第50話 バリツ
「くらえ、八極光拳奥義! 菩薩掌!」
充分に距離を取っていたにも関わらず、赤マントの眼前にいきなり飛竜が現れた。
超超近距離から、一瞬にして無数の掌底が赤マントに叩き込まれる。
否。赤マントは常人ならまるで見えぬ速さのその攻撃を、左右の手で完璧にいなしている。
飛竜の切れ味鋭い攻撃は、避ける赤マントの退路を断つように、考えうるあらゆる角度からの連続攻撃となって赤マントを襲う。
「やるな、赤マント。だが、どこまで避けられるかな?」
突如、飛竜の右足が高く上がった。
そのつま先が、後退する赤マントの顎先を掠める。
「泰山夫君双蹴撃!」
ズズン!!
地震かと勘違いするレベルの激しい飛竜の振脚にフロアが揺れる。
接地直前に足から力を抜き、無事衝撃をやり過ごした赤マントに、飛竜の蹴りが襲い掛かる。
それはまさに暴風だった。
まるで演舞のように華麗で、だが悪魔のように苛烈な飛竜の左右の脚による連続蹴りが赤マントを襲った。
一撃でも食らえば、残る全ての蹴りを食らうことになる。
颯太の集中が研ぎ澄まされ、極限の感覚に到達する。
世界がゆっくりと流れる中、颯太も流れるような動きで避ける。避けまくる。
だが、凄まじいまでの十六連撃の最後の回転三段蹴りを躱した直後に伸びてきた飛竜の右の貫手が、赤マントの腹部に吸い込まれた。
「ぐっ!」
赤マントは苦悶の表情を浮かべながら、腹部を押さえ、飛び退った。
対して飛竜も、訝しげな表情を浮かべながら距離を取る。
「雨垂石穿。まともに食らえば腹に大穴が開くレベルの攻撃だが……この感触はスマホか? 運がいいな。だが衝撃は通ったはずだ。よく立っていられる。関心するよ」
「芯をずらしたからね。だがヘビヰ級ボクサアのストレヱト竝みには效ゐてゐるよ。實に素晴らしゐ。だがそれも……覺ゑた」
平静を装って軽口を叩くも、赤マントのその表情から、痛みに耐えているのが丸わかりだ。
勝利を確信したか、飛竜の顔に余裕の笑みが浮かぶ。
「ここまで受け切ったのは君が初めてだよ、赤マント。実に楽しかった。名残惜しいがそろそろ最後と行こう。見事凌いでみせろ!」
縮地で再度、一気に距離を縮めた飛竜が、腹部の激しい痛みに顔を歪める赤マントに襲い掛かった。
「八極光拳最終奥義・十界!!」
◇◆◇◆◇
飛竜の、手と脚、全身をフルに使った攻撃が赤マントに襲い掛かる。
一撃一撃に必殺の気が込められた、まさに対人抹殺用最終奥義だ。
だが、攻撃を仕掛けたはずの飛竜の顔が驚愕に彩られた。
「そんな馬鹿な! 無敗の我が拳が! こんなことが!!」
赤マントと飛竜の間に爆発のような衝撃が無数に起きる。
飛竜の、空間を裂くような鋭い手刀と蹴撃の嵐が連続攻撃となって赤マントを襲うも、まるで鏡写しのように正確に、攻撃を返されている。
「だから。小龍、紅花、而して貴君と、八極光拳を參人分も見たのだ。いい加減覺えるさ。貴君の奧義など、容易に想像つくといふものだよ」
スタミナが切れたのか、荒い息をしながらゆっくりその場に立ち止まる飛竜を前に、痛みが多少薄らいだか、余裕の表情で解説をした赤マントは、クルっと一周その場でターンをすると、懐から出したステッキを飛竜に突き付けた。
「では私のターンとゐふことでゐゐかな?」
次の瞬間、赤マントのステッキによる連撃が、嵐となって飛竜を襲った。
たった十秒。
その、ほんの十秒ほどの時間で、十界を遥かに上回る速度と威力で飛竜は突かれ、叩かれ、弾かれ、叩き上げられ、叩きつけられ、まるでお手玉のように空を舞った。
「夢幻泡影。我が陌捌つある祕技の中の壹つだ」
顔から身体からボロボロになってその場に崩れ落ちる飛竜に向かって、赤マントは言い放った。
だが、さすがに王財閥の後継者にして犯罪集団・王龍幫最高幹部の一人だけあって、王飛竜はこれだけの攻撃に気を失うこと無く、顔面をパンパンに腫らしながらも、激痛が走る身体をかろうじて起こした。
勿論、普段のクールなイメージはどこへ、といった感じに見るからにボロボロだったが。
「何……なんだ、今の攻撃は。見たことの無い武術だ……」
口の中まで腫れて上手く喋れないのを、飛竜は無理して喋った。
「バリツ。それが不敗の貴君を叩きのめした武術の名だ」
「何だと? 馬鹿な! それはフィクションのはずだ。実在するはずが無い」
「殘念ながらフヰクシヨンでは無ゐ。歴史の裏で祕密裏に受け繼がれてきたのだよ。さて。ではケジメをつけやうか」
赤マントが再度ステッキを引くと、飛竜の頬に雷の二連撃が走った。
「がぁっ!」
飛竜が頬を押さえる。
その頬がバツ印に裂け、そこから血が噴き出した。
◇◆◇◆◇
「そこまでだ!」
和谷光太郎率いる警官隊が会場に突入した。
招待客に機関銃を向けていた黒スーツたちも、ざっと倍の警察に囲まれて、大人しく銃を放棄し、両手をあげる。
「王飛竜、貴様を事情聴取する! 聞きたいことは山ほどあるんだ。大人しく来てもらうぞ!」
「フン、無駄なことを。何をしたところで私はすぐ解放される。王財閥を甘く見るなよ。捕まえてなどおけるものか。お前らに出来ることなど何も無い!」
赤マントの攻撃で目を腫らした飛竜は、警官たちに拘束されつつも、光太郎に向かって吐き捨てた。
その様子を見ていた赤マントが飛竜にそっと近寄ったかと思うと、至近距離からその目を覗き込み、ニヤっと笑いながらゆっくり言った。
「何も出來なゐつてことは無ゐさ。現に、不敗を謳う貴君の頬に、敗北の印を刻んだぞ? 而してその心にも、恐怖の感情が確實に刻まれたはずだ。だらう?」
余裕の表情の赤マントとは対照的に、飛竜の顔がみるみる発狂しそうな程、歪む。
「き、貴様! 赤マントぉぉ! うおぉぉぉお! 覚えていろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
会場中に響く絶叫を残し、飛竜は警官隊に連行されて行った。
飛竜が連れて行かれる様子を睨みつけるように見ていた光太郎が、振り返りざま拳銃を赤マントに向けた。
赤マントが反射的に両手を上げ、降参のポーズを取る。
「はて。何のつもりかな? それは」
「貴様も来て貰うぞ、赤マント。その正体。背後。洗いざらい話して貰うぞ!」
少しずつ移動しようとした赤マントの動きを光太郎が銃で牽制する。
だが、赤マントは独楽のようにクルっとその場で回転すると、光太郎の手から銃を弾き飛ばしがてら、スカイラウンジの巨大窓に向かって持っていたステッキを投げつけた。
ガッシャーーーーン!
赤マントの投げたステッキがスカイラウンジの窓に当たると、それ程早い速度では無かったにも関わらず、見る間にその表面に蜘蛛の巣状のヒビが走り、次の瞬間、ガラスは豪快に飛び散った。
超高層から夜空に向かって破片が大量に落下する。
「嘘だろ……、あれ、厚さ十センチもある強化ガラスだぞ……」
思わず顔を庇ってその場に跪く光太郎の耳に、近くで茫然と呟くウェイターの声が聞こえた。
「私は此邊りでを暇するとしやう。では皆さん、ご機嫌やう」
背中に羽織ったマントをバサっと払いつつ優雅に言い放った赤マントは、一気に割れたガラスの方に走り、躊躇い一つ見せず夜空に飛び出した。
「あ、赤マント!!」
光太郎は慌てて走り寄り、割れたガラスから外を覗き込もうとするも、恐怖に直前で立ち止まった。
風が猛烈に吹き込む。
そもそもここは地上三百三十メートルの超高空だ。落ちたら確実に死ぬ。
だが、光太郎はその目で見た。
背中からジェットを噴出して夜空を飛ぶ赤マントの姿を。
知らず光太郎の口元がニヤける。
「奴はドリームブリッジから逃走するつもりだ! 追跡するぞ! みんな急げ!」
救助隊やホテルスタッフがパーティ会場にどやどや入ってくる中、警官隊を先に行かせた光太郎が振り返ると、そこに雷門が立っていた。
光太郎は微笑む雷門に近寄ると、ハイタッチを交わした。
「先輩は赤マントの関係者なんですね?」
「そういうことだ」
「赤マントは何をしようとしてるんですか?」
「この街を守ろうとしているのさ。お前たち警察が出来ない非合法な手も使うが、その思いは常にこの街の平和だ。警察の手に負えない事件が起きた時は俺を呼ぶがいい。赤マントに渡りをつけてやる」
「考えておきます。それでは!」
光太郎は部下を追って、エレベーターに飛び込んだ。
◇◆◇◆◇
夜空を飛ぶ赤マントはその飛行ルートをドリームブリッジに合わせ、ゆっくりと高度を下げた。
赤マントの動きに合わせるように、その真下を真っ赤な外国車が走る。
REDカーだ。
屋根が開くと、中のシートに座る三人の少女が一斉に手を振る。
赤マントは運転席に降り立つと、自動操縦をカットし、自身でハンドルを握った。
同時に屋根が閉まる。
「みんなご苦労様。後は帰還するだけだ。もうひと踏ん張りするぞ!」
「はーい!」
三人の少女の嬌声が車の中に響いた。




