2-4
――カール――
昼休み。
学食は俺にとって唯一の至福の場所。これには大人も子供も関係ない。人は『食』と『休み』と言うワードだけで幸せを感じられる生き物だ。なのだが……カール=ジュワースことアルト=ドランに本当の意味での『休み』はない。たとえ食事時でも。
「……なんでわざわざあたしの席の前で食べてるの?」
「まーまー。お互いクラスメイトでヒーローショーも一緒に見た仲なんだし。細かいことは気にしない気にしない」
「あたしが気にするんだけど……」
だだっ広い学食の中、俺はエムリスの前に着席した。
そもそも何故俺がこうも彼女に付き纏っているというか、あえて首を突っ込んで関わろうとするのか。それは言わずとも昨日のセレクションが発端だと言っていい。
事の始まりは俺の身体が小さくなる前に遡る。二年前にグハール政権を打倒し、帝国改革を始めて間もない時。諜報騎士たるナンバーズがとある情報をキャッチした。
それがセレクション。グハール政権時に甘い蜜を啜っていた不正貴族共が集まり、貴族と平民、力のある者とない者、純血と混血の『選別』を行い、中でも皇族に近い血縁者、如いては純血に近しい者ら次々と誘拐しているという情報を得たのだ。
当初はナンバーズに処理をさせていたが、奇しくも一ヶ月前に俺の身体が幼児化してしまい表舞台に立てなくなってしまった。それを期にナンバーズに代わって俺が処理する役に回ってしまったのだ。
その過程でエムリスが狙われているという情報を得た俺は彼女を見張るようになった。……まぁその結果、毎晩夜遊びをしていると思われ、シャルからこっぴどい説教と罰を貰ってしまった訳だが、まだ気は抜けない。
「そーいえばエムリス、昨日のこと覚えてる?」
「……昨日? そういえばヒーローショーのあとの記憶がないかも。急に眠くなって目が覚めたら自分ん家のベッドの上にいて――言われてみればあたしどうやって家まで帰ったんだっけ?」
「ブラドさんとホルンさんが会場まで迎えに来てくれてそのまま帰ったよ。眠ったままのエムリスを抱えてね。ご両親から聞いてないの?」
「なんか変にはぐらかされて聞けなかったわ」
「そっか」
よしよし。
彼女は何も覚えてないし、両親の口下手はともかく口止めは出来ているようだ。
ユッサーの通信後、エムリスの身柄は俺の正体を知るもう一人の人物――ナンバーズのリーダーたるコード01を通して無事メルリ夫妻の下へと帰された。
正直ナンバーズから正式に「壊滅した」と報告を受けるまでは安心出来ない。未熟者の集まりとはいえ仮にも国家転覆を企んでいた連中だ。そもそも連中が何故セレクションなんて組織を立ち上げようと考えたかも判っていない。全てが終わるまでは気を抜いてはいけない。とはいえリーダー格は潰したし、ひとまずは安心だろう。
と思いきや――
「オイ! そこの落ちこぼれ不良平民、二日続けて居眠りなんて大した度胸だな!」
「…………」
セレクションとは別の意味でメンド―なのが絡んできた。……しかも取り巻き付き。
ノーマン先生じゃないがマジで面倒くせぇ。
「……えっと、ベティだっけ? ウィルグループ家の。ぼくになにか用?」
「ベティさまだ! さまを付けろ! 頭が高いんだよ、平民が!」
「そうだそうだ、落ちこぼれの不良生徒のくせに! ベティさんに声をかけてもらえただけでもありがたいと思え!」
昨日の今日で早速従僕を獲得したのか。やはり大手重鉄工業の肩書きは帝国内でも強い。
鉄は国家なりと言う言葉がある。騎士にとって剣は必要不可欠な物だ。そして剣を打つのは鍛冶師の仕事。言ってみれば鉄の扱いに関してウィル家の右に出る者はいない。帝国のありとあらゆる鉄製品はウィルグループが作っていると言っても過言ではない。代表的な物で例えるなら剣を除けば鉄道が有名だろう。
(つーかこの取り巻きども……よく見りゃあテラー家の次男とグローヴァ家の三男じゃん)
ホテル王を父とするテラー家と軍事産業で有名なグローヴァ家。
旅行&宿泊施設は鉄道とセットみたいなモンだし、軍事産業会社からしたら鉄は切っても切り離せない物だ。つまりは二名家ともウィルグループの傘下だ。
(六歳でコネと媚びを覚えてるとか嫌なガキだわ~)
エムリスといいこのガキ連中といい、最近の六歳児ってこんな可愛げがねーのかな?
カールは内心ため息を吐きながら、話題を戻した。
「で、そのベティさまが落ちこぼれで不良で平民風情のぼく如きに何の用?」
「不良のおまえを、このおれ様が直々に指導してやる!」
要は憂さ晴らしじゃねーか。昨日の件をまだ根に持ってやがるとか、幼いながらもプライドの高さだけは一級って事かな。……メンド―この上ないな。付き合ってられん。
「いえ結構です」
「なにィ! ベティさまに逆らう気かコイツ!」
「ベティさんを怒らせるとこえーんだぞ!」
中身が十七歳の俺からしたら、可愛い仔犬がキャンキャン吼えてるようにしか見えん。
つかコレって指導という名のイジメだろ。ノーマン先生に逆らえないから代わりに素行の悪い俺に怒りをぶつけてるだけだろ。……超絶めんどくせー。
とはいえこのまま放置しておくといずれ机やら修練着やらにショボいイタズラをされかねないかもだし。落書きされたりバケツをぶっかけられたりとか。
俺がアルトとして学院に通ってた頃、こゆー連中に絡まれた場合は貴族平民問わずに大概が返り討ち。逆に泣かせて早々にお帰り頂いていたんだが……今はその手が使えない。貴族云々関係なく倍以上歳の離れた子供を泣かすのは流石に気が引ける。とゆーか大人げない。
さてどうしたものかと、カールが腕を組みながら考えていると。
「くだらない。しょせんお子ちゃまね」
「なんだとこのアマぁ! おれ様を誰だと思って――」
「ウィルグループ総帥の御曹司でしょ。もう聞き飽きました。というか親と家以外に自慢出来るものはないんですか?」
「……ぐッ! 言わせておけば調子に乗ってんじゃ――」
図星を突かれて癇に障ったのか、ベティは怒りに任せるがままエムリスの髪の毛を鷲掴みにしようとする。コレは流石に見過ごせない。
という事でカールは寸前の所でベティの手を取った。
「――離せこの平民風情がっ!」
「身分差が理解できてないのかコイツ!」
「ベティさんに無礼だろう!」
「……ったく、本当のこと言われてカッとなっちまうのは解らねーでもないけど。そもそも最初に突っかかってきて無礼を働いたのはオメーらだし、おまけに女に手ぇ上げるのは男としてNGだろ」
これだから貴族二世ってやつは……。
こんな横暴なヤツが未来の鉄産業を支えていくのかと思うと先行き不安しかない。せっかく身分格差の溝を無くそうと革命を起こして貴族至上主義たるグハール政権を潰したのに、これじゃ何も変わらん。
(こゆーのは小さい頃からの教育が大事ってゆーしな)
カールは席を立った。
「いいよ。行こうか」
「……は?」
「オメーらの言う『指導』ってやつに付き合ってやるって言ってんだよ」
「……ちょっ――カール君本気!? 性根は腐ってても相手は貴族よ!?」
エムリスが心配しているのを他所に、ベティは愉悦気味に胸を張った。
「フン! ようやくおれ様の偉大さがわかったか! いいぜ、たっぷり教えてやる! ウィルグループ家こそが帝国の大黒なんだってな!」
どこをどう解釈したらそんな結論になるんだ?
まぁ国にとって鉄は必需だし、あながち間違いでもないんだが。
(オメーが鼻を高くして言うのはちげーだろ)
思い上がりも甚だしい。
二世と言うだけで何の実績も功績もない奴がチヤホヤされ、威張り散らす時代は終わりにしないといけない。親が教えないのであれば第三者が教えてやるしかない。世界も帝国もオメーを中心に回ってるんじゃないと。上には上がいるだと。ついでにもう一つ教えてやろう――
平民をナメるな! ってな。