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魔導士は温まる 氷結の魔導士の視点

フィーザ視点




 雪の中で意識を失った俺は、夢を見ていた。


 それは白や黄色、ピンクの花が咲いている場所。

 春の景色だった。


 母が隣にいる。


 少年時代の俺は、春の山で、手を合わせ何かに祈りを捧げていた。

 母は、遠い東の国の血を引く女性だった。

 その国では森羅万象その全てに神が宿るそうだ。

 宿った神々は、祈りを捧げる者たちに、恵を与える。


 俺も母に倣って祈った。

 何を祈ったのだろう。


 ああ、そうだ。

 いつまでも、この暖かさがつづきますように……。


 というところで目が覚めた。

 雪に埋もれていたはずの俺は、ふわふわしたブランケットに包まれていた。


 しかし。

 ここは何処なんだ?

 動物の飼育小屋なのか?


 山羊と鶏がケッタイな鳴き声を上げ、毛玉のようなウサギたちが何匹も跳ねている。


 飼育員みたいな女性が現れると、動物は皆、その女性にすり寄る。


 テイマーか?

 だとしたら、能力値の高いテイマーさんだ。


「わたくしは、ゴーシェ家の長女、ミーヤと申します」


 春風のような笑顔に、俺の胸にはじんわりと、温かさが広がった。

 同時に、伯爵家の令嬢が、こんな僻地でなぜ動物係をしているのか疑問に思った。


 あ、そんなことよりメガネ眼鏡。

 若い女性と二人きりで(動物はいるけど)素顔で対面なんて、面倒ごとになる。


 そう言えば、ゴーシェ家の令嬢って、もう一人いたよな。

 妖魔の如く体をクネクネさせる、なんだっけ名前。

 都市伝説みたいな名前の、ヘンにけばけばしい女。ロア……?


 あの女も長女と名乗っていたが、まあいいや。

 ミーヤ嬢が眼鏡を渡してくれて、俺はほっとした。


 そんな俺に彼女は言った。


『綺麗なのに、勿体ない』


 忌み嫌われていた俺の赤い瞳を、綺麗だと言ってくれた……。

 俺は全身に、出力最大の雷魔法が打ち込まれたように感じた。


 彼女は命の恩人。

 よく雪だまりの中から、俺を救ってくれたものだ。

 感謝しながら、ミーヤ嬢と(動物たちも)一緒に、朝食を食べた。


 美味い! うますぎる!!


 湯気の立つスープは、トウモロコシをすり潰したものらしいが、絶妙な塩加減で五臓六腑に染み渡る。

 焼き窯がないので、蒸かしたというパンには、乾燥させた果物と砕いた木の実が入っている。バターの代わりにとチーズが添えられていたのだが、これまた美味い。


 恐るべきは、全ての食材をミーヤ嬢が一人で集め、干したり加工したりしたということだ。


 貴族令嬢の技ではない。本当に貴族の令嬢なんだろうか。

 しかもそれだけじゃない。


 室内はあちこちに毛糸のタペストリーが掛けられ、俺の寝所も毛糸の織物だ。

 暖かいわけだ。

 寒がりの俺が、この邸(小屋?)では寒さを感じないのだ。


 湯浴みを勧められ、浴室に入った。

 古い木の桶には綺麗な湯が沸いていて、体を洗う石鹸も用意されている。

 俺は任務と雪原での遭難で凝り固まっていた体を、ゆっくりと解した。


 浴室を出ると、ピョコタンとウサギがやって来て、咥えていたタオルを置いて行った。

 脱衣用のカゴには、真新しい下着(男性用)が置いてある。


 一人暮らしに見えるのだが、通って来る相手でもいるのだろうか。

 俺の胸がチクリと痛む。

 そりゃあ、これだけ何でも出来て、愛らしい妙齢の女性なのだから、婚約者がいても不思議じゃないけど……。


 寝所となっている部屋に戻ると、ミーヤ嬢はキノコみたいな形をした木の棒に、何かを巻きつけていた。


「あ、お帰りなさい」


 ニコッと微笑む彼女に、俺はまた、魔法矢で心臓を撃ち抜かれた気がした。


「あ、ありがとう……おかげで体の凝りが取れた」

「それは良かったです」


「あの、ミーヤ嬢は一体何をしている?」

「ミーヤとお呼びくださいませ。これは毛糸を紡いでいるのです」

「紡ぐ?」

「ええ。ウサギたちから毛を貰って、解して茹でて、これに巻き付けていくんです」


「それが、毛糸になるのか?」

「はい」


 ミーヤは、カゴに入った毛糸の玉を出す。

 それぞれのウサギの毛の色の糸が並んでいた。


「ところで、パドロス卿は……」

「フィーザと呼んでくれ」


「はい……フィーザ様は何故、当家の領地で遭難されましたの?」


 遭難、じゃないけど……。


「ここから少し先の山で、火を吹く魔獣が出たと連絡があり、俺が適任だろうと派遣されたのだが」

「なにゆえ、適任と?」


「俺の魔術が『氷結』だから」


「え……氷結の魔導士様が……雪原で、遭難したのですか……」


 目を丸くするミーヤは、ウサギのキョトンとした顔そのものだ。

 あ、なんか……。


 ヤバイ! 

 可愛い……。



「す、スマン。俺、寒がりなんだ。寒さに滅法弱いから、つい……」


 俺はミーヤから目を逸らした。

 顔が熱い。


 ミーヤはコロコロと笑う。


「え、やだ! 氷結の魔導士が寒がりなんて! 嘘みたい」


 しばらく笑い続けるミーヤを見て、俺もなんだか笑ってしまった。

 二人の笑い声につられたのか、山羊は「メエエエエ!!」と鳴き、鶏は「コケコッコー」と騒ぐ。

 ウサギたちは足元で、ぐるぐると回っていた。




 その後、俺は紙で鳥の形を折り、魔力を込めて王都へと飛ばした。

 ゴーシェ伯領地で休息を取ったと連絡したのだ。


 ミーヤは雪が止んだ屋外で、ポツンと立っている馬を見つけたという。

 俺が乗っていた馬らしい。

 馬も見つかり、出立することにした。


 だが……。

 後ろ髪を引かれる。

 まだ、ここに居たい。


 ミーヤの声を聞いていたい。

 もっと一緒に食事を摂りたい。


 こんな想いが湧いて来るなんて初めてだ。


 とはいえ、本部で報告しないと任務完遂にならない。

 危険手当も出ない。


 また会おう。

 その言葉を秘めたまま、俺は王都へと向かった。

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