王宮の夜会・破
◇王宮のパーティ・破◇
間もなく国王と王妃が入場する。
「急げ!」
結界修復の指示を出す、団長のライルが檄を飛ばす。
結界は綻びが生じたら、一旦解除して、再度張り直さなければならない。
駆けつけたフィーザも、魔力を送る。
結果、あっという間に張り直しが終わった。
「さすが氷イタチがいると違うな」
「ヘンな呼び名増やさないで下さい」
会場にミーヤを残したままのフィーザは、気が気ではない。
「しかし、ウチの連中の張った結界が綻びるとは」
「何か、強力な魔物でも来ているのか……いや、見張っている騎士団から、そんな報告はないな」
魔導士たちの会話を聞いたライルとフィーザは、互いに顔を見合わせる。
「内部から……」
「出席者の中か、あるいは、他国の間諜が紛れ込んでいるかだ」
「俺は会場に戻ります」
「気をつけろ。陛下には進言しておく」
小走りに会場に戻ろうとするフィーザに、ライルは言う。
「おい、氷イタチ。いざとなったら、眼鏡外せ」
了解の代わりにフィーザは、氷粒を一つ、団長に飛ばした。
そして、何事もなかったかの様に、国王と王妃が入場した。
その後、壇上の両陛下に高位貴族から挨拶をしていく。
王妃の姿を見たミーヤは、どこか懐かしさを感じていた。
公爵家の後に、フィーザは並ぶ。
「え、フィーザ様って、確か……」
「ああ、ゴメン。パドロスは母方の姓なんだ。戸籍はアケボス家に入っている」
アケボス家と言えば、代々魔術省の大臣を輩出している名門侯爵家だ。
現アケボス侯爵は、嘗て「水流の貴公子」と謳われていた。
本来の家名を敢えて名乗らないと言うことは、それ相応の理由があるのだろう。
家族のことでは、頭の痛いことを多々体験しているミーヤだからこそ、理由をフィーザに訊くことはない。
「息災で何よりだ。フィーザ・アケ、じゃなかったフィーザ・パドロスよ。先日も火を吹く魔獣を討伐したそうだな。流石、『氷結のイモリ』だ」
「イモリが凍ったら死んじゃいますよ、陛下」
「なんだっけ、そうそう、イタチか」
「それも違います」
国王とフィーザのやり取りに、思わず吹き出しそうになったミーヤは俯いた。
「陛下。お若い方を揶揄うのは、その辺にしましょう。ねえ、フィーザ卿。お隣の愛らしい女性を、紹介して下さるかしら?」
ミーヤは顔を上げ、王妃を仰ぎ見た。
耳元のイヤリングがキラリと光る。
「こちらはゴーシェ伯爵家の……」
「ミーヤちゃん! ミーヤちゃんよね」
王妃の反応に、フィーザもミーヤも驚く。
「わたくしは、ミーヤちゃん、いえ、ミーヤ嬢の母上で、当時はソーニャ嬢とお呼びしていたけれど、彼女とは、学園時代同期だったの」
ほら、と言って、王妃は耳元のおくれ毛を上げる。
そこには、ミーヤが付けているイヤリングと色違いのものが、キラリ輝いていた。
「これはわたくしの成婚のお祝いで、ソーニャから頂いたの。『王妃になるのだから、あなたは絶対ダイアモンドを付けてね。私は同じデザインの、ブラックダイアを付けるから』って」
ああ、そうか。
王妃様と母は……。
お友だち、だったんだ。
だから、懐かしい感じがしたんだ。
瞳が潤んだミーヤを見て、フィーザは慈しむように、彼女の手を握る。
「実はわたしは、ミーヤ嬢と、こ、婚や……」
フィーザが顔を赤くしながら王妃に何かを言おうとした時だった。
会場後方から、叫び声が上がった。
その少し前。
「まったく、高位の方々は、陛下との挨拶が長いのよ!」
会場の後方で、レイラとロアナはガバガバ酒を呑んでいる。
ロアナはチラチラ、扉を見る。
婚約者であるブルーノが、まだ来ないのだ。
「今日は遅れそうだから、ゴーシェ伯爵たちと先に行って」
そのゴーシェ伯もまた、遅れると言っていた。
馬に乗り、何処かへ出かけて帰ってきた後、具合でも悪いのか、彼は部屋から出て来ない。
今夜はいくらなんでも、王宮へ来るだろうが……。
レイラがグラスを置いて、首を掻き始めた。
「どうしたの? お母様」
「ちょっと痒くて」
レイラの首は真っ赤になっている。
「毛皮で、かぶれたのかしら」
レイラが懇意にしている毛皮店は、隣国あたりから安く仕入れているらしく、他の店よりも三割程安価である。
『そんなに痒いのなら、痒みを止めてあげよう』
「え?」
レイラの耳に、何かの声が通り過ぎた。
その瞬間。
レイラの首筋に、激痛が走った。
ダメ親父とイヤな男は、どうしているのだろう?




