4-5
――エムリス――
歌が聴こえる。
穏やかで安らぐ声。
優しくて温かい声。
眠気を誘うゆりかごのような唄。
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これは子守歌だ。
身体が前後にゆっくりと揺れている。
誰かに抱かれている? ……ママ?
いや違う。
髪型こそ違うものの、わたしと同じ赤茶毛の髪色をしている。どことなく目元とか……鼻の高さもそっくりだし――似てる。恐ろしいくらいに似ている。他人とは思えないくらいに。
赤子のわたしが、わたしそっくりの女性に抱かれている?
ひょっとして今わたしは夢をみてる? でもわたしはこんな光景を知らない。わたしを抱いている女性にも心当たりがない。知らない女性が夢に出てくるとかあり得るのだろうか?
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でも不思議とこの子守歌だけは知っている。なんとなく……朧気だけど憶えがある。
心が落ち着くメロディ。温かな陽気と共に流れる穏やかで優しい唄声。なのに歌詞はどことなく儚げだったのを憶えてる。記憶を掘り返していく内これがただの夢や幻の『偽り』なんかじゃなく、現実に体験した過去の記憶――『本物』なのだと確信していく。
そこで今までの疑念が、不可解だと知りながらも目を逸らしていた現実が突き付けられる。
わたしのパパとママ、ブラド=メルリとホルン=メルリの年齢だ。
二人は今まで自分たちの年齢を「二十四歳」だとか言っていたけど、ふと目にした二人の卒業アルバムには『聖暦929年・卒業』と記載されていた。
これはクーデターが起こる一年前の日付。今は大幅な改革が行われた事により年号が変わって『光暦二年』。つまり聖暦929年の時点でパパとママが十八歳だったとすると、今は二十一歳程度という事になり、十四歳で私を産んだ事になる。
いくら昔はやんちゃして荒れていたとはいえ、そこまでの不良だったのだろうか?
答えは否だろう。
そこまで酷く乱れた遊び人だったのなら二人ともガディナイツとワルキューレの長なんかに成り上がれてはいないだろうし。そもそも二人は学生時代にアルトさまとシャルさまのおかげで更生したと言っている。だからこそ今の地位にいるんだ。
つまりわたしは二人の本当の娘じゃない。
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判ってはいた。
ただ解りたくはなかった。認めたくなかった。納得したくなかった。
だから事実から目を背け、現実から逃避し、何も判ってないフリをしながら。この残酷な事実と現実を心の奥底に閉まって、そのまま忘却してしまおうと思っていた。
けどこの夢がせいで思い出してしまった。
わたしの零歳から二歳くらいまでの記憶――まだ物心付く前の曖昧な記憶――埃が被り、霞がかっていたあやふやな記憶――でも確かにあった偽りのない記憶。
(……でも……まだなにか……あった気がする……)
まだ思い出せない『なにか』がある気がしてならない。
本物のママ(?)に抱かれている、この記憶以外にもまだ忘れている事がある気がしてならない。まだ『なにか』あったはず。でも…………それがなにか思い出せない。
――と、その直後。
「ハッ! ……って、え?」
ピーンと繋がっていた糸が断ち斬られたように、急に目が覚めた。
「わたしは……たしか教室にいたはずじゃあ……」
でも見渡してみるに此処は学院都市の関所。
帝都キャメロットとは反対側の外へと通じる場所だ。外には魔獣が多く、行商人や他の領地の人が行き来する場合は基本的に騎士を護衛に雇うくらいに危険だ。関所はそんな外の世界へと通じる玄関口。……なんだってそんな場所にいるの?
しかも関所付近に集まっているのはわたしだけじゃない。生徒会長を始め、初等部・中等部・高等部の生徒全員がパレードのように行列を為している。
だけでなく皆意識がなく目が虚ろになっており、まるで操られているかのように関所の外へと出ようとしてるし。大人たちはそれを必死で止めている。
……一体なにが起きてるの? と思ったのも束の間。
息つく暇もなく、今度はアヴァル帝国学院校舎の方に黒い空間と渦が竜巻のように発生し、地鳴らしを起こしながら瓦礫を巻き上げている。その光景は皆の目を惹くと同時に、畏怖の念すら抱かせる光景だった。
それはまるで災害のようでありながら、視る者によっては悪魔が翼を羽ばたかせているようにも見えたからだ。




