3-4
――カール――
何故だかふと思い出す。
十年前のことを。
自分の故郷であるエスタル村が滅んだ時のことを。
中身は違えど、あの時も自分は子供だった。
何が起こったのか解らないまま村を襲われ、無力なまま家族を失い、何も出来ないまま村が焼かれるのを眺めていた。
それからはオルクとルネが親代わり。また師匠となって俺を育ててくれた。
身体の作り方。剣の扱い方から魔力の扱い方。術式構築の技法と運用。あらゆる場面においての多彩な技。対人戦から魔獣との戦い方に至るまで。生きる事に必要な術を幅広く教わった。
その結果、俺は一二歳の時に山を降り。一三歳の時に帝都のアヴァル帝国学院に入った。
それからというもの様々な紆余曲折に遭いながらも子は親に似ると言うか。怪物の子は怪物でしかないと言うか。化物級の両親に育てられた俺は――一五歳で当時圧政下に置かれていた帝国をひっくり返す程の力を得た。
しかし今はどうだ?
妙な魔導書を読んでしまった挙句に身体が幼児化してしまい、ロイヤル・オブ・ラウンズの長はアヴァル帝国学院の初等部在籍に変わり、騎士としての最高位の称号を得た守護神は……ただの孤児に成り下がり。
果てには守るべき学院の全生徒を操られて攫われてしまう始末………………………………………………………………………………………………………………………………。
この十年で何が変わった?
俺の何が変わった?
俺は何を変えられた?
幼児化して弱くなってしまったから守れなかった、だから負けた。
――そんなモンはただの言い訳だ。体のいい逃げだ。自己満足に自分を納得させているだけの言葉遊びだ。甘え以外に他ならない。なんという体たらく。自分が一番『聖騎士長』と言う肩書きに驕っていたのだと今更に気づく。帝国の皆から持て囃され、いつの間にか心の何処に己惚れと思い上がりがあったのだと思い知らされる。
そんな甘えた自分に気づいた、今だからこそ思い出す。
――空けがっ! 自分の限界を自分で決めるな! 己が甘えで言い訳にするな!
――才能が有ろうと無かろうと、自分で限界を決めてしまったらその時点で負けよ。
オルクとルネ。
当時、人里離れた修行場で口癖のように言われていた言葉。
――さっさと立てこの空けがっ! オマエの矮小な背には全帝国民二八六万人の命が乗っかってるんだろっ!
――起き上がりなさい。下郎を前に無様な醜態を晒す軟弱漢に育てた覚えはありませんよ。
「…………」
不思議だ。
今居る筈ないのに。
帝都にいる訳がないのに。
ただの夢幻だと判っているのに。
(なのに何故……こんなタイミングで――)
師匠らしい叱咤と、親らしい激励をくれるんだ。
温かい光が射し込む。
世界が広がっていく。
二人の幻影は遠ざかり、幻聴も遠のいていく。
光の中に溶けていき、やがて消えていく。
そして、
「……うっ!」
カールはうっすらと目を開けた。
視界が歪んでボヤけている。
瞳は潤んで靄が掛かっているかのように状況の把握がしづらいけれど頭は正常だ。自分の身に何が起こっているかはボヤけた視界からでも十分に解る。乾いた涙跡も感覚で判る。身体が瓦礫の山で押し潰されているのも。
俺は負けた。
魔王の身体を得たグハールに掴まり、そのまま魔力砲をモロに食らった。なんとか致命傷こそ避けられたもののローブは焼き爛れている。衣服はズタボロでなんとも憐れもない格好だが、敗者らしいと言えば敗者らしい格好だ。報いとも、自業自得とも言えるだろう。
全ては自分を言い訳にしていた『結果』だ。
「だから――」
カールは自身に覆い被さっている瓦礫を一つ一つ除けていく。
そしてゆっくりと立ち上がる。
「やってやるさ。今度こそ」
アルトは改めて思い出す。
十年前、心も体も幼かったアルトを前にオルクは言った。
オマエはたった一つの『一』とどこまでも欲深な『全』のどちらを取る? と。
その『問い』に俺は迷わず『答え』た。
もう誰も。
何も。
なに一つとして奪われてなるものかと。
だからどこまでも欲張りに、どこまでも強欲に、どこまでも欲深になってやる。
そして、もう一度自分の足で立ち上がるんだ。
そして、改めて誓おう!
「――『全』てをまとめて救う! 今度こそ!」