第六節【契約者】
「水、飲むよね」
「ありがとう」
イチガに水が入ったコップを手渡した少女は椅子に座ると持っていたコップに口をつける。
「手間を掛けさせて悪い」
一口水を飲んだ後にイチガは謝罪の言葉を述べる。
意図しない形でテーブルを破壊してしまった直後、少女は即座に動いて、新たなテーブルを用意してくれた。しかし自身は身体を動かしたい気持ちではなかった為に一切手伝わなかった事から、罪悪感も抱いていた。
「大丈夫! わたしも同じ事をした事があるから」
「そうなのか?」
「うん……だっていきなり知らない場所に立っていたんだよ、そして理不尽な記憶喪失、何かに八つ当たりしても仕方ないよ」
「それに物に当たる分、きみはわたしよりも人だね」
少女も似たような事をしたのかと思う一方で変わった言い回しをすると感じたイチガであるが、その部分に言及するのは駄目だと何となく抱いて避ける事にした。
だが気持ちは落ち着いてきた事から、先に自身が起こした事柄に関して尋ねた。
「さっき俺が起こしたあれは遷移者なら誰でも出来るのか」
テーブルに一撃で風穴を生み出す程の腕力など持ち合わせている記憶がなかったイチガはその原因が転移にあるのではないかと思案した故の答えであった。
「――――それとこれは別問題だね」
しかし事実は全く異なる形である様であり、少女は即時に否定するがその語勢に勢いや元気がなく、顔を背ける様な仕草を見せる。
――知ってるのか?
それを見逃さなかったイチガは何かを知ってそうだと確信を得るが、無理に聞き出す事は無いと思いその点を追及する事を一時保留にする事にした為に「そうか」と相槌を打つ。そして記憶喪失の根本的な事を問う事にした。
「だけどなんで記憶喪失になるんだか」
「それは全然分からないね、わたしも気づいた時からルシオンにいたから」
事情を聴いて「それは俺も……」と言い放ったイチガだが、少女と自身との共通点に気づいて、一度出そうとした言葉を呑んだ。
「ルシオン?」
「わたしときみが遷移した町の名前だね」
「そうなのか……君もこの町に遷移したのか?」
「うん! そうだね」
問いに少女は即時に応じる、その事にイチガは素直に驚いた。
「不思議だよね、わたしも驚いたよ」
そう少女が身に染みた様子を見せる傍ら、イチガは「やっぱり呼んだ奴がいるのか」と呟いた。
「呼んだ奴?」
その声は少女にも届いており、その意味合いが何なのか気にする様子を見せており、イチガは話す事にした。
「同じ町に遷移者が2人も遷移した、意図的なものを感じないか?」
とイチガは自身の疑問を投げかける。元居た世界で見た記憶が微かにある漫画やアニメから得た知識であるが確信に繋がりそうな気がした故であった。
その言葉に対して「意図的?」と少女は胡乱な様子でいたが数秒後。
「そう言われたら、そんな感じもするね」
と、意図を把握した様子を見せる。
「わたしは全然浮かばなかったけど……どうしてそんな考えができたの?」
そう尋ねられたイチガは少し考えた後に応じる。
「元々いた土地の影響かもな」
指摘された事は本当で記憶の中に故郷の記憶は存在しない、しかし記憶の残滓の様な情報は脳裏を探せば即座に見つかる。故にイチガはその様に少女に説明した。
「そうなんだね、うん……きみは故郷の記憶は残っているんだ」
少女は明るくその様な事を話すが、イチガはその発言に対して驚いた。
「――なんだそれ」
「わたしはきみと違って、思い返せる事は殆ど無くて故郷の記憶を辿ってなんとかするとか一度もした事がないんだよね」
あまりにもあっけらかんとした声風にて末恐ろしい事を口にする少女、その言が届いた刹那にイチガは言葉を失う。
しかし少女は言葉を続ける。
「だけどもうどうでもいいね」
そう迷いなく断じた少女にイチガは驚きながら「どうでもいいのか?」と疑問を問う。
「うん、遷移した後に落ち着いた時にその事を考えたんだけど、何も浮かばなくて、だから考える意味がないんだよね」
「意味がないか」
「だよ、主からは元の場所に帰りたくないのか、聞かれたけど、その気は一切ないかな」
淡々とした口調で自身の考えを述べる少女。それを聞いたイチガは人としての何かが欠けていると抱く一方で――
――元の場所に戻る気が起きないのは同じか。
故郷に対する感情が一致している事を心の中で呟いた。
少女が故郷に関する事を話し始めた頃から自身はどう思っているのかと考えたイチガだが、どれだけ反芻しても何とかして元の世界に戻りたいとは一切抱く事はなく、冷静に考える転移してから明暮もなくこれからこの異世界でどの様に生きようかと考えてばかりであり、どうにか元の世界に帰還しようと思った事が一度もなかった。
「まあ確かに戻る手段もあるのか分からないからな、考えても仕方ないのかもしれない」
しかし故郷に対しての感情を言い合う気は皆目ないイチガは意見に同意する事にしてその話題は茶を濁す事にした。
「それはそれだけど、きみは遷移に関わってそうな何かに心当たりはないのか?」
だがいきなり転移させて、その挙句の果てに元の世界の記憶が喪失させた元凶に対しては思い当たる部分が消失している事から実感が沸きあがらない為に殆ど冷めているが多少の怒りは抱いていた。
故にイチガは少女に尋ねる。
「無いよ」
すると少女は覚えがない事を即答する。
「まあそうだよな」
しかし裏に何かが潜んでいる。自身が指摘するまでその様な考えに至っていない少女が知らない可能性の方が高いと思っていた事から、その答えに納得する事が出来た。
「空間を自在に操る神様は……いないよね」
少女はイチガにも聞こえる音量で独り言を呟いた。その独り言からこの異世界にも神と呼ばれる存在がいる事を察するがそれには興味がなかった為に触れる事はしなかった。
「まあ記憶の事よりも」
少女にとって何者かに転移させられた話が初耳である以上、これ以上話題が広がる事はないと考えたイチガは話題を変える事にした。
「俺がテーブルを破壊出来たのはなんでだ?」
イチガは聞きたい事は先に起きた出来事であった、少しその話題に触れた際、少女が気まずい様子を見せていたのは気づいていたが、自身の身体の事である為に無理矢理にでも踏み込む事にした。
「うん……わたしも覚悟は出来ているから――わたしがきみにしてしまった――罪だから」
明るいながらも何かを決めた強い色合いの声で話し始めた少女。
「罪?」
だがそれを聞いていたイチガは強い困惑を抱いた顔と声を浮かべる。
その瞬間に少女はくすくすと笑う。
「うん、そんな反応になるよね――出会ったばかりなのにね」
抱いていた心情を代弁されたイチガは否定できない事から「まあそうだな」と口にする。
「だけどね……それだけの事をわたしはしてしまったんだよね、本当にごめんなさい」
「え……いやいやどういう意味なんだよ」
話についていく事が出来ずに謝罪される意味が分からないイチガは当惑する、しかし少女はそれを聞かずに話を進める。
「死にかけたきみを救う為に仕方ない事だったんだよね」
「――死にかけた! 俺が……」
唐突に放たれる自身に関わる衝撃的な発言。それを聞いたイチガは驚きを露にしながらも信じる事が出来ずにいたのだが――鋭い眼光を滾らせる狼の顔をした何かが脳裏を過ぎるとそれと同時に腹部に微かな痛みが奔る。
「もしかしてあの時襲われた……」
言の葉としてもそれは表に姿を現した。しかし心境は至極冷静である。肉体も同様で冷汗を一つたりとも流していない。
――なんで落ち着いていられる?
自身の平常心に対して内心違和感を抱いているイチガであったが、それを置いていくかの様に少女は「その事だね」と発言の意味を解釈してそのまま言葉を繋げる。
「もしかしたらきみはその事を夢だと思っているかもしれないけど、違うよ」
「きみは襲われて、死にかけた――それが紛れもない真実だね」
淡々とした、だが何処か暖かさを秘められた声色で自身の身に起きた事実を告げられたイチガは――
「だろうな」
時折腹部から痛みが現れている事もあり、脳裏に映る光景が本当に起きた事だと自認した、しかしそうすると自身の身体に関する事で疑問が現れた為に尋ねた。
「ならどうやって身体は治ったんだ?」
今の自身の肉体は何所に不調はなく、五体満足であり、死にかけていたとは到底思えなかった。
――まさかこの子が……。
故にイチガはこの世界が異世界である故に少女が治療の術を持っていると考えて、その事を訊ねた。
「もしかして、君が治……」
「違うよ!」
だが食い気味な口調で少女は即座に否定しそのまま言葉を走らせる。
「わたしは道具なしに治療する事は出来ない」
強い語調で自身が考えていた事を否定された事から、前言撤回する事にしたイチガであったが疑問の答えにはなっていない為に別の言葉を重ねる事にしたが既に予想が外れた事もあり、単刀直入に尋ねる事にした。
「ならどうやって治ったんだ?」
「契約武装の魔力がきみの身体を治したんだよね」
疑問に対しての返答が即時に返ってきた。だが自身にとって理解できない内容であった為にイチガは眉を顰める。
少女はその様子を見ながら理解した様子を見せる。
「契約武装はわたしもこの場所に来てから初めて知ったから」
その様な事を明るい口調で口にした少女に対して、イチガは数秒の沈黙の後に気まずい気持ちになりながら、伝えなければならない事を話す事にした。
「契約武装もそうだけど、魔力も何の事か分からないんだけど」
意味はそれとなく想像できるイチガである。しかし魔力がこの世界でどの様な在り方なのかは一切知らない状態である。故に何も知らないと口にして、詳細を訊ねる事にした。
「きみは魔力も知らないんだね」
すると少女は軽く驚いた様子を見せる。
「どういう意味だ?」
「わたしはマナと違って魔力の事は遷移する前から知っていたから、きみもそうなのかなと思ってたんだけど違うんだね」
そう言われたイチガは、余計な事を口にして面倒になるのを避ける為に「そうなのかもな」と応える。
「魔力ってどんなものなんだ?」
「魔力は――うん! マナを力として使う時に必要なものと覚えておけば問題ないかな?」
少女は明るい声音で魔力の事を話していたが……
「わたしも何も知らない時に使えたから」
突如無感情な声音を出して一度言葉を中断する。いきなりの事である為に驚いたイチガであったが、少女は矢継ぎ早に会話を再開した。
「とにかくきみの身体は契約武装の魔力で元に戻ったんだよね」
強い語調でそう言い切られたイチガは多少困惑する事になるが今の身体が無事である事を考えると少女の言葉を信じるべきだと至る。
「そういう事なんだな」
抱いた事を口にしたイチガであるが疑問が尽きた訳ではなく尋ねた。
「その契約武装は何処にあるんだ」
そう語りながらイチガは周囲に視線を巡らせる。契約武装がどの様なものなのか一切不明であるが実際に見える何かであると想像する事は出来た為に周囲にあると思った故の動きである。しかし周囲には何も落ちていなかった。
「周りには落ちていないよ?」
その動きを見て、イチガの目的を察したのか、少女は柔らかい語調で語った。
「きみの契約武装はさっきまでわたしが持っていたんだよね」
続け様にそう言い放ち、それを聞いた刹那にイチガの脳裏には細長い何かを持つ地上で出会った少女の姿が浮かび上がる。
「もしかして袋で包まれたあれか?」
言葉として飛び出したそれを受け止めた少女は頷いて「そうだね」と応える。
「そうなのか」
袋の中身を始めて知る事となったイチガであったが愚直な疑問が浮かび上がり、問う事にした。
「なんでそんな物騒な物を持ち歩いていたんだ?」
武装と名付けられているからには、武器に近い何かだと、街中を歩く中で武器を見ていた事からその様なイメージをしていた故の疑問であった。
その問いに少女は少しの合間を挟んだ後に答えた。
「わたしが持つ事が一番安全だからかな」
明るい口調で述べられたその言葉を聞いた瞬間にイチガは面を食らい、目を見開いた。
「理由はなんだとか思ってそうだね」
その様子に対して少女は明るい口調をそのままに話し続ける。
「わたし以外が持つと新たな契約者が生まれるからだね」
――契約者?
この異世界特有の新たな単語が新たに現れたと心の中で思ったイチガであったが……
『悪い契約者も出没しているみたいだから』
『あ……――うん! そうだよね! 契約者に悪いも良いもないよね』
少女が既に地上で何度も発している事や異世界の大衆が口にしていた事をふっと思い出した。
「もしかして地上で話した時に喋っていた契約者の事か?」
そしてその事を指摘する事にした。
「うん――覚えていたんだね、その事だよ」
すると少女は淡々とした声で肯定する。
――何の事を言いたいんだ?
しかしそれを聞いたイチガは一体何を話しているのか全く理解する事が出来い状況だと内心戸惑いを抱く。
――聞くのが一番か。
故にそれを打開する為に単刀直入な言葉を言い放った。
「そもそも契約者は何の事なんだ?」
「契約者は……人間が契約武装に触れる事によって変質した元人間の事だね」
「……」
説明を受けたイチガであったが閉口の暇を一時過ごした後に再び口を開いた。
「聞いた後にこんな事をいうのはあれなんだけど……どういう事だ」
話の内容があまりにも曖昧だった為にイチガはそう尋ねた。
「答えるのはできないかな」
「できない?」
「うん……この土地の人達も契約者がなんで存在するのか詳しく知らないみたいなんだよね」
「それどころか――誰が最初に契約者の事を契約者と名付けたのかさえ解っていないんだよね」
「そこまでかよ」
一切の詳細が不明であると告げられたイチガは驚愕する。
「今きみに話した事は今から一年前にわたしが言われた事と同じだよ」
「そうなのか」
事情を説明されたイチガは出鱈目な事を口にしているとは思えなかった事から納得する事にした。
そして先まで話していた内容からある事に気づいた。
「なら既に契約武装に触れた俺は契約者なのか」
少女が話した事を遡ると既に自身は大怪我を治す為に契約武装に触れている、故に契約者と呼ばれる何かになっていると考えての発言であったが……
「勝手に契約者にしてごめんなさい!!」
その言と重ねる様に少女は震えた声色で謝罪の言葉を口にした。
突飛な言葉であった為に驚いたイチガであるが、既に何度も謝罪の言葉を聞いていた事から即座に落ち着いて口を開いた。
「別にいいさ」
人から契約者に変質したと言われたイチガであるが今の所、悪影響は感じない――寧ろこの部屋で目覚めた現在の体調の方が良好と感じる程であった。
「それにそれしか俺が生き残る方法はなかったんだろう」
状況を詳しく知らない為にイチガは少女に尋ねる。すると少女は頷いた。
――それによく考えると俺の軽率さが原因だからな。
――冷静に考えるとあんな長い階段が日常で使われる訳ないしな……。
――普通の場所じゃないよなここ……。
今現在地下にいるイチガであるが、この場にいるのは誰かの指示ではない、自分自身で考えた末の行動であり、地下に進む事なく、階段の途中で引き返せば――地上にいれば起きなかった事態である。
故に責任は異世界に来た事によって気持ちが浮かれていた自身にあると思い。少女によって人外にされた事に対しての怒りを抱く事はなかった。
「ならしょうがないさ、俺も遷移した直後に死にたくなかったからな」
今更ながらも自身の迂闊さに気づいて、自省する事が出来たイチガはその事を含めて、少女に感謝の言葉を送る事にした。
「ありがとう、君のお陰で助かったよ」
「――――!」
イチガが感謝を告げた刹那に口を押さえる動きを見せた。
「!」
あまりにも刹那的な動きであった為、それを見たイチガは驚いてしまい、その反応を見たからだろうか? 少女は手を離しながら喋り始める。
「あ――うん……ごめんなさい。お礼を言われるなんて思ってもいなかったから」
「逆上して殺しにくる事は覚悟していたんだよね」
さらりととんでもない事を口にする少女。しかしそんな気は一切ないイチガは呆れながら口を開いた。
「なんでそうなるんだよ」
「今はその気がなくても……契約の対価を知ればきみはわたしを恨むかもしれないよ?」
「契約の対価……俺は契約したつもりないんだけど」
言葉どうりのイメージが浮かび上がったイチガはそう口にするが少女は少し笑い、その色で声を出した。
「違うよ、本当に契約しているか分からないけど、契約者には人と違う部分があってそれを対価として見る人もいるんだよね」
「そういう事か」
少女の話を理解出来たイチガは頷いた。
「話が逸れちゃったけどきみが聞きたい事は契約武装の事だったよね」
いつの間にか契約者に関する事が中心になっている為に少女は話の流れを戻す事にしたのか話を進める。
異論がなかったイチガはそのまま耳を傾ける事にした。
「わたし達の契約武装は」
しかしイチガはその発言を聞いたと同時にある事に気づいた。
「もしかして」
気づいたそれをイチガは思わず口に出してしまい。少女の言葉を遮る事となる。
「どうしたのかな?」
少女は特に気分を害している様子を見せる事がなかった為にイチガは気づいたある事を口にした。
「もしかして、君も契約者なのか?」
契約武装を手にする事で人は契約者に変質する。少女はその様な事を話していた。そしてそんな彼女自身も契約武装を持っていた事はイチガは既に見ていた。そして本人も契約武装を手にしていたと口にしていた事から気づく事が出来た。
「――――え」
場を通過した声が静止すると少女は短い声を発する、その声には深い驚愕の色が沁み込んでおり、それを聞いたイチガが何かあると察するには十分であった。
――まずい事を聞いたか!
理由は分からないが踏んではいけない場所に土足で踏み込んでしまった事を認識したイチガは当惑して言葉を詰まらせる。
「あ――――うん、大丈夫……きみが気にする事じゃないから」
そんな少女は強い口調でそう口にして、そのまま言の葉を接いだ。
「きみの言うとうり、わたしは契約者、ごめんなさい、一番最初に言うべき事だったよね」
深刻そうな様子でそう話した少女であるが契約者に関して全く知らないイチガはどうしてそうなるのか分かる事なく困惑した。
「そこまで重要な事なのか?」
「そうだね、きみはこの土地に遷移したばかりだから実感が沸かないと思うけど」
「まあ確かにな」
少女の言い分にイチガは納得する。
「ちゃんと理由も話したいけど、地下にいる間は関係ない事だから、後で話すね」
そう言い放った少女はそのままイチガに口を挟む余裕を与える事なく言葉を続ける。
「今言う事は契約武装の事だよね」
「魔力の事を知らないきみからしたら信じられないかもしれないけど――身体の中だね」
普段する事を話す様な口調で常識から外れた事を口にした少女、それを聞いたイチガは驚愕した。
「俺の身体の中!」
その気持ちを口に出すと同時に自身の身体に視線を向けるが「今見ても意味がないね」と少女はイチガの思考を見通していた様に言の釘を打ち付ける。
それが正しいと示すかの様に身体に変化が見受けられない事を把握する。
「そうみたいだな」
だが即時に答えが現れなかった事もあり、疑問が脳裏を駆け巡る。
その事に気づいたのか少女は口を開いた。
「契約者の所有物となった契約武装は契約者の魔力と一体化するんだよね」
「俺の身体に魔力?」
説明されたイチガだが自身の身体に魔力が存在している事に驚いてしまった。
「驚くのも無理ないよね」
その言葉に同調した声調で答えた少女はそのまま言葉を繋いだ。
「わたしも驚いたからね」
意外な言葉を聞く事になったイチガは「そうなのか」と口にする。
「あれ? 君は俺と違って魔力の事を知ってたんじゃないのか?」
「そうなんだよね、うん……実はどうしてか分からないけど、予想はできるかな」
「どんな予想?」
「人間だった時のわたしには魔力が殆どなかったんじゃないかな?」
「そんな事があるのか」
魔力がこの世界でどの様な立ち位置なのか不識であるイチガだが、重要な要素だと思っていた事もあり、以外だと感じる。
「それが契約者になった人が背負う業だからね」
解読が難しい事を唐突に話す少女。されども深くて冷たい意味深長な声色で口にした事から意味を訊ねる事は避ける事にして、話を元の位置に戻す事にしたイチガは根本的な部分を言及する事にした。
「だけど本当に俺の身体に契約武装があるのか」
「そうだね……こういう時は一度見せた方がいいかな」
そう言いながら少女は右手を前に差し出した刹那――右手に赤い粒子が現れて――
「今は駄目だね」
だが握り潰す動作をすると同時に赤い粒子は霧散、そして少女の身体に吸い寄せられる様に流れて入り込んだ。
「今は駄目……どういう事だ?」
よく分からない行動や言動をした少女にイチガは呆気にとられながら尋ねる。
「今ここで契約武装を出現させたらこの場所が安全じゃなくなるんだよね」
その事情を少女は臆面もなく言い切った。
「安全じゃない……」
突飛な言に対して多少驚いたイチガであったが少し考えると少女の言の意味を理解した。
先に起きた出来事を思い返すとこの場が安全ではないと口にした少女の言い分は正しい、その事を他人事の様な声色で口にしたイチガだが、同時に溜息を吐いた。
「さっきまでの俺は死にかけたんだよな」
イチガの突然の質問に対して少女は特に反応する事なく「そうだね」と即答した。
――はっきり言うな。
淡泊なその反応に思うところを感じたイチガだが、深掘りする気が不思議と起こらなかった。
故に自身が言いたい事の続きを紡いだ。
「死にかけたなら心に留まると思うんだけど、あんまり気にならないんだよな」
何を口にしているか言った本人であるイチガ自身も理解していなかった。
殺されかけた事を思い出して以降、その場面を脳裏に映像として映し出す事が出来ていた。
しかし抱く感情は特にない。感情が沸く様な感覚があるがすぐに冷めて俯瞰して状況を見ている様であり、恐怖感とは皆無であった。
「変な事を聞いたな」
橋なく口にした事もあり、発言を撤回しようとしたイチガだが……
「変じゃないよ」
少女はイチガの言動を肯定的に捉えた事を口にする。
「本当か」
いまいち信用できないイチガの発言を受けた少女は頷いた後に喋り始めた。
「だってきみのそれはわたしが原因だから」
だが予想外の発言であった為に「なんだそれ」とイチガは驚きを露にした。
「あ! 違うんだよね!」
その反応を受けて慌てる様子を見せた少女は再び話し始める。
「きみが思っている事は契約者になったから起きる事なんだよね……つまりきみを契約者にしたわたしにも原因がある」
「契約者だから?」
関係あるとさえ思わなかった事が関連していると聞かされたイチガは再び驚いた。
「そうだね、責任としてちゃんと説明するつもりだけど、正直、実感した方が分かると思うんだよね」
――実感?
どういう事なのか、心中で疑問を抱いたが、先から自身は質問や疑問を幾度も少女に尋ねている。
そんな立場である為に少女がそう言うなら従う事を決めたイチガであった。
「わたしと違って……実感なんてしなくていいんだけどね」
だが少女が何かを口にしている、意識が自身に向いていた事から、聞こえなかったイチガは何なのかと思うが……
「ところで気になる事があるんだけどね」
少女が自身に何かを尋ねたい素振りを口にした事からそれに意識を向ける事にした。
「鞄の事はさっき聞いたけどどうしてきみはこの場所に来る事になったの?」
「その事か」
突如な質問であった。しかしこの場にいる理由は特に隠し通すつもりはない事から、イチガは素直に話す事にした。