4-1
――グハール――
「ふ。フハハ。ハーハハハッッ!」
更地同然になった闘技場。そこに出来てしまった大穴を見下ろすと、思わず笑ってしまう。こんなものか。こんなにも容易く落ちてしまうかと。
「帝国の守護神が聞いて呆れる」
自身の魔力砲で抉った陥没穴を眺めながら、なお嘲笑してしまう。
いや苦笑とも言っていい。自身の滑稽さを笑う他あるまい。
わざわざセレクションなど言うド素人集団を作り、S級のペットを血の補完運用艦として出張らせ、あわよくばアルト=ドランとシャル=ラ=ピュセルの二人を分断出来ないものかと画策していたというのに……。
「こんな呆気ない幕引きとはな」
あれこれと試行錯誤していた自分が滑稽に見えて仕方ない。
こんなモノに警戒していたのかと。
この程度のヤツに色々と思考を巡らせていたのかと。
「だがまぁいい」
我は『王』であって『騎士』ではない。
王が駒と動かす為に頭を使うのは当然のこと。時間を掛けて練った策が無に終わる事などよくあることだ。怒りなどない。むしろ杞憂だったと安堵するべきだろう。
残りのラウンズが未だ現れないのは少し気がかりだが、それも詮無きこと。騎士団の頭が落ちたと広まれば組織は空中分解する。そうなれば帝国の剣と盾は消えたも同然。
「ふ。にしても今思えばアレの思惑を知りながら敢えて放置していた我の慢心、驕りこそが最大のターニングポイントだったのかもしれんな」
よりにもよって帝国の父に剣を向けた愚かな息子――ユーサー=ジ=エクス。
数多いる『ジ』の子らの中でも彼奴は群を抜いて我への反発・反抗心が強かった。血に優に付ける事を酷く嫌い、血を分別する政治に度々意を唱え、血による統制下を良しとしなかった。
結果――彼奴は当時同級生で友でもあったアルト=ドランとその後輩であったシャル=ラ=ピュセルを率いて反逆を起こし数多の兄弟姉妹を殺害、あるいは国外追放処分にした。
所詮は子供の考える事だと放置してしまったのが、そもそもの誤りであった。
アルト=ドラン、よもやあのような化物が我が学院に在籍していようとは、あの時は夢にも思わなんだ。
だからこそはと、我は警戒した。次は侮るまいと。次こそは下手を打つまいと。
思考を凝らした。どんな予想外な手を打たれようが想定の範囲に収めてみせると。
その為の雑兵と血の補完運用艦(S級魔獣)、そして他を寄せない程の圧倒的な力(魔王の身体)だった。
「残すは惰弱な大黒を折り、堂々と我が娘を迎えに行くのみ」
「――エムリスのトコには行かせねーよ」
「む?」
大穴を眺めながら感慨深く耽っていると、背後から聞き慣れた童の声がした。
グハールは驚く様子もなく振り返った。
「よもや魔王の魔力砲を受けて生きているとは。器と身体が幼児化しても流石は聖騎士長と言うべきか。タフだな」
「いくら俺でも魔王の一撃をゼロ距離で撃たれてたら死んでたよ」
「で、あろうな。でなければ我以上の化物だ」
――と、その瞬間。
カールが間を置かずに斬り掛かってきた。
「だが些か口が過ぎる。娘の所には行かせないだと? そもそも我の娘を誘拐し、どこぞの平民上がりの低級貴族に渡したのは他ならぬ貴様であろう!」
アレは五年前のこと――
当時我には多くの側室がいた。我にとって『女』とは英雄の血を生産する為の大切な装置であった。言うなれば『子供生産機』。そこに恋愛や愛情などと言った非科学的な感情など存在しない。重要なのは英雄の血を未来永劫に渡って存続させること。その為に我は身を粉にするように多くの子を生産していた。
そんな血の生産公務に明け暮れていた、ある日。
たかが装置の分際でありながら何を血迷ったのか我の大切な所有物(子供)を奪って逃げた壊れた生産機がいた。幸いその生産機はすぐに始末出来た。
けれど肝心の我の大切な血(子供)はどこぞの学院の生徒の手に渡ってしまっていた。
そうだ。忌々しい事にあの壊れた子供生産機は当時学院に通わせていた我が子:ユーサーとその友であるアルト=ドランに我が所有物を盗むよう依頼していたのだ。
「一つ訊く。エムリスの実母、ヒルデ=ファフニルさんはどうした?」
「当然処分した。我を裏切る生産機なぞに用はない。所詮は元平民、使えぬのなら早々に処分してしまうのが効率というものであろう」
「ッ……テメーッ! 人をなんだと思って!」
「特質した血を持たぬ者に情も価値もない。むしろ我にとっての絶望、国家転覆を目論んだ黒幕が我が子知った時の屈辱が貴様に理解出来るか! 下民上がりの簒奪者がァッ!」
「それが血だけで人の価値と優劣を決めてきたテメーへの報いだ!」
「何も知らんテロ風情が戯言をっ!」
グハールは魔力のギアを更に一段階上げ、拳の重みと速さが更に増し。加速度的に激化していく剣戟と拳戟の攻防が繰り広げられる中、言葉や感情も同様に爆発する。
「そもそも貴様とシャル=ラ=ピュセルさえいなければ我に敗北などなかった! 貴様らのような化け物さえいなければ我が愚息が国家叛逆など愚考に及ぶ事もなかった! 貴様らさえいなければ数多の『ジ』の高貴な血が戦火で喪われる事もなく量産出来ておったのだ! 貴様らの軽率で愚かな行いが英雄の血に歯止めを掛けたのだ! 『ジ』の停滞は帝国の衰退も同然! この意味が解っているのかァァあああああああああああああああ!?」
「――解ってたまるかァッ!! 民はテメーの所有物でもなけりゃ玩具でもない! 国は血の為に在るんじゃねーンだよォッ! 英雄の血なんざ無くたって国は――人は生きていける!」
「帝を前に国を語るなッ! 歴史を知らぬ小僧がァああ!」
剣と拳が衝突し、反発し合う魔力は化学反応を起こすように破裂する。
爆発の衝撃と爆風はカール=ジュワースの小さな身体を風船の如く宙へと舞い上げる。が、体躯の異なる我は若干身体が仰け反る程度ですぐさま体勢を整え、自身の腕を疑似竜頭へと形状変化させ、空中でバランスの取れていないカール目掛けて伸ばして嚙み砕こうとする。
如何に貴様とて空中じゃ避けられまい、と思いきや――
(――……ぬっ!?)
胸の重心を使って体勢を整えただけでなく。
我の竜頭となった腕を利用して軌道を変えた……だと!?
(だが甘い!)
我の竜頭は、我の意のままに動く。
伸びきった腕は獲物を追う獣の如く、ヤツを追尾する。
しかしヤツはそれすらも物怖じせず。
攻撃を受け流し。
かつその反動を利用してそのまま突撃を掛け。
再び剣と拳が交差する。
「しかし何だ、その見るにも堪えがたい粗末な剣は?」
「オメーに魔力砲食らった後、学院の校舎から手頃なのをかっぱらってきた」
「見るからに安物の剣。そのような形だけ魅せた似非の剣で再び戻ってくるとは……哀れだな。自殺願望でも持っていたのか?」
「直に確認すればいい。その化物の眼でな!」
「――ぐっ!」
腕のガードが容易く崩されるだけでなく、身体を覆っている魔力膜も突破された。
ダメージは軽微。傷は浅く、気にするレベルではないものの――剣速が上がっている!?
……いや重さもか!?
(……バカなっ!? たかが得物を替えた持ったでここまで変われるものか!?)
ありえない。
確かに奴は元々剣を主に使う騎士。素手と剣術で明確な差が出るのは当然だとして、あまりにも変わり過ぎだ。別人だと言ってもいい。斬撃の切れ味が段違いだ。形だけ剣にしたような似非の剣でどうしてここまで変われる!? 木棒が木剣に変わった程度ではないのか!?
しかも速力や剣の重さだけじゃない、防御力も――
「おのれぇッッ!」
もう一発、魔力砲を放った。
今度こそ正確に。より集束して。呑み込むではなく撃ち貫くイメージで――撃つ!
「……なっ!?」
またしてもグハールは一驚した。
(魔力を限界にまで集束させた極細魔力砲を弾いただと!?)
威力は闘技場を更地にした時とほぼ同じ。
単に魔力砲の集束率と太さを変えただけだ。
(それを今度は簡単に弾いたとなれば……)
一つの可能性が頭を過ぎった。
「…………。そういえば訊いていなかったな。先の攻撃どうやって直撃を避けた?」
「ボールと一緒さ。持ち方、縫い目部分に上手く指をフィットさせないと滑って落ちちまうだろ。それと同じだ。藻掻いて足掻く振りをしながら、ちょっとずつオメーの握力が逃げやすいよう顔と身体の向きを調整した。おかげで直撃は避けられた」
「確かに今思い返せば手応えに若干の違和感があったのは認めざる得ないだろう。だが本当にそれだけか? 得物を替えた持っただけでヒトが超人になれたら苦労はない。ましてや宝具でもない似非の剣で」
「……」
「急な身体能力の向上、魔力砲を至近距離で受けながら尚も生きている事実。クーデターの時から疑ってはいたが、まさか貴様――」
「ああ。察しの通り、俺は物心つく前に何処ぞの誰とも知らんエルフから心臓を移植された『キメラ人間』らしい。だから俺は魔力と霊力――二つの力が使える」
やはりか。
魔力が『異能』とされるのに対し、霊力は『神秘』に分類される。そしてヒトの内側に存在する魔力湖から力を引き出す魔力に対し、霊力はエルフ族のみに許された秘術で大気等の外側から自然エネルギーを得る事で力を獲得する。
だがそうなると――
「アルトよ、いや今はカール=ジュワースだったか。貴様のその状態、あと何分持つんだ?」
「……」
「魔力と霊力は言わば太極、油と水のような関係だ。互いは反発し決して混じる事はない。『異能』と『神秘』は似て非なるモノだ。エルフが魔力を扱えないのと同じように、ヒトの身で霊力を扱う事は出来ない。だが今の貴様は『気功』をクッションにする事で無理やり『魔力』と『霊力』を混合させると言う荒技をやっている。つまりはこの世の『理』から外れた行為を行っている訳だ。そのような無理くりがノーリスクで出来るとは思えんな」
「どうだろうな。ひょっとしたら――って事もあるかもだぜ」
「ならば何を焦る必要がある? 何故ひたすらと馬鹿正直に、真向から強引に攻めてくる? ノーリスクなのであれば正確に、そして確実に仕留めにくれば良かろう。その方が合理的だ」
「俺は諜報騎士じゃねーし。暗殺術なんて持ってねーよ」
「戯言を。誰が暗殺術の話なぞした? いくら恍けようが事実までは隠せまい。我には視えるぞ。貴様の身体を纏う魔力の乱れが。揺らぎがな」
「っ……はぁ、はぁ」
「呼吸が乱れ始めたな。が、当然と言えば当然だ。元々魔力を練るだけでもそれなりの精神力を要する。そこに気功の練り上げ、自然エネルギーの力の吸収、そして三つの力の混合と制御。四人分の仕事を全て一人で行っているようなモノ。しかも戦闘中。集中力を維持するにも限界がある。既に精も根も尽きかけているのではないか?」
「……はぁはぁ……それこそ戯言だ」
カールは焦りを露わに再度斬り込みに来る。
顔には疲弊の表情が窺え、魔力回路の流れも乱れている。
(とはいえ油断は出来ん)
元来魔力の祖に近い魔王にとって精霊の力は天敵だと言っても過言ではない。
たとえ鈍ら(似非の剣)であろうと、太極を纏わせた剣は魔王の魔力膜を容易に突破しそのまま外殻をも斬りつける。一瞬の油断が命取り。一歩間違えば魔力湖の中心でありもう一つの心臓たる『魔力核』をも破壊されかねない。
グハールは身体を再液状化し、外殻を鎧のように更に形状変化させる。
より強く。より強固に。より頑丈に。
「随分と手堅く出たな。そんなに精霊の力が怖いか?」
「念には念を、と言うやつだ。これでも一度は死んだ身だ。二度も同じ轍を踏む気はない。敵を知り己を知れば百戦殆うからず。それも最近知った」
「なるほど。血に固執する考え方は変わらずも、それ以外はまるで別人だな。ただ単純に他の者を見下すだけだった二年前とは違うようだ」
「一度死ぬとヒトは自然と変われる。不本意かつ不覚ながら貴様らに教わった事だ。せめてもの褒美に、此度は王たる我が直々に教授してやろう。有難く受け取り給え」
「ヒトの身を捨てた亡者のくせによく言う。冗談はオメーの姿形だけにしてくれ」
急にカールが緩急をつけてきた。
「む?」
左右に大きく広く動き周り、フェイントを織り交ぜながらのヒット&ウェイ。斬撃や刺突にも強弱が付き始めた。
(ふむ。攻め方を変えてきたか)
隙を伺いながらの波状攻撃。
強引な力押しだけでは逆に手間が掛かると思ったのか、あるいは疲労を隠す為のブラフか。
いずれにせよ、ヤツのドーピングが切れかかっている事実までは隠せないし変えられない。
徐々にだが出力も落ちてきている。
身体能力も明確に鈍化している。
「どうした? 苦しそうじゃないか。そろそろ限界か?」
「……ッッ!」
苦悶の表情を浮かべながらも、カールは攻撃の嵐を止めない。
機動力と斬撃を繰り出す度に機敏さと精練さ、その尽くが失われていく。けれど気の弛みは一切見えず、むしろ集中力は段々に増している気がする。……何かを狙っている?
(よもや「このまま勝てる」などと都合の良い夢想を見ている訳でもあるまい)
瓦礫の山を利用した幅広い縦横無尽の動き、効率的なフェイント、的確なヒット&ウェイ、緩急をつけた安定した攻撃。一見教科書通りの正攻法のように見えて、実際は邪道だ。
有象無象に散開している瓦礫を巧みに利用し動きが読めず、フェイントは残像として消え、気づけば距離を取って再度のアタック、攻撃のテンポもリズム性もなく完全なるランダムだ。
疲弊しているにも関わらず、集中力だけは一向に途切れる様子がない。
「ええいッッ! 何を狙っているか知らんが、いい加減にっ――」
流石に鬱陶しい。
ちまちまとハエの集るような攻撃。視界の端に現れたかと思いきや急速に横切り、振り向けばまた別の所へ移動している。叩いて潰そうにも敵の体躯が矮小ゆえ捉えにくい。
まるでコバエだ。煩わしいったらありゃしない。
いい加減こんな面倒で細々とした戦闘を終わらせようと、ここら一帯をまとめて吹き飛ばそうと魔力を集約させた、その瞬間。
「……なっ!?」
カールは似非の剣を放り捨て、矮小な二本の掌で我の双角を掴んだ。
「――取った! コレが俺の『勝利の鍵』だッ!」