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――アルト――
聖王剣――オルクのオリジナルである『万物支配』とルネのオリジナルである『事象操作』、二つの術を掛け合わせて『一本の剣』として形を成したアルトオリジナルの剣である。
元々はシンプルに「オルゴンの剣」と呼称していたが、それではシャルの宝具と被るだけでなく「そもそもラウンズの聖騎士長として名前に華がない」と、当時新皇帝になったばかりのユッサーによって強引に変えられた。
もっとも、名称はともかく『万物支配』と『事象操作』を掛け合わせた剣は単純にチートだ。反則級である。実際手にして戦っている自分自身が一番理解している。
一度振るえば空間ごと問答無用でデリート《断斬》し、瓦礫で足場が悪ければ頭の中で思い描いた理想的な足場をクリエイト《創造》し。回避不能と思った攻撃には因果そのものに対してイニシャライズ《初期化》して消し去る。これをチートと言わずして何と言う。
そして当然のこと、そんな人外の力同士がぶつかり合えば余波も相当である。
もはや何回刃を交えたか数えきれない。火花が飛び散る度「やっぱ魔王もチートなんだわ」と肌で実感させられる。その上でようやく気づいた。
「勘違いしていたよ。オメーの黒渦の正体――それって砂鉄の塊だろ」
「……」
「最初は空間に亀裂が入るモンだからてっきり重力系の魔術かと思ってたけど。それはただ単純にオメーの魔力が高過ぎるあまり、その反動から空間に亀裂が生じてしまっただけのこと。オメーの本当の力は『鉄』。身体の形態を自在に変えるのも外殻を更なる鎧で覆うのも全ては『鉄』を溶解して再構成する事で成している。黒渦にしても元の原理は同じ。膨大な魔力で岩石中に含まれる磁鉄を渦状の一塊にし、砂鉄を恰も巨大回転刃のように回して四方周囲を粉々にミキサーする。まるで台風のようにな。差し詰め中央に身を置くオメーは台風の目ってとこか」
「見事ナ観察眼ダ。余ニトッテ鉄ハ我ガ身体モ同義。『鉄』ト名ノ付ク物ハ全テ余ノ力為リ。鉄ヲ溶解スルモ固形サセルモ、砂鉄ヲ集束サセルモ放出スルモ自由自在」
と、アザの周囲に砂塵が舞い、砂鉄が生きた蛇のように唸りを上げている。
「ほとんど風使い、あるいは砂使いだな」
「言ッタハズ。鉄ハ我ガ力、タトエ僅カデアロウト『鉄』サエ含ンデイレバ、ソレハ既ニ余ノ手足成リ」
竜巻に乗る砂鉄が生きた蛇のように伸び、数本に枝分かれしながら俺とエムリス目掛けて襲い掛かってくる。
「エムリス!」
「大丈夫です!」
咄嗟に身を安ずる声を上げてみるも、それは杞憂だった。
既に彼女の顔には恐怖も畏怖もなく。そこには笑みすらあったからだ。
「もう怖くありません! だからアルトさまは――」
「グッジョブ!」
俺は前だけを見る。眼前の敵だけを!
エリュシオンをひたすら振るい、的確に砂鉄の鞭を斬っていく。剣先に触れるだけで鞭は魔力との連絡は途絶え砂鉄は只の砂塵に帰していく。けれど砂鉄そのものの存在が消える訳ではないから鞭は無尽蔵に増えていく。斬っては戻し、戻ればまた鞭として再生される。
何度も何度も繰り返す。とにかく前進あるのみ。懐に潜り込んで根元を叩く他ない。
集中しろ。芯を切らすな! ほんの少しでも気を緩めればそれで全てが終わってしまう。
攻めろ!
足を止めるな!
とにかく前へと向かって走り続けろ!
万物支配のクリエイト《創造》で理想の地形をイメージし、事象操作で魔力と砂鉄との連絡をイニシャライズ《初期化》する!
「――ッッ!?」
猪突猛進。
一点突破。
加速に次ぐ加速を繰り返し、更に加速する。
やがてアルトの脚力は『加速』を超え『音速』の域へと至り。そして――
「大シタ集中力ダ。汝ノヨウナ『外レ者』ハ初メテ見タ」
「はぁはぁはぁ……人の事……をハズレ……くじみたいに言って……くれる……なよ」
息切れながらも、届いた。
アルトはエリュシオンを大振りし、大剣から放たれた魔力と霊力の入り交じった二色の光は魔王の身体を貫き。強固な鎧を砕きながら、無数に伸びる砂鉄の鞭を丸ごと薙ぎ払った。
「魔ト精霊ノ力ヲ合ワセル汝ハマサニ『理ノ環』カラ外レタ存在。同種カラ逸脱シタ食ミ出シ者。一時代ニ汝ノヨウナ人間種ハ必ズ存在シテイタガ、ソノ中デモ汝ハ特筆スベキ存在。宝具モ無シニソノヨウナ術ヲ維持シ続ケラレル人間種ヲ余ハ初メテ見タ」
「褒めてンのか? それとも貶してンのか? にしてもエリュシオンの全開の一太刀を受けてまだ生きてるとか……どんだけだよ」
「『エリュシオン』ト称スルカ。憶エテオコウ。ソシテ敬意ヲ表スル。見事ダ。脆弱ナ人間種デアリナガラ魔ト精霊ノ力ヲ合ワセル理外者。汝ハ王タル余ノ全身全霊全力ヲ持ッテ潰スニ値スル!」
アザは無数に伸びる鞭を何重にも編み込み、そこから膨大な魔力を通すことで一匹の『大蛇』を生成した。
「何だそれ? ……この学院都市だけじゃなく帝都ごと溶かす気か?」
「鉄ノ源ハ熱ニアル。余ノ身体ハ端的ニ言イ表セバ溶鉱炉、天然ノ溶岩ニ等シイ。受ケキレルカ人間種」
一見しただけで解る。この大蛇は飛びっきりにヤバい。
術式自体はとてもシンプル。莫大とも言える魔力で蛇の形を成し、ありったけの砂鉄を巻き上げて蛇の鱗とする。構造的には粒子エネルギー体である大蛇に砂鉄の鱗を纏わせただけ。
これは完全なる力技。魔王ならではの膨大な魔力湖をそのまま具象化したような術だ。
まさに溶鉱炉。あるいは小型の人工太陽だと言ってもいい。
(おまけに蛇型で動きは自由自在、砂鉄の鎧付きで防御面も抜かりなしとモンだ)
「……とんでもねー隠し玉だな」
聖王剣エリュシオンはチートであっても万能ではない。
あらゆる万物を支配し、あらゆる事象を操作する。それらは一見すると無敵のように思える。
しかし無敵の術など存在しない。どんな術にも必ず弱点は存在する。
(……やっべぇな。そろそろエリュシオンの形態維持が難くなってきたぞ)
エリュシオンの能力は至って単純。斬りたいモノは何でも斬れる。それがたとえ物であろうが空間であろうが、文字通り『何でも』だ。しかし力はタダじゃない。力を行使する以上それ相応のエネルギーが必要となるのは必然。
それは当然エリュシオンも例外に非ず。むしろそこがアキレス腱だと言ってもいい。
斬れないモノが存在しないチート級である反面、酷くエネルギーを食う。対象を斬れば斬る程に魔力と体力を消耗し、自然エネルギーも相応に吸収し続けなければならず、術式を安定・維持させるにも精神力を削られる。要は燃費が悪いのだ。……時間的にあと三分もつかどうか。
時間的に大蛇を倒した後に本体を叩けるかどうかは五分五分。正直大蛇の質量がデカすぎる。最悪大蛇を消す前にエリュシオンの方が先に消えてしまう可能性がある。
あるいは大蛇を無視して一直線に本体のアザを叩くという手もあるが……あまり悩んでいる時間はない。ぐずぐずしていたらそれだけで時間を無駄にする。かといって判断を誤れば学院都市が、如いては帝都が更地にされてしまう。
「……くっ!」
「ヤハリ気ニナルカ?」
「……あン? 何の話だ?」
「汝ノエリュシオン、アト何分モツノダ?」
「……ちィっ!」
大蛇の猛攻を避けつつ考えを巡らせていたら、アザも気づきやがった。
いや既に気づいていたのかもしれない。
「エリュシオンノ弱点ハエネルギー消費ノ悪サ。如何ナル万物ヲモ断チ斬リ、如何ナル事象ヲモ無ニ帰ス剣。ソノヨウナ出鱈目ナ術ガ少量ノ魔力ト霊力デ成リ立ツ訳ガナイ。既ニ汝ノ中デカウントダウンガ始マッテイルノデハナイカ?」
「…………」
ごくりと息を飲み、アルトは決断した。
既に敵に気づかれているのであれば下手な陽動は返って時間のロスだ。もはや隙が生まれるかもだなんて都合のいい夢を抱くな。腹を括れ。後の事など考えるな。もし負けたらなんて事も考えるな。未来は『後ろ』なんかにはない。未来は『前』にしかないんだ。
――覚悟を決めろ!
――絶対に勝つ!
――勝利を捥ぎ取れ!
「これで最後だ。俺はもうここから一歩たりとも退かねえ。ただオメー目掛けてその偉そうな双角を叩き斬る!」
「稚拙ナ誘イダガ、良カロウ。ソノ勇猛ニテ果敢ノ姿勢ヲ表シ、魔獣王ノ名ヲ冠スル者トシテ――応ジヨウ」
「恩に着るぜ、魔獣王アザ!」
アルトは剣を構え、エリュシオンにありったけの魔力と霊力を注ぎ込む。
器を介して魔力湖から魔力を注ぎ、自然エネルギーに至っては吸収しては注ぎ込むのリサイクル状態に。魔力を温存しとこうなんて考えるな。中途半端な攻撃で倒せる相手じゃない。
「……」
「……」
片足に重心を乗せて踏ん張る。
前だけを見ろ。後ろを振り返るな。眼前の敵に全てを集中させろ。迷いがあれば速力は鈍り、スタートダッシュに失敗すれば勢いそのものが死ぬ事になる。スピードを殺さず、その勢いと反動をも斬撃に乗せる。
アザの目に力が入ったのを機に、アルトは渾身の力で飛び出す。
同時にヤツも大蛇を一直線に突進させ、地盤を抉りながら迫ってくる。
景色が刹那的に流れていく中、俺はただ一点に大蛇の端々を見る。砂鉄で出来た鎧、もとい鱗には必ず間と間に隙間がある。そこが急所だ。
如何に無駄なく効率よく、如何に力を通りやすく伝えやすくするかが成否の鍵となる。
それら全てを刹那の瞬間に見極めろ!
秒で変化する一瞬を見逃すな!
眼前に飛んでくる砂埃も石の破片も恐れるな!
瞬きなんて許されない!
ただ前へ――
ひたすら前へ――
ただ一点の『希望』へと向かって突き進め!
僅か『光』に杭を突き刺せ!
(見つけたぞ! お前の急所!)
アルトは、自分だけに見える『光』にエリュシオンを突き刺した。その一点の光こそが鱗の隙間、アルトが見つけた大蛇のアキレス腱にして最も脆い部分であり――そして!
(このまま勢いを殺さず、アザの双角を斬る!)
俺は大蛇を串刺しにしたまま、一切足を止めることなく本体へと突き進み。
アルトの剣はアザの双角を捉えた。




