんから!」
「なるほどツンデレキャラだったのか?」
「――だ、だれがツンデレですかっ!? 変な納得しないでください!」
「う~ん……ぼくが騎士科を選んだ理由かぁ。強いて言うなら『失いたくないから』かな。ぼく戦災孤児だからさ。親いないから『今在るモノ』がぼくの全てなんだ。だから大事にしたいし守りたい。それが理由じゃおかしいかな?」
「…………」
それってつまりたとえ自分がどんな迫害を受けようが頑張るってこと? 大事な人と場所を守るために意地でも強い騎士になってやるって言ってるようなものじゃないですか?
……な、なによ。さっきまでやる気なさそうな顔であくびしてたのに、今は随分と……その……カッコイイというか……。……って、あれ? 心なしか何だか頬と身体が熱くなってきたような気が……
「大丈夫か? なんか茹でたタコみたいな顔になってるけど?」
「……なっ、なんでもありませんっ!? 気にしないで!?」
「でも――」
「イ・イ・で・す・か・らっ!! あたしの夢はパパとママのような凄い騎士になる事です! ――ハイ、おしまい!」
「……そ、そうなんだ。けど何で急に早口?」
「気のせいです」
そう気のせい。絶対に気のせいだ。
学院長の演説による興奮が未だに残っているだけ。周りが興奮しているからドキドキが未だに収まらないだけだ。きっとそう。そうでなければおかしい。初対面の男子にいきなり惚れるほどあたしは軽い女じゃないし。ましてや入学式前日まで夜遊びしまくった挙句、罰として断食させられ、果てには当日空腹で行き倒れてる少年なんて変人もいいところ。そんな変人に好感の持てる要素があるだろうか。――いやない。あるハズがない。
だから気のせいだ。
 




