表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

卵は、孵らない。

 団地のベランダ。

「……────♪」

「姉さん。またベランダに出てるの?」

「あら、ゆきくん。ええ。お日様に当たるのは、大事でしょう?」


 今日も機嫌が良さそうだ。僕は姉さんの笑顔にほっとしながら、

 撫でる腹には目を逸らす。


 また……大きくなっているな。


「姉さん」

「なぁに? ゆきくん」

「先生は、何て?」

「ああ! 順調だって!」

 ああ、そう言うことにしているのか……僕は笑顔が崩れていないと良いなと思いながら、複雑な気持ちになる。


 本当に……たいせつそうにしている。姉がやさしく撫で擦るお腹は、真実その中に赤子がちゃんといるようだ。

 中身は、空っぽだと言うのに。


『想像妊娠』────現在、姉が通院する病院の医師はこう、診断した。


 ……姉は、新婚旅行で義兄を亡くした。

 数年付き合った彼との、しあわせの絶頂で未亡人となった当時の姉は、とても憔悴し切っていて。

 見ていられなかった。


 ところが、義兄の葬儀から一箇月が過ぎた辺りで、姉が奇妙なことを言い出す。

「赤ちゃんが、いるの」

 いきなり明るい調子で笑う姉の発言に、聞いた家族の皆が耳を疑った。

 そんなこと、在るはずも無いのに。


 姉自身、義兄が亡くなった日に緊急入院して一命を取り留め、あらゆる精密検査を受けている。

 妊娠の兆候は無かった。もしかしたら、とまた病院で検査したけれど、やはり結果は同じ。

 陰性。

 一時的な乖離症状、逃避行動だろうと言われた。


 だと言うのに……。

 現実に、腹が膨らみ始めた。


“想像妊娠”────書いて字の如く、つまり思い込みで、妊娠したみたいな症状が出ている、と。

 主治医は、難しそうな面持ちで語った。

 信じただけで実際に悪阻や体調不良、食欲減退は当然、生理も止まって腹も大きくなった……。

 姉の腹は空っぽのくせに、日々膨らんで行く。


「────ねぇ、ゆきくん」

「なぁに? 姉さん」

「どんな子が産まれるか」


 楽しみね?」


「……。

 そうだね」


 たいせつな、本物の卵を撫でるように、姉は自らの腹を摩る。

 鳥も……無精卵でも自分が産んだ卵を、あたためるんだっけ。

 今の、姉さんみたいに。


 姉さんの抱える卵が、有精卵ではなく無精卵だと言うことを、

 孵ることは、どれだけ掛かっても絶対に有り得ないのだと。

 姉さんのうれしそうな笑顔の前に屈する僕は

 未だ、言えないままでいる。




  【 了 】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ