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――カール――
アザ。
もはや胴体だけで動く事すら出来ない魔王の身体から『そう』聞こえた。
グハールの意識は断ったはず。
「何者だ?」
「余ノ名ハ――アザ。カツテ数多ノ同胞ヲ喰ライ、食物連鎖ノ果テニ『未完ノ王』ト称サレタ、哀レナ王ナリ」
糸で吊るされているかのように胴体だけがゆっくりと浮かんでいく。
グハールなんぞとは比べ物にならない程の魔力を感じる。空気がビリビリする。
まるで大津波が来る前の浜辺に立っているかのような不気味さがある。
「アザ……そうか。オメーが本物、元の身体の持ち主だな。てっきりグハールの野郎に魂ごと破壊されちまってるものかと思ってたけど。未完ってのはどうゆー意味だ?」
「余ガ『王』ト称サレテ間モナイ頃、不覚ニモ余ハ敗レタ。人間ナル脆弱ナ生物ニ。全テハ侮蔑ト驕慢。物心付キシ刻ヨリ弱者ダト見下シ続ケタ哀レナ末路。嘆カワシイ程ニ余ハ未熟デアリ若カッタ。駆ケ出シ、新参、若輩、卵、浅学、無知蒙昧。如何様ナル言葉モ適当スル程ニ余ハ『王』トシテ浅薄デアリ未完デアッタ」
「その割には随分と落ち着いているっつーか、然も悟ってます的に淡々と喋るのな」
「侮蔑ト驕慢ニヨル後悔。嘆キニヨル恥辱。敗北ニヨル代償。敗者ヘノ罰。勝者ヘノ順従。故ノ永キ魂ノ眠リ。様々ナ感情ト結果ガ余ノ血肉ト糧ニナリ、余ヲ『真ナル魔獣ノ王』ヘト至ラシメタ」
「仮初の魂が弱まった事で本来の『魂』と『器』が表に出て来たっつー訳か」
「皮肉ニモ、汝ノ忌マワシキ太極ガ余ノ魂魄ヲ目覚メサセタ。礼ヲ言オウ」
魔力の太極たる精霊の力、自然エネルギーがやつの自我を呼び戻したってことか。
本当に皮肉な話だ。
「なら外の駒共々さっさとこの国から消えてくれ」
「ウム。ナントモ度シ難シ」
「……なに?」
「認メヨウ。余ニ侮蔑ト驕慢ガアッタ事。敗者ヘノ罰。勝者ヘノ順従。ソレラハ勝者トシテノ当然ノ権利。弱肉強食ノ理ナリ。――ダガ、ヨモヤ失念シテハオルマイ!」
穏やかだった魔力が急に刺々しくなると共に、斬り落としたヤツの四肢が超速で再生する。
より攻撃的に、より殺意を漲らせて。
「下等ナ人間種ノ分際デ、事モアロウニ『王』タル余ヲ傀儡ニスルナド万死ニ値スル! 汝ラハ余ノ逆鱗ニ触レタ!」
「――っ!?」
魔王アザの手中に黒い空間が出現すると――
大気は揺れ。
大地は響き。
景色も歪み。
遂には空間にまでヒビが入る。
「汝ラ愚劣ナル人間種ニ天誅ヲ下ス!」
「――ちぃッ!」
黒い空間が一気に膨張する。
空間から噴き出す禍々しい魔力渦は回転刃のように高等部区画を粉砕し、瓦礫を巻き上げて大地を削り、美しかった桜の木は無残にもバラバラにされ、桜の花びらが塵芥になり、全てをミキサー状に粉砕しながら呑み込んでいく。黒い空間が区画全体を覆うまでおよそ二分弱。
まさに学院都市崩壊までのカウントダウンだと言っても過言ではない規模だ。
(こいつを止めるには――)
瓦礫の砂塵が舞う中、カールは目をゆっくりと閉じて集中する。
慌てず静かに。冷静に。すぅーっと息を吸って。身体全体に清涼な空気を通す。自然と溶け込むように大気を取り込む。
もっと、もっと――可能な限りの自然エネルギーを吸収して練り上げる。
どこまでも純粋に。
一切の邪念もなく。
一点の曇りもない心で。
澄んだ鏡のように。
静止した水のように。
これからやる術に魔力を混ぜてはならない。
この術は混じりっ気のない純粋な精霊の力でなきゃ発動しない。
邪念なき明鏡止水の心を以って使うべき術だと師から教えられた。
「…………」
術式を頭の中で構築――イメージする。
有を無に帰すイメージ。自然へと帰すイメージ。本来在るべき姿へと帰すイメージ。
そして発動する!
「事象操作――リカバリ《復元》」
「ヌっ……コレハ!?」
眩い光がカールの身体を包み込む。
陽のような温かい光。
清涼な自然の風。
心を落ち着かせる水の音。
命の息吹を感じさせる木々と土の匂い。
あらゆる自然のエネルギーがカールの身体を駆け巡り、魔の力によって呪われた毒を洗い流していく。清めていく――本来あるべき『自然』の姿へと。




