王宮の夜会・序
◇王宮のパーティ・序◇
ミーヤはフィーザのエスコートで、会場に入った。
会場は昼間の様な明るさで、楽団の演奏も聞こえてくる。
女性たちは豪華なドレスを纏い、グラスを片手に談笑していて、あちこちに大輪の花が咲いたかのようだ。
「ふわあ、凄いですね」
思わず感嘆の声を漏らすミーヤに、フィーザはウエルカムドリンクを渡す。
ひと口飲んだミーヤの頬に赤みが差す。
フルーティーなアルコール飲料だ。
こんな豪華なパーティは、最初で最後かもしれないと、ミーヤはぐるっと会場を見渡した。
「あら……?」
「どうした?」
傍らのフィーザが、ミーヤを見つめる。
結局、団長の指示により、フィーザは今日も眼鏡をかけている。
眼鏡付きでも、キッチリ正装したフィーザは目立つ。
氷結のクロテンに近付きたい女性たちの、多くの視線に晒されている。
隣に立つミーヤにも、ビシビシと無言の圧迫感が届いている。
「会場の天井からフロアにかけて、全体を包み込むような白い糸の、網の様なものが見えるのですが……」
フィーザは驚く。
確かに、王族や貴族が多数集まる場所には、予め魔導士たちが結界を張っている。
ドラゴンのような伝説級の魔獣以外は、防げる結界である。
だが知っている者は極少ない。
それが、視えるのか……。
「白い糸が、どうかしたのか?」
「ところどころ、切れているように思えるのです」
何だと!
「それは、どの辺だろうか……」
ミーヤは首を傾げて其処を見つめる。
「中央の、一番大きなシャンデリアの辺りです」
「そうか……。すまない。少々離れるが、すぐ戻る」
顔色が変わったフィーザの様子に、きっとただ事ではないのだろうとミーヤは思う。
だから、言って良いのかどうか分からなかった。
シャンデリアの上に、黒い翼を持つ何かが、潜んでいることを。
「何の生き物なのかしら? コウモリ?」
ぼんやりと、コウモリのような生き物(?)を見つめていたら、ソレがくるりとミーヤに顔を向けた。
「あら猫さんの様な、お猿さんのような……」
ソレが歯を剥きだしにして、ミーヤに飛びかかろうとした時だった。
「ちょっと、ミーヤ!」
知っている声にミーヤは振り向く。
知っているけれど、逢いたいわけではない人たちが立っていた。
ミーヤからの視線が外れたからか、黒い翼の生き物は、別の処に飛んだ。
立っていたのは義母のレイラと、その娘のロアナである。
ロアナは相変わらず胸部の布をギリギリまで下げた、極彩色のドレスを着ている。
レイラは肩から何かの毛皮っぽいショールを掛けている。
「はい、ミーヤですが、何か?」
「相変わらずムカつく態度ね。何であんたが此処にいるのよ!」
「はあ。ご招待をいただいたので」
ロアナの眉が吊り上がる。
「ゴーシェ家に届いた招待状には、あんたの名前なんてなかったわ!」
「ええと、別邸に届きましたので」
「じゃあ、そのドレスは何よ! あんた、何時そんなドレス買ったのよ!」
ギャンギャン吠えるロアナの後ろに控えていた、義母のレイラが目を細めロアナに囁く。
「ちょっと、そのドレス、マダムルーシェのデザインよ。この女に金なんてないから、デザインだけパクって、自分で作ったんじゃない?」
「ああそっか。ドレスは自分で作れば良かったのですね」
ミーヤはポンと手を打ち、ニコニコする。
義母は舌打ちする。
とても貴族夫人とは思えない。
「それに、そのネックレス、どうやって手に入れたのよ! ちょっと寄越しなさい!」
取り上げようと手を伸ばすロアナと、後ずさりするミーナの間に、するりと入る人影。
「俺……私がミーヤ嬢に差し上げたものだが、何か御不満でもおありか?」
フィーザがレイラとロアナに冷ややかな視線を向けた。
さすが氷結の魔導士。
レイラもロアナも、一気に体温が低下したような、青い顔になる。
「い、いいえ、そんな、そういうわけでは……」
「そうか。ならば結構。ミーヤ嬢は、私こと魔導士団副団長、フィーザ・パドロスが招待したのだ。これ以上の気遣いは無用!」
二人は扇で半分くらい顔を隠して、そそくさと離れて行った。
ミーヤはほっとする。
「すみません。ゴーシェ家の者たちが……」
「いや、こちらこそ申し訳なかった。結界を張り直して、すぐに来たのだが……」
フィーザは額に汗を浮かべていた。
相当急いで来たのだろう。
「先だって、君の兄上に会った」
「まあ」
「その時に、ゴーシェ伯爵の後添とその息女の話も聞いていたのだ」
聞いてはいた。義姉の方は見かけたこともあった。
だが、二人のミーヤへの態度は、想像以上に酷かった。
会場に流れる音楽が変わる。
国王陛下の入場だ。
序破急と続きます。
黒い翼のサルっぽいモノって、何?