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毛糸も自作して冬の準備

◇毛糸も自作です◇



 ミーヤは小屋に大量に蓄えてあった藁を自分で編んだブランケットもどきで包み、その上に寝っ転がった。

 手足を伸ばすと気持ち良い。


 好きな時に横になって、ウサギたちと戯れながら編み物をしたり本を読んだりする。

 ずっとミーヤが憧れていた生活だ。


 以前より、ミーヤは時々この「別邸」に一人で来て、薪や藁を備蓄していた。

 なんとなく。

 本当になんとなくだが、いずれ一人暮らしをするような予感があったのだ。

 というよりは、あの伯爵邸を逃れて暮らしたかった。


 さすがに食事を抜かれることはなかったが、ミーヤだけスープに具材がないとか、焼け焦げてしまった肉がお皿にド――ンだとか、地味な嫌がらせは受けた。

 後妻を迎えてからというもの、父は領地経営をほぼ放棄し、経理を後妻のレイラに任せるようになった。

 だが、そもそもそんな教育を受けていないレイラはミーヤに丸投げ。断ればウサギたちに何をされるか分からない。

 よって、家令に指導を仰ぎながら、ミーヤは税収計算やら、使用人の給与配布などを行っていた。


 ゴーシェ家の領地は他の同格の家よりも狭いが、主力の羊毛製品や、山羊から取れる食材の売り上げにより、それなりに財を築いてきた。

 ミーヤの母の実家は子爵家であるが資産家で、この国の王都や隣国で、商会をいくつも持っている。よって、流通ルートが確保出来ていたのだ。


 だが、母が亡くなってからは羊毛も山羊のチーズも生産が滞っている。

 ミーヤの父は母の財産で投資を始め、手間暇かかる羊や山羊を全部売り払ってしまった。

 現在は、母の実家との交流が途絶えてしまっている。


 後妻のレイラやロアナは、動物の世話などする気はない。毛糸から編み物や織物製品を作り出す技術(スキル)も持っていない。

 彼女たちは自分を綺麗に見せることに最大限の力を発揮していた。

 むしろ、ひっそりと家に残ったウサギたちを嫌い、何度も犬やカラスを使って傷を負わせたり、命を奪おうとしたりした。


 ミーヤは日中、ウサギたちを厩舎に預け、夜は邸で過ごした。

 不在の時間が長くなると、後妻たちが何をするか分からなかったからだ。

 ミーヤは飛び級して卒業資格を得ている。学園に通う必要はもうない。



「さてさて、これからは冬に備えて食料と薪と藁をたくさん蓄えないとね」


 ミーヤは自分で編んだ毛布を二枚かけ、ウサギたちに声をかける。


「寝るよ。おいで」


 耳をピンと立てた七匹のウサギは、ピョンピョコと毛布に入って来る。


「はあ、温かいね」




◇冬が来る前の準備◇


 別邸(という呼び名の小屋)に移り住んでからのミーヤは、毎日動き回った。

 本人はシャキシャキ動いているつもりだった。

 傍で見ていると、ノタクタ、ポヨ――ンとした動きに見えているが……。


 老齢の馬のための囲いを新たに作り、干し草を山のように刈り入れた。

 領地の一部で、ミーヤが密かに育てていた野菜を収穫する。

 馬やウサギの餌だけでなく、ミーヤが自分で食べる分もある。


 領地の農民からは、羊と鶏を一体ずつ譲り受けた。

 冬場は良質なたんぱく質確保が難しいのだ。

 鶏からは卵を、山羊の乳からは保存の利く乳製品を得ることが出来る。

 ついでに川で魚を釣り、捌いて干したりもした。


 これらは全て、ミーヤの母から教えられたことだ。

 母は季節の折々にミーヤを連れて小屋に来て、領民たちと触れ合う機会を作っていた。

 母も貴族の令嬢だったが、大地と共に生きる力を磨いていたのだ。


 夜はウサギの面倒を見ながら、ウサギたちの毛で紡いだ毛糸で編み物をした。

 ミーヤは絨毯やカーテン、隙間風を防ぐ壁掛け(タペストリー)などを編み続けた。

 冬を過ごすための衣類も増やし、雪の中外出しても濡れないように、外套に防水加工を施した。


 白い毛糸で作り上げたので、ミーヤが着ると、大きなウサギにしか見えない外套である。


 冬の訪れを告げる白い虫がふわふわ飛ぶ頃には、小屋の中には柔らかく、暖かい気が満ちていた。



◇その頃、ゴーシェ伯爵邸では◇



 当主のラスディ・ゴーシェ伯爵が、いつもより早い時間に、ドタドタと邸に戻って来た。

 投資先が一つ破綻し、結構な損が出たのだ。

 後処理をしなければならない。

 本邸は王都に近い場所にあるが、そろそろ冬の景色が近付いている。

 夜風が冷たい。


「お帰りなさいませ、旦那様」


 邸に入っても、どうも寒々しい。

 風邪でもひいたかと伯爵は思う。


「寒くないか?」


 出迎えた妻レイラに訊く。


「そうね、廊下は寒いの。だから」


 レイラは廊下を指差す。


「毛皮を敷いたのよ」


 ゴーシェ伯が見ると、うつ伏せに広がる、真黒な熊の毛皮が確かに敷いてあった。

 だが……。

 頭も手足の爪も付いている熊だった。


 ちと、悪趣味ではないか?

 踏んだら祟られそうだ。


「そ、そうか、毛皮ね」

「ほら、ミーヤさんが居た時は、編み物とか織物だけだったでしょ? 貴族なんだから毛皮をもっと購入しても良いと思うの」


 妻の言うことも一理あると思いながら、ラスディ・ゴーシェはため息をついた。

 足元の毛皮の熊の目が、動いたような気がしていた。


「それはそうと、旦那様?」

「なんだ」

「何やら顔色がお悪いですが」

「ああ、王立魔導士団の魔導士が一人、行方不明になったと聞いてな……」


 ゴーシェ伯は頭の中で計算しながら、自分に言い聞かせていた。

 多少の損などすぐに取り返せる。

 今まで、そうだったじゃないか。


 今までは……。


「ロアナは?」

「ブルーノ様とお出かけしているわ」



 そのロアナとブルーノは、宝飾店にいた。

 冬の社交用の買い物である。


「これカワイイ!」


 ロアナはブルーノの瞳の色に合わせて、エメラルドのネックレスを手に取る。

 その値段を知り、ブルーノは曖昧な微笑みを浮かべた。


 ロアナはおしゃれで美しい。連れて歩くと男どもが振り返る。

 それは満足しているし、なるべく彼女の希望は叶えてやりたいとブルーノは思っていた。


 何と言っても、ミーヤにキツく当たられていた、可哀そうな女性なのだから。


 だが、ロアナが新たな婚約者となってから、ブルーノの個人支出が爆増した。

 ミーヤとの会合は、互いの邸で過ごすだけだったが、ロアナは買い物や観劇を好むので、年中外出している。


 最初は新鮮だったが、あまりの浪費にブルーノの父から叱責を受けたばかりだ。


「ねえ、これ買ってくださる?」


 ロアナは胸の前で両手を組み、潤んだ瞳でブルーノを見つめる。


「ああ、いいとも」


 ダメとは言えないブルーノだった。

 お金の算段を考えながら、ブルーノが店外を見ると、御者が首元にマフラーを巻きなおしていた。

 ブルーノが与えた物である。


 元婚約者のミーヤから何かの折に贈られたものだった。

 貧乏臭い毛糸製品、しかもミーヤの自作など欲しくなかったのだが……。


 御者のほっとしたような表情が、ブルーノには妙に気になった。

七匹もウサギがいたら、大変だろうな、いろいろ……。

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