夜会に行く前のあれこれ
ウサギたちを自称神様のレミッシュに任せて、ミーヤは迎えに来た馬車に乗り王都を目指す。
パーティ用のドレスは、さすがのミーヤでも一人で着ることは難しく、魔導士団の団長宅でお世話になることになっていた。
自作の小さなバッグに、細々とした物を入れてある。
ふと見ると、バッグがモゴモゴ動いている。
「あら?」
バッグの口からピョコンと耳が出る。
子ウサギがそこにいた。
白金色の掌サイズの子ウサギだ。
「あなた、ウチにはいないウサギさんね。どこから紛れたのかしら……。どうしましょう。これから王都まで行くのだけど」
子ウサギは両手(両前足)で、チャッチャッと顔を洗い出す。
人間のお祈りの姿のようだ。
「いいわ。一緒に行きましょうね」
ミーヤが話しかけると、子ウサギはウットリと目を細める。
王都へ向かう途中の休憩場所で、ミーヤは水と野菜を買って、子ウサギに与えた。
馬車が止まると、待っていたフィーザが手を差し出す。
「ようこそ」
眼鏡の縁が光っている。
ドキドキしながら、ミーヤは手を重ねた。
団長のライルはフィーザより背が高く、堂々たる体躯をしていた。
魔導士団でなくても、普通の騎士団でも通用しそうな雰囲気である。
「団長のライル・オコナーだ」
姓を聞いたミーヤは緊張する。
公爵家の方ではないか。
「ミーヤ・ゴーシェでございます」
きっちりと淑女の礼で挨拶をした。
「我が団のフィーザ副団長が、大変お世話になったと聞いた。御礼も兼ねて、食事をご一緒したいと思ってな」
その夜はライル団長とその奥方と、フィーザとミーヤの四人で、食事会となった。
緊張するミーヤを、団長や奥方はさりげなく気遣う。
その心がミーヤは嬉しい。
心配そうに、フィーザがチラチラと、ミーヤの顔を見てくれるのが嬉しい。
メニューも豪華だったが、ミーヤは幸せな気分で食事を終えた。
「良い娘じゃないか」
ミーヤと奥方が先に下がった後で、男二人は酒を呑む。
「ええ」
アルコールのせいなのか、フィーザの顔は赤い。
「家格的にも問題ない。早く婚約しておけ」
「いや、そうは言っても……」
「嫌なのか?」
「そ、そんなことない。俺だってすぐにそう……したい……けど」
莫大な魔力を有する、「氷結のクロテン」フィーザ・パドロスは、変に純情だった。
「お前の、母親みたいにさせたくない、ってか?」
「そ、そんなこと……。俺は親父とは違う!」
「じゃあ、心配いらないだろ?」
それには答えずフィーザは琥珀色の液体を呷る。
「明日のパーティでミーヤ嬢見たら、若い男どもの目の色が変わるぞ、きっと」
そうか、目の色。
母と同じく俺の目は、親父が嫌った色だった。
でも……。
ミーヤは言ってくれた。
綺麗だと。
明日は、眼鏡を外そうか。
目の縁を朱に染め、ニタニタするフィーザを見たライルは、フィーザのグラスに水を注いだ。
翌日。
団長宅の侍女数人がかりで、ミーヤは磨きに磨き上げられた。
フィーザから贈られたドレスは、真紅の生地の上に、黒いチュールレースがふんわりと懸かっている。
「副団長のお色ですね」
ミーヤの顔が真っ赤になる。
ミーヤの髪はふわふわしているので、一部を巻いてサイドアップにする。
全体の色味が薄いので、化粧のしがいがあると侍女は言う。
最後に胸元を彩るのは、小粒のルビーとダイアが幾重にも連なる首飾りだ。
「あら、イヤリングはどうしましょう」
少し髪を上げたので、確かに何もないと耳元が寂しい。
あっ。
ミーヤは持って来たバッグを開ける。
そこには家を出る時に、厩舎のお爺さんから渡された、袋の中身も入れてある。
袋の中には、母が嫁ぐ時に持って来たという、宝石類が入っていた。
その中から一つを選び、ミーヤは耳を飾る。
派手にならないように、レースの色と合わせた。
部屋を出ると、正装に着替えたフィーザが待っていた。
ミーヤのドレス姿を見たフィーザは伏し目がちになる。
「あの、フィーザ様、このような素晴らしいドレス、ありがとうございました」
ミーヤは微笑みながら、フィーザに礼を述べる。
フィーザは左胸を押さえながら、何度も頷いた。
「ささやかな御礼なんですが……」
ミーヤはフィーザに手渡す。
「これは、ポケットチーフか」
「はい」
「ミーヤが作ったの?」
「ごめんなさい。お気になさらず。無理にお使いにならなくても」
「ありがとう!」
はにかみながら、フィーザは胸ポケットに差し込む。
淡いブラウンのチーフは、期せずしてミーヤの髪色と同じだった。
茶色ウサギから取れた毛で、編んだのだから仕方ない。
いざ、夜会へ。
◇そのちょっと前の別邸にて◇
王宮のパーティに向けてミーヤが出発した半日後に、ミーヤの父ラスディ伯が別邸にやって来た。
雪が残っている領地のはずれ。
別邸と言っても単なる小屋だ。
こんな処に娘を追いやったのか。
薄っぺらく残った、彼の良心がチクチクする。
戸を叩く。
返事はない。
もう一度叩く。
「だれじゃ!」
威圧感のある、野太い声がする。
「ゴーシェ伯、ラスディだ」
「ああ、無能な領主か」
「なんだと! 貴様は誰だ! む、娘はどこにいる!」
うけけけけけ。
ドアの向こうから、変な声が聞こえて来る。
ミエンミエンミエン!!
何だ?
何がいるんだ!
「娘、だと?」
「そ、そうだ。伯爵令嬢のミーヤだ」
「いないぞ」
「え?」
ブオンブオンブオン!!
一層ケッタイな音が鳴り響く。
「親から大切にされない娘など、いなくてもよかろう」
「い、いや、そんなわけには!」
「大方、娘の価値にようやく気付いて、恥も外聞もなく縋ってきたのであろう。愚か者め!」
ガリガリガリガリ!!
何かを齧る音だ。
ミーヤは、ま、まさか!?
「はあ、食った喰った! お前にも分けてやろうか?」
いやだあああああああ!!
這う這うの体で逃げ帰って行くゴーシェ伯を見つめ、ウサギ大神ことレミッシュは呟いた。
「ありゃあ、ダメだな。トウモロコシ、旨いのに」
茹でたトウモロコシを食べ終わったレミッシュの周りでは、山羊がいつもよりテンション高く鳴き、ウサギたちは木の枝を、一心不乱に齧っていた。
夜、ウサギが木を齧る音が続くと、眠れなくなります(実話)
お話は、いよいよ佳境に入ります。