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4-10

――シャル――


「――え?」

 マザーが侵攻を続け、帝都までの距離を三キロメートルと残し。且つ関所も大渋滞で破裂した挙句、依然として催眠状態が解けず甘い蜜に誘われる生徒達との板挟みに悩まされている最中、シャルの目線は学院都市へと向いた。

 強大な魔力同士の激突。無反応でいろ、と言うのが無理難題なレベルに無視できない。

 まるで原子炉を爆発させたような眩い光に誰もが見入ってしまう。

「この魔力……アルトの兄貴なんじゃねーっスか、姉御?」

「どーやらアルト兄サマの相手もとんでもないバケモノのようねぇ~」

「アルトパイセンならだいじょーぶ! それよりも今はマザーと生徒達との接触させないよう全力を尽くして!」

 アタシを置いて独りで勝手に逝くなんて許さない。

 もし死んでたら、あの世の断頭台に上がらせて地獄の観光ツアーをさせてやる。

 シャルは士気を低下させない為、強気な口調で声を張り上げる。

「っ――先輩方集中して下さいっ! 気を緩めないで! 死にたくなければ眼前の敵から目を離すなっ!」

 現状は何も好転してない。マザーの甲殻な鎧はまだ壊せていないのだ。雑兵も次から次へと産み落とされ、一向に止む気配がない。自我無き雑兵にとって強大な魔力同士の衝突は本能的に反応する事はあっても狼狽える事はない。また自我無き魔獣は戦場の空気感も読まない。

 そんな敵を前に一瞬でも隙を見せれば喰い殺されて終わりだ。

「その胸中に防衛都市の名を背負っているのなら! 己が信念にプライウェンの矜持があるのなら! ――戦え! 害獣の侵入を一片たりとも許すなっ! ――無辜の民に一切の犠牲者を出させるなっ!」

 あと少し。あと少しでマザーを止められる。

 何度も何度も攻撃を重ね、試行錯誤を繰り返し、強過ぎず弱過ぎずの加減の狭間を見つけ、全身を覆う鱗の中で最も脆い部分を探し当て、かつ魔力湖がある核に一切のダメージを与えずにマザーの意識を刈り取る。一撃で行動不能に出来うるアキレス腱。脳から身体へと送られる連絡を絶ち、神経のみを断つ。

歩く火力発電所であるマザーを安全に停止させるにはそれしかない。

(……ったく、アルトのエリュシオンさえあればこんなメンドーなこと……)

 いや、この場に無いモノを強請ったところで意味はないか。

 そもそも万物やら事象やらを好き勝手出来てしまうような術を会得しているパイセンが異常なだけだ。宝具もなしに歩く火力発電所と真っ向勝負しながら、かつ爆発させないで倒せる人間がそうホイホイといてたまるもんか。チートをアテにするなんざラウンズ第二席の名折れ。如何に敵が癖のあるS級魔獣だろうと帝国の民を全力で守り抜く――と言うのはただの建前に過ぎない。

実際の本音はもっとシンプルだ。

「アタシの家族に害を及ぼす獣は都市に一歩たりとも近づけさせるモンかァァッ!」

 シャルはミカエルの大剣を振り下ろし、マザー目掛けて炎の津波を浴びせる。

 これまでの試行錯誤と検証の結果、マザーの鱗は魔力膜の他に鱗表面に更なるコーティングが施されていた。いわゆる二重防壁、たとえメインが壊されようともサブが補う。

 故にマザーの防御膜はメインたる魔力膜が破壊されたとしても、サブたる反射コーティングがあらゆる魔力攻撃を反射する。

つまりマザーを止めるにはまずミカエルの炎で全身の魔力膜を焼き尽くし、次に鱗の表面に施されている魔力反射コーティングをオルゴンの刃で物理的に刺し貫く。

(マザーの急所は頭と胴の間の首根っこ!)

 ミカエルの刃が鱗の隙間に突き刺さると、マザーはツボを突かれたように一瞬で意識を失い、その場で倒れ伏せると同時に雑兵の活動も停止した。

 あとは魔力抜きさえしてしまえば安全に焼却出来る――ハズだった。

「ん?」

 流れ星? 

一筋の光がマザーへと落下すると、マザーが再び息を吹き返し雄叫びを上げた。

そして――叫んだ。


「――ナゼダァぁぁあああああっ!? 王タル我ガ何故コノヨウナ醜キ獣ノ身体ナンゾニぃぃいいいっ!? アザぁぁアアアアアアア、許サンゾぉぉおおおおッッ!!」


 マザーが喋った!?

 まるで自我があるかのように激高している!?

「一体……」

「貴様ハ、シャル=ラ=ピュセル! 『ラ』ノ血統ガ、ドコマデ『ジ』ニ叛逆スルカぁ! 貴様サエ、貴様ラサエ存在シナケレバ我ハぁァッ!」

(この喋り方は……)

 暴走ゆえか、あるいはマザーの言語能力が元々低いせいか。少しばかり聞き取りづらい喋り方ではあるけども、この声の主には覚えがある。そもそも血統にこだわり、自身の事を「我」なんて言う偉そうな奴は、アタシの知る限り一人しかいない。

「グハール……まさか生きてたなんてね。皇城の地下施設も大概だったけど、それはそれで引くわ~。まるで血に飢えたゾンビっつうか、そんなデカブツに寄生してまで血を守りたいとか……キモっ」

「貴様ラノセイダ、全テ貴様ラガぁぁあああああああああああああああああああッッッ!!」

「――くっ!」

 怒りが頂点に達しているグハールは我を忘れたように暴れ出す。

 こいつはいよいよヤバい。今までのマザーは自我もなく本能のまま鈍足で帝都へと侵攻し、阻むモノは対空砲火と雑兵を生み出す移動要塞だった。

 けれど今は怒りのあまりに我を忘れ、ただ自暴自棄に暴走している。

 ただ暴君のように地団駄を踏み、ただ何も考えず四方八方に雑兵の弾丸を発砲していく。

ここまで無作為に暴れられると急所を狙えない。爆発させずに気絶させるなんて不可能だ。

 一気に防戦一方となってしまった。

 防衛都市の騎士達が反撃も出来ずに薙ぎ払われていく。

 騎士らがゴミのように為す術もなく無残なまま吹き飛ばされていく。

「……ぐっぅっ!」

 押される。

 防衛都市を突破されたら、すぐ目の前が学院都市だ。絶対に突破させてはならないのだけど……けど……。ダメだ……抑えきれない。――止められない! ――突破される! 

ヤメろォォおおおお! と破れかぶれに手を伸ばした――その瞬間だった。

巨大な『光る一刀』がマザーへと振り下ろされたのは。

「グッ、ガァァアアアアアああああああああああっっ!」

「……あ」

 グハールが苦痛の雄叫びを上げる中、眩い光の中から声がした。


 悪ぃ遅くなった、と。


「……あ、ああ」

 天馬に跨る『希望』の出現に、アタシは言葉を失う。

 頭には一本の角と金色の鬣。長い四肢に四枚の翼。白馬でありながら竜のような風貌をした、魔獣とは異なる煌く獣。清浄な湖畔に佇むだけで、その場に朝陽が射し込みそうなくらいに神々しい尊き聖獣。

そんな獣の手綱を握り締め、威風堂々と空から舞い降りたのは――

「……アルト先輩」

「おう。すまん。本命の駆除に手間取った……っつーか、マジすまん。最後の最後でミスっちまった。だからその……ホントにすまん」

「……は?」

 今度は別の意味で言葉を失った。

 胸の中から込み上げていた熱い何かが一気に引いていく。……は? ……何なのコイツ? カッコよく天から馳せ参じたかと思いきや何で再三と謝ってんの? アタシの感動どうしてくれんの? ちょっとうるってきたのにナニ台無しにしてくれちゃってンの? おまけにエムリスまでいるし。

「パパママ!」

「「――エムリスっ!?」」

 やはりと言うべきか、真っ先に飛び付いたのはメルリ夫妻だった。

「エムリス、何でまたこんな所にぃ~……!?」

「アニキも兄貴だぜ、何で娘と一緒にいるんですかいっ!?」

「色々あったんだよ! 後で説明してやっから今は集中しろ! まだ戦闘中だぞ!」

「…………」

 なんか言いたい事を代わりに言われてしまったというか、ただはぐらかされてしまったような気もすると言うか……。

「はぁ~……じゃあ大雑把でいいから説明してくれる? 学院都市でなにがあったの? あのグハールはなに?」

「あのS級大型魔獣は『囮』だ。同時に『保険』でもあったらしい」

「……保険?」

「グハールは生前から自身がくたばった時の保険として代替えの肉体、魔王の身体を魂の入れ物として用意してたんだ。オメーとユッサーが見た地下研究施設がそれだ」

「その入れ物だった魔王は?」

「倒した。けど魔王の本来の魂たるアザは死ぬ寸前にこう言い残した。『人間種の魂と心中なぞ真っ平だ。故にヤツには余の手向けの花火となって貰おう。この都市諸共に』ってな。グハールの魂魄を着火剤代わりにしてあのデカブツを破裂させて首都ごと吹っ飛ばそうとしてんだ」

「要するに最後っ屁ってこと? 傍迷惑な」

「オメーさ……聖女でなくても一応は女なんだからもうちょいまともな例えは出来ねーわけ?」

「いいじゃん別に。今更しおらしく魅せたってアルパイセンのイメージが壊れるだけっしょ。とりま状況は解った。ゴミ掃除はこっちで引き受けるから後始末よろしくね! 大方仕留め損なった自分のミスにケジメをつけに来たんしょ?」

「……お、おう。流石はシャル、相変わらず察しがいいな」

「わざわざ『ウリエル』の封印を解いてまで来たんだから判るっつーの。昨日今日の付き合いじゃあるまいし」

「ま、封印を解いたのはユッサーの独断だけど。グッドなタイミングだったよ。おかげでキッチリと俺の手で終わらせられる」

 アルトが手綱を力強く引くと天馬も咆哮して応え、四枚の翼を大きく広げて目の前のマザーへと向かっていく。

彼の後ろ姿を眺めていると、傍らにいるエムリスが申し訳なさそうに声を掛けてきた。

「えーっと、シャル様……こんな時になんですがつかぬ事をお伺いしても?」

「ん? なーに?」

「アルト様の乗ってらっしゃる、あの子って一体……」

「およ? パイセンから何も聞いてないの? 後ろに乗ってたのに?」

「お訊きしようと思ったらあっという間に着いちゃいまして……」

「ははは。まぁあの馬のスピードは最速でマッハ3を超えるからね。学院都市からここまでだと確かに瞬かも」

「……え? あの子って馬なんですか? あたしはてっきり竜かと……」

「中性的だよねアレ。顔はまんま竜だし。翼も鳥類のそれとも違うし。そのくせ四肢は長く鉤爪すら持ってない。天馬なのか飛竜なのか、捉え方は人それぞれかなー。ただややこしいからアルもアタシも総じて『ウリエル』って呼んでるケド」

「ウリエル……――って、ええええええええええ!? あの子宝具なんですかぁー!?」

「うん! ナイスリアクション! ま、困惑するのも無理ないかぁー。ウリエルは世界に十個しか存在しない神器だし。ましてやセフィラ宝具唯一無二にして自律型の生物宝具な訳だし」

「自律型って……自我を持ってるって事ですか!?」

顔を見るだけで大分困惑している様子だ。

まぁ無理もない。生きた宝具なんてウリエル以外この世に存在しないし。

「言語機能こそ備えてないけど、ちゃんと自分の意思ってモンを持ってるよ、ウリエルは。それでアタシも昔助けられたし」


 ――と、そうこうしている内。

 アルトはウリエルと共に一条の槍となってマザーの弾幕を突き進み、万匹ともあろう魔獣共の肉壁を尽く貫通していく。何も考えずただ真っ直ぐ。マザーの対空砲火も魔獣の群れもお構いなし。あらゆる障害物を物ともせず突き進んでいく。

その光景は誰の目から見ても一目瞭然。既に白と黒がハッキリし勝敗は決まっているも同然。傍から眺めているシャルとエムリスは半ば見物人と化し、客席から演者を見上げている観客そのものとなっている。

「あの……加勢しなくていいんですか?」

「大丈夫しょ。マザーのターゲット今は完全にアルパイセンに集中してるし。アタシら外野は露払いに専念するよ。下手に介入すると彼の邪魔になりかねないし。時にエムリスはアルトの戦いを見たの?」

「はい。とっても強かったです! 剣戟だけでなく、他の人では真似出来ないような術を使って!」

「万物支配と事象操作だね。なら聖王剣エリュシオンも見てるよね?」

「え、ええ……なんだかハチャメチャな剣でした。問答無用で何でも斬っちゃいますし。かと思ったら都合のいい戦場を創造しちゃいますし。もはや何でもありって感じで」

「その何でもありなチート術をパイセンに教えたのがオルクとルネ、彼を戦災孤児として拾った恩人でもあり育ての親でもあり、また師でもある人物。ただ二人は術を派生させただけであって根源はまた別にある」

「根っこは違うって事ですか?」

「アタシもアルトパイセンから聞いただけで詳細については知らないけど、聖王剣エリュシオンの軸となる万物支配と事象操作はウリエルが派生らしいよ。元はオルクとルネが『ウリエルの能力を人の身でも扱えないか?』って考えたのが始まりらしくてさ。そこで二人はウリエルの能力を解析し、元は一つだった術式を二つの術に分割する事でその問題をクリアしたらしい」

「その二つの術式と言うのが万物支配と事象操作……」

「ただそこでもう一つの問題があった。それは力の質――万物支配は魔力でしか事象操作は霊力のみでしか扱えない代物らしくてね。元来二つの力は太極。水と油は混ぜられないはずだった。そう、彼のような魔の力と精霊の力を統合出来るキメラ人間が現れるまでは」

「……キメラ人間ってなんですか?」

「パイセンはまだ物心が付く前にエルフの心臓を移植されて見事に適合してたらしいよ。んでその因子と才をオルクとルネに見込まれて拾われた。もっとも当の本人はいつ誰の手によって移植されたか分からないみたいだけど」

「……」

「要するに万物支配も事象操作も、そしてそれらを統合させた聖王剣エリュシオンも全てはウリエルの模倣。神の御業をヒトが真似ようとした似非に過ぎない。けど今は――」

 シャルは何の迷いも不安もなく、淀みない慕情の眼差しで彼の雄姿を見る。

 心奪われるような果敢な姿に。

圧倒的な力で敵を薙ぎ払う豪猛さに。

 目が離せない勇壮なる戦いに。

 胸熱くさせる雄々しい背中に。

 やがてマザーを射程圏内に入れたアルトは吼える。


「裁定の刻だ、ウリエル!」


行くぞ! と。

 呼応したウリエルは発光し、まるでたんぽぽの胞子のように散開する。

 粒子となった光はアルトの身体の中へと吸収されていき――集まった光はやがて彼の身体を纏うように固形化していく。

 その瞬間と光景はまるで宇宙。ドーム状に張り巡らされたスクリーンを観るように、蛍火にも似た数多の星々は夜空に線を描く。

オレンジ色に灯る光――陽のように輝く陽光は流動する線となって一か所に集束していき、一つの個に形成されていく。幻想と神秘が入り交じる様に魅入られたエムリスは一言「……綺麗」と見惚れた声を溢す。

かつてのアタシと同じだ。アルトとウリエルの融合の瞬間は誰もが魅入られ、その光景に誰もが心を奪われる。


「アレこそがセフィラ宝具、神具ウリエルの固有術式『太陽の執行者』と『裁きの神炎』」


 ウリエルと融合したアルトはその姿を変えた。

 エネルギーで形成された衣と羽織り。太陽を模したようなオレンジ色の魔力で全身を纏わせ。

右手に携えられた白く透き通るホワイトパールの大剣には『Judgment』と刻まれており、金色のエネルギー刃を纏っている。

その姿はまさに太陽を統べる者であり、同時に裁きを下す裁判官のようでもある。

「グッ……ゴゴゴォォおおおおおおおおおお!! 偽帝ノ剣風情ガ王デアル我ヲ見下スナぁあああああああああああああああああッッ!!」

「見下してんじゃねえ。裁くのさ。オメーの罪を」

「罪ッッ!? 罪ダトぉおお!? 王タル我ヲ断罪スルナド驕ルナ! 何ノ特色モ持タヌ劣等種ノ分際デ! 貴族ノ血縁デモナイ平民上ガリガァああああああああああああああ!!」

「それこそがオメーの罪。血だけで民の強弱を計り、血だけで民の身分を定め、血だけでその者の運命をも押し付け、血だけでその者の人生までをも身勝手に決めつける。人は血の従属でもなければ奴隷でもねえ。人の生き方ってーのは人それぞれだ。己が人生の中で己が生き方を自分自身で決める。それが生来ヒトの在るべき姿。他者が他者の人生や運命を押し付けるなど言語道断。――剰え実の娘であるエムリスさえも血の道具としか見れないその腐った眼! 加えて学院都市にも多大なる被害と損害を与えた!」

「我ハ王デアル! 己ガ所有物ヲ己ガ好キ勝手スルノハ当然! 元ヨリ貴様ナンゾニ我ヲ裁ク権利ナドぉおおおおおおおおおおおおお――」

「罪状は既に述べた。もはや審議の余地すらねえ。判決も聞く必要はねーだろ」

 アルトは大剣を天に掲げ、金色のエネルギー刃を大きく伸ばすと。

 金色とオレンジ色の混じった陽の火柱が大地を照らす。


「受けろ、裁きの神炎――」


「グッオオオオオオオオオオオオオオおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!」

 一刀両断。

 マザーの巨躯をも超える巨大エネルギー刃が全てを呑み込み、本体のみならず残存していた雑兵全てが陽光の中に溶けていく。火力発電所にも匹敵する魔力湖は蒸発し、心臓にも等しい魔力核は溶解され、血に憑り付かれた亡者の魂が浄化されていく。

 文字通り、全ての根源が陽光の中で光となっていく。

 ウリエルの神炎が魔なる獣を軒並み光へと変えていく。

やがて全ての魔獣は光となって消失し、クレーターのみとなった大地に一人佇むアルは振り返ってたった一言だけ――おおよそヒーローにあるまじき、なんとも締まらない超絶怠そうな顔をアタシらに向けて言った。

「……はぁ~……まじ疲れた……」


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