5-2
――エムリス――
初等部校舎・屋上。
学院都市全土とは言えずとも敷地内程度なら見渡せる。如実に見えるのはやはりアルト様と魔王が戦った戦場跡、全壊した闘技場だ。当然ながら三日経過した今でも立ち入り禁止の看板が立てかけられている。
初めて上ってみたけど荒れた景観を除けば悪くない眺めだ。穏やか風が流れ、五月蠅過ぎず静か過ぎない雑音が逆に心を落ち着かせてくれる。非常に心地が良い。
悩み事がある時は特に。
「…………」
エムリスは膝を抱えながら蹲った。
あたしはどうすればいい? どうしたいの? これからどうなりたいの? 何処へ向かえばいいの? 何処へ向かいたいの? 何を目指して頑張ればいいの? 何もかもが分からない。
あたしの身体を静かな風が虚しく通り過ぎる。
ただ儚く、ただ惨めに、ただ侘しく。ただただ真っ暗な世界で独りぼっち。延いてはこの世の迷子、まるで孤独な世界にいるかのよう――……と思いきや。
「え?」
屋上の風舐めない方がいいよ、と。
背後から突然現れたカールくんは、そっと黒いローブを掛けてくれた。
……ていうかローブの上にローブを掛けるっておかしくない?
「いくら春で気候も温かいからってローブも羽織らずに屋上にいると風邪ひくぞ」
「え? あ……」
突然の事で言葉が出ないのもあるけど。
ローブを着る事すら忘れてた? あたしが?
「…………」
「エムリス、なんか元気なくない?」
「そう……ですか? うん……そうだよね。……ちょっと元気ないかも」
「ふーん」
と、カールくんは何も言わずにそのまま屋上のベンチ、あたしの隣に座ってきた。
「……なんで隣に座るんですか?」
「元気のない同級生を放って行ったらシャルねえちゃんに殺されちゃうから」
なんなのよ、それ……今は独りになりたい気分なのに。
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気まずい無言の空気が流れる。
彼は何も訊こうとしてこない。理由も何も訊かず、ただ黙って横に座っているだけ。
「…………」
下手に慰めたり気遣ったりもしてこない。瓦礫撤去の雑音を音楽のように聴きながら、ただただ日中の空を見上げている。本当にそれだけ……本当に――
「カールくんってなんで孤児院にいるんですか?」
「どうして?」
「いえ、ただなんとなく気になっただけというか……答えたくなかったらいいです」
「僕の村、昔魔獣に焼かれちゃってさ。その時に両親共に死んじゃったんだ」
「そう……ですか。実はあたしの両親も本当の両親じゃないそうです」
何故だろう? 彼も本当の両親がいないと言った途端、自然と口が動いてしまう。
「ブラドさんとホルンさんがそう言ったの?」
「事件後の夜に打ち明けられました。あたしの本当の名前はエムリス=ジ=ファフニル。先帝グハール=ジ=アリオスと当時の側室だったヒルデ=ファフニルとの間に生まれた娘。昔アルト様が皇城から誘拐し、当時荒れていた今のパパとママに預けたそうです」
「誘拐された理由は聞いたの?」
「人を血でしか判断しない実父の下に置いては危険だから城の外へ連れ出して欲しいと実母たっての願いだったらしいです。凄くないですか、あたしユーサー=ジ=エクス様の腹違いの妹なんですよ。鼻高でモノです」
「のわりには嬉しそうじゃないね」
「…………。当然じゃないですか。あたしは実母の顔なんて知らない! 実父なんて化け物の印象しかない! おまけにパパとママとは血が繋がってなかった! 最悪じゃない! あたしはナンなの、何の為に産まれてきたの!? ただ優秀な血を作る為だけに産み落とされたの!? あたしの役割ってそんななのっ!? パパとママのような騎士になるだなんて泡沫の夢だったの!? 無駄だったの!? もうナニを目指していいのか判らない……」
赤茶毛のロングヘアを左右に振らしながら、色々と溜め込んでいたものが一気に爆発した。
自分自身が判らなくなる。
進む道が見えず世界が真っ暗に見える。
もうヤダ! 頭がぐちゃぐちゃになる! もう何も考えたくない消えたい! この世界から居なくなりたい! 目に見えない圧に圧し潰されてしまいそうになる。
「あ、見て見てエムリス。人がまるでゴミのようだよー」
「…………は?」
急にカールくんが地上を見下しながら、大根役者さながらの下手な棒読みセリフを言ってきた。本当に訳が解らない。この状況で出てくるセリフ? 今の話を聞いて何でそんな言葉が出てくるの? それだけどうでもいいってこと?
「フン! やっぱりあなたみたいな不良生徒に話す事じゃなかっ――」
「血で人生を振り回されるのってバカらしくない?」
「え?」
「血筋が皇族だと運命は決まっちまってるのか? こうしなきゃいけない、あーしなきゃいけねーって誰が決めたんだ? 決められた道は一本だけだって自分の中で勝手に決めちまってるだけじゃねーのか?」
「……」
「ま、俺が何を言いたいかっつーと。孤児院の出だと知りながらも普通に接してくれたエムリスが今更『血』なんかに振り回されてるんじゃねーっつの。実父母が誰であろうとオメーを育ててくれたのはブラドさんとホルンさんの二人。今までもこれからもオメーがエムリス=メルリである事に変わりはない。騎士を目指したいなら目指せばイイし、別道が見えてそこに行きたくなったのならそれに向かうも良し。未来を決めるのは血でも運命でもない。何を目指すもエムリス自身、夢があるなら突っ走っちゃえばイイんだよ」
「…………あ――」
瞬間、あたしの胸がトクンと脈打った。
あたしは何に迷っていたんだろうか。皇族という言葉だけが先行し、頭の中で「あーしなければならない」「こーしなければならないんだろうな」と勝手に思い込んでしまった。このままパパとママの娘でいていいのだろうかと不安になってしまったのだ。だから皇族として生きるのが正道「自分の本来在るべき未来はこれだけなのだ」と言い訳をして無意識に逃げの一手を模索してしまっていた。
エムリスは一間置き。
気持ちに区切りをつけ、吹っ切れた晴れやかな顔で口を開いた。
「あーあ。不良生徒に諭されるだなんてあたしの頭もたかが知れてるわね」
「……どゆー意味だ、それ?」
「感謝してるのよ。もちろん良い意味で」
悔しいけど、暗い洞窟から抜け出せたような気分だ。今は明るい日差しが射し込んだように心が澄んでいる。迷っていたこと自体が馬鹿馬鹿しく思えるほどに。
「カールのアニキ! おれ様達で騎士団作りましょう!」
「「…………は?」」
アホ貴族が空気も読まずに突入してきた。アホな事を叫びながら。当然のように取り巻きを引き連れて。見事なまでに三バカ貴族トリオが揃っている。
「急になんですか?」
「急も何もエムリスも見ただろアルトさまの勇士! 巨大な大型魔獣に立ち向かうあの神の如きお姿! おれ様は惚れたぜ! おれ様もあーゆー風になりたい! あんな英雄みたいなヒーローになりたいんだよ!」
「おれらもベティさんとアニキに付いていきます!」
「ベティさまとカールさまのあるところおれらありです!」
「……いや、ぼくは別に……」
まぁゆーてあたしは特等席で見てたけど。
確かに強くてカッコ良かった。男の子ならヒーロー願望、もとい強い騎士に憧れるのは当然だろう。事実あたしもあんな騎士になりたいと思った。
けど肝心のカールくんは完全に乗り気でない様子だ。
「――名付けてキッズ・オブ・ラウンズ! 今は五人だけどいずれは十二人欲しいな!」
「ちょっ……五人ってあたしを巻き込まないで下さい! 誰がそんなお子ちゃまヒーローごっこなんて――」
「ベティさんが決めたことだ!」
「ロイヤル・オブ・ラウンズにシャルさまがおられるようにおれらキッズ・オブ・ラウンズにも紅一点は必要だとベティさまがおっしゃられたのだ! 拒否は認められない」
「え?」
聖女様と同じ扱い? それはちょっと嬉しいかも。
「エムリスさん……ちょっと満更でもないかも、とか思ってる?」
「そそっ――そんなこと思ってません! あまりに子供っぽい提案なので呆れていただけです! 決してシャル様と同じ扱いで喜んでた訳じゃありません!」
「やっぱツンデレか」
――ツンデレじゃありませんからっ! とあたしが全力で否定しているのを他所に。
三バカ貴族トリオは更に話を勝手に進め、
「では騎士団長はカールのアニキで!」
「ヤダ。そもそもキッズ・オブ・ラウンズなんてメンドクサ――」
「そうですか。なら騎士団長はこのベティ=ウィルがやります! 副団長はシャルさまに倣いたいのでエムリスになってしまうので――アニキは参謀でお願いします!」
「……いやだからぼくは――」
「「よろしくお願いします、カールのアニキ!」」
「…………」
あたしもだけどなんか断りづらい雰囲気だ。
完全に押し切られたような気がするものの――
(キッズ・オブ・ラウンズ――か)
なんだかカールくんと一緒に見たヒーローショーを思い出す。
光輝の騎士ドラゴンナイツ。竜の力を得た正義の騎士が世界征服を企む悪の秘密結社BLOODと戦うという架空のヒーロー物語。子供たちの憧れ、正義の味方――あれもまた夢だ。
夢を見るのが自由なら、夢を目指すのもまた自由。
夢は未来だ。夢があるから目指せる。目指す未来があるからこそが夢をみる。
あたしがパパやママと同じ騎士を目指すのも、ベティらがアルト様に憧れてロイヤル・オブ・ラウンズを真似たがってキッズ・オブ・ラウンズなんて騎士団を結成したがるのも、数多の子供達が架空のヒーローに憧れるのも夢。たとえ否定されようが笑われようが、それを夢として目指すのは自由なんだ。それが未来へと繋がる。なら――
「よぉぉーしっ! やってやろうじゃないの、キッズ・オブ・ラウンズ!」
「……へ?」
正気ですかエムリスさん? みたいな顔をしている。
同じ乗り気でなかったあたしが急にやる気を出した事に困惑しているのだろう。
「夢があるなら突っ走っちゃえ――なんでしょ?」
「…………」
余計な事を言ってしまった、みたいな顔をしている。
まさか自分の言った言葉が早速ブーメランしてくるだなんて流石のカールくんも思わなかったんだろう。
そう――未来は無限だ。
たとえあたしの血に皇族の血が流れていようが、血に縛られてやる必要はない。パパやママと血が繋がってなかった事実は悲しかったけど大事なのは血じゃない。事実よりも『今』を、過去を振り返るよりも『未来』を。未来の形は一つじゃない事をあたしは諭された。
だから進もう。『今』のあたしが信じる夢へ向かって――




