王宮の夜会・急の2
◇◇王宮のパーティ・急の2◇
魔導士団長と副団長が、それぞれの魔力を練っている。
後ろにいるミーヤには、二人の体が揺らめいて見える。
それが魔力の流れだとは、ミーヤはまだ知らない。
ふと、天井からするすると降りて来る、猿の様な顔をした黒い翼を持つものと、ミーヤは再び目が合う。
懐の子ウサギが歯を剥く。
ライルとフィーザの内に秘めた魔力が最大になった、その時である。
庭園に続く窓ガラスが大きく膨らみ、一気に弾けた。
会場内に霧が流れ込む。
視るからに毒々しいドドメ色をしている。
「ミーヤ! 鼻と口を押さえろ!」
振り向いてミーヤに指示するフィーザは見た。
子ウサギがミーヤの顔を覆うように、ペッタリと貼り付いているのを。
ミーヤは、緊迫感はあるものの、幸せだ。
なんてモフモフ!
柔らかい毛並み!
息が苦しいけど、幸せ。
ライルとフィーザは敵を察知する。
霧に紛れて、足音が近付く。
低い唸り声がする。
「殺すなよ」
ライルが低い声を出す。
「どうしろと……」
「凍らせろ! お前の唯一絶対領域だ」
「はいはい」
「『はい』は一回」
いきなり飛びかかってきた長い牙を持つ魔獣に、フィーザは氷柱の魔法をかける。
猪に似ている。
会場に、魔獣を内包する氷の柱がデ――ンとそびえ立つ。
「くそっ! まだ霧が消えないな」
眉を寄せるライルに、フィーザは言う。
「魔力のある小型魔獣がいるみたいです。ソイツが結界破って、大型魔獣を呼んでるんじゃないですか?」
「そういうの、早く言えよ!」
一方、国王と王妃の前に誘導された出席者たちは、国王の有難い御話を聞かされていた。
「魔獣は、剣で斬っただけではダメなのじゃ。生き返ってしまうからな」
「じゃあ、どうすれば……」
ざわつく出席者たちに、王妃も諭す。
「でも皆さん。恐れないでくださいね。魔獣を滅ぼすためには魔術が必要なの。幸い我が国には、そのために精鋭を集めた、魔導士団があるのですから」
国王と王妃の話を聞いた、レイラとロアナは、背中に汗が流れる。
「じゃ、じゃあ。間違って買ってしまった魔獣の毛皮って……」
「生き返るの!? 毛皮なのに」
ゴーシェ伯爵邸には、来歴不明な毛皮が、あちこちに置いてある。
なんか……。
ヤバイ気がする!
二人はコソコソ、出口に向かった。
さて、精鋭らしいライルとフィーザは、小型の魔獣に手を焼いていた。
すばしっこいし、宙に浮いている。
なかなか魔法が当たらないのだ。
小型魔獣に気を取られると、大型魔獣が現れる。
さすがの精鋭たちも、魔力の放出が続き疲労の表情になる。
そんな時である。
ミーヤの顔に貼り付いたままの子ウサギが、ミーヤに囁いた。
『イヤリング! お前の耳のイヤリングを、猿顔に投げつけろ!』
えええ?
前が見えないけど……。
あ、イヤリングは取れた。
『今だ! そのまま二時の方向に投げろ!』
感覚だけを頼りに、ミーヤは斜め前方にイヤリングを投げた!
ポコンという音がした。
見事、イヤリングは小型魔獣に当たったようだ。
「キシャアアアアア!」
耳障りな声を残し、小型魔獣は消滅した。
同時に霧も引いていった。
王妃のイヤリングが光る。
『国と國民を守るのよ、あなたのイヤリングは』
昔の友の声が、微かに聞こえた。
「ああ、ほら、精鋭魔導士さんたちの仕事が終わったようね」
霧が消えたら、子ウサギもピョ――ンと離れた。
顔中毛だらけになったミーヤのところに、フィーザが飛んで来る。
「大丈夫か?」
「はい」
ライル団長は、床に落ちたイヤリングを拾って、ミーヤに渡す。
「スゲーな、おい。ミーヤ嬢、それは一体……」
「母の形見です」
ライルは、イヤリングに込められた魔力の簡易鑑定をする。
一種の魔道具。
ただし退魔用。
こんな小さな物に、魔を祓う力を持たせるなんて……。
今の神殿の連中には出来ない技だ。
出来るとしたら……。
聖女……。
ミーヤはフィーザに、イヤリングを付け直してもらっていた。
「あれ? 上手くつけられない」
「あの、思いきり、ネジ締めてくださいね」
ミーヤもフィーザも、頬が赤かった。
ミーヤの母のことは、後で聞こうかとライルは思った。
同時刻。
ミーヤの実家、ゴーシェ邸。
調査に来た警吏官は証拠物品として、廊下のダッチなんとか熊と、それ以外の幾つかの毛皮を押収した。
「後日、王宮での尋問も予定されています。呼び出しに応じないと、捕縛されますのでご注意下さい」
警吏官はゴーシェ邸を出ようとした。
「うおっ!」
一人の警吏官が毛皮を落とす。
「おい、気をつけろよ。証拠品だぞ」
「いや、急に重くなって」
「バカ言うな」
手を伸ばそうとした警吏官が悲鳴を上げる。
紐で縛ってあった熊の毛皮がモコモコと動き、立方体になったと思ったら、いきなりガバっと立ち上がったのだ。
「「ぎゃあああ!!」」
「な、何事ですか!」
ゴーシェ伯も見た。
立ち上がった熊のような生き物が、邸のドアを突き破り、外へと駆けていったのを。
「た、タタリ……」
丁度、ゴーシェ邸には、王宮から逃げ帰って来たレイラとロアナが到着したところだ。
馬車から降りた夫人とその娘の前に、黒い何かが立ち塞がった。
「「え、なに?」」
黒い体を持つモノは、箒のような掌を振り下ろす。
レイラもロアナも、弾き飛ばされて意識を失った。
次話で完結します。多分……。




