王宮の夜会・急の1
◇王宮のパーティ・急◇
女性客の叫び声は、国王と王妃が座す場まで届いた。
だが。
両陛下は顔色一つ変えずに、パッと手を挙げ指示を出す。
楽団は演奏の音量を上げ、目立たぬように給仕の姿をした者たちが声の方へ向かう。
フィーザの肩には蝶が止まる。
よく見れば、紙で出来た蝶だ。
「すまないミーヤ。指令が来た」
ミーヤはコクッと頷く。
フィーザとミーヤは、礼を執り後方へと下がる。
王妃は、一瞬だけ何か言いたそうな顔をした。
「あの、フィーザ様」
「なんだい」
歩きながらミーヤは小声で、黒い翼のモノがシャンデリアに居たことだけ告げる。
「そうか……分かった」
更に後方から「きゃあ」という声が幾つも上がる。
悲鳴ではなく、歓声だ。
急ぎ足でフィーザが声の方へ向かうと、そこには、小さなウサギを抱いたライル団長がいた。
「よ――し、よし。イイコ良い子」
「何しているんですか、団長」
「うん? ウサギ抱いてる。子ウサギかな? どこから入ってきたんだろ?」
追いついたミーヤが恥ずかしそうに言う。
「すみません。それ、わたしのです」
「そうかそうか」
「あの、団長様のお邸に置いて来たのですけど……」
「ははは。パーティに来たかったのか、お前は」
小動物がいると、女性たちも皆笑顔になる。
先ほどの緊張感が嘘のようだ。
「ちょっとお! 何和んでるの!」
「そうよ! お母様は毛皮に噛まれたのに」
雰囲気をぶち壊す声を上げたのは、やはりミーヤの義母と義姉だった。
義母は首が真っ赤だった。
幸い出血はしていないようだが。
フィーザはふと、フロアに落ちている毛皮を拾う。
彼の眼鏡の奥が、ギラリと光った。
「毛皮って、これか?」
「そ、そうよ。噛まれたから、慌てて払い落したから」
ライル団長は「はい」とウサギをミーヤに手渡し、レイラを見る。
「お酒の飲みすぎじゃないですか?」
「し、失礼な!」
「でも、ゴーシェ伯夫人、これ、何の毛皮かご存知ですか?」
冷ややかな声で訊くフィーザに、レイラは胸を張って答えた。
「クロテンよ!」
喧嘩を売っているのか、この夫人と思いながら、フィーザは伝える。
「これ、魔獣の毛皮ですよ」
辺りがざわつく。
「「ま、魔獣!?」」
王都で魔獣の被害は、ここ十数年ないけれど、昔は何処の家でも、魔獣除け護符や武器が用意されていたのだ。
「あ――副団長。あんまり淑女の皆様を怖がらせないように」
「はあ……」
そう言いながら、ライル団長とフィーザは、互いに頷き合う。
彼らの索敵魔力が、近付く敵を察知した。
給仕姿の男たちに二人は声をかけ、パーティの客をフロアの中心へ誘導させる。
彼らは王家の暗部のメンバー。国王の命を受け、変装してどこにでも紛れ込む。
移動を始めたレイラとロアナにフィーザは小声で言う。
「魔獣の毛皮は、一般人が売ったり買ったり出来ない物ですよ。はっきり言えば、処罰対象です」
レイラは反論する。
「だ、だって毛皮の専門店で買ったのよ」
ライル団長は呆れ顔で告げた。
「そう言えば、不当な取引をしてた毛皮屋、捕まりましたねえ。買ったお客さんのトコにも、警吏官が行ってますよ」
音がするくらい息を吸い込んだ二人は、バタバタと不躾な足音を立てながら、出口を目指して行った。
「ミーヤも少し離れて」
フィーザの指示にミーヤは答える。
「そうしたいのですが、この子が……ここを離れないって……」
ミーヤが引き取った子ウサギが、歯をカチカチ鳴らしながら唸り声を上げている。
目も爛々と光り、とてもウサギとは思えない。
「それに見てください。この子の額……」
子ウサギの額には、小指より長いくらいの角が、ニョッキリと生えていた。
「「一角兎かよ!!」」
同時刻。
ミーヤの留守を預かるレミッシュは、残されたウサギや山羊や鶏の世話をしながら、横になって腹を掻いていた。
「わしの分身は、ちゃんとミーヤを守っているようじゃな。善きかな善きかな」
不敵に笑うウサギ大神様。
「しかしまあ、分身の角見て『一角兎』とか騒がれてなきゃいいがの……。あの角は、わしに情報を送るための、単なる送信器なんじゃが」
パーティ会場の後方は、近くのドアを開けると庭園に出られる。
ライル団長はフィーザに言う。
「いっそ、屋外でカタつけるか?」
「嫌です」
「なんで?」
フィーザは表情を変えずに、きっぱりと答えた。
「だって、外は寒いから」
仕方なく会場内に、視覚阻害の魔法をかけ、ライルは呟いた。
「もう帰って寝ろ」
ウサギもグルルと唸ります(実話
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