第26話 見舞い
「なっちゃんサンキュ! ってあっれぇ? お前らなんでここに来たんだ?」
「ちょっと颯ちゃん、皆さんお見舞いに来てくださったのよ? もうちょっとシャンとしなさい!」
二十畳ほどの広さのリビングでソファに寝っ転がってマンガを読んでいた颯太は、夏希の叱責にビックリして起き上がった。
髪も寝癖が付いているし、まさに起き抜けといった感じで、ダボダボのグレーのスウェットの上下を着ている。
「着替え、ここ置いておくわよ。私、ちょっとお茶淹れてくるわ。あんたその間、お相手なさい」
「なっちゃん? 何がどうなってるのさ!」
台所に行きかけた夏希が振り向きざま颯太の頭をゲンコツで殴りつけた。
「痛ぇぇぇ!!」
「女の子泣かせんじゃないわよ!」
颯太は台所に行く夏希を呆然と見送った。
「怖ぇぇ……」
三人娘がソファに座った颯太の前にひざまずく。
「怪我、見せて」
「んあ? んーー」
千尋の真剣な目に負けて、颯太はスウェットをめくって腹の辺りを見せた。
三人が息を飲む。
颯太の腹は、真っ白な包帯でグルグル巻きにされていた。
完全には傷が塞がっていないようで、その中央が微かに血で滲んでいる。
「腹から背中まで刀でブッスリ刺し貫かれた。海東総合病院の院長先生が祖父ちゃんの同級なんだけど、内緒で縫ってくれて傷は塞がった。痛み止めが効いているから今はそんなに痛くない。一週間は安静にってことだけど、月曜には学校行けるだろ」
「わたしのせいだ。ごめん……なさい」
正座しながら、千尋がポロポロ涙をこぼす。
「和谷クン、何でそんな事になったのか教えてくれない?」
嗚咽する千尋の背中を優しく撫でながら、沙良が颯太を問いただす。
そこへ、お茶をお盆に乗せた夏希が白衣姿の達郎と一緒に戻ってきた。
「お嬢さんたち、秘密は守れるかね?」
「え?」
達郎の真剣な表情に飲まれたのか、三人娘が慌ててお互いを見る。
「颯太。このお嬢さんたちは既に一連の騒動に巻き込まれておる。事情を知りたかろうさ。それに、信頼していいのだろう?」
「あんまり巻き込みたく無いんだけどな」
「どちらにしても我々だけでは手が足りない。この子たちなら、うってつけだろう? 君たち、秘密を守れるかね?」
「勿論です。何を打ち明けられても、誰にも喋りません」
沙良がキッパリ断言する。
桜花と千尋も頷く。
「決まりじゃな。では、研究室に移動しようか」
達郎は夏希の持ったお盆から自分の湯呑みを取ると、一気に飲み干した。
◇◆◇◆◇
「何これ……」
三人娘は、達郎、夏希、颯太に続いて、和室に隠されていた仕掛けを使い、秘密の研究室に入った。
四十畳ほどの研究室は、颯太が子供の頃入ったときとは、かなり様変わりしていた。
部屋の壁に沿って、何かを観測中のモニターや実験器具が隙間なく並んでいる。
中央に応接セットが置いてあるが、目を引くのはやはりその奥。
部屋の一番奥。
達郎が使っていると思しきデスクトップのPCの乗った大きな机の後ろだ。
そこには個人が所有するとは思えないほど、ちょっとしたロッカー並みの大きさをしたスーパーコンピューターが五個、ズラっと並んでいた。
「各自、好きな席に座ってくれたまえ」
達郎に促されて全員が応接セットに座ると、部屋の隅に置いてあった七十インチのモニターが自走して応接テーブルの前に来る。
ビックリして目を丸くする三少女を尻目に、颯太はテーブルの上に置いてあったリモコンを動かした。
途端にモニターの電源が入り、そこに、PCに向かって仕事中の中年男の姿を映し出した。
画面の向こうに座った還暦間際といった感じの頭が薄くなった中年男が、接続されたことに気付き、目を細める。
「あぁ、お義父さん、では、その子たちは合格なんですね?」
「うむ。夏希もしっかり調べてくれたみたいだし問題無かろう。説明してやってくれんか? 和彦君」
「分かりました」
和彦がこちらに向き直る。
「初めまして、お嬢さんがた。私は赤石和彦。そこにいる赤石夏希の父で、颯太の叔父です。湾岸エリアにある海東エンタープライゼスはご存知かな? そこの社長をやっているんだ」
「世界的玩具メーカーですよね。知ってます!」
即答する桜花に、和彦が満足そうにうなずく。
「うむ。その海東エンタープライゼスは、前身を和谷商店といって、何気に三百年の歴史を誇る老舗なんだが、創業当初は廻船問屋だったんだよ。そしてそこの初代が和谷惣助。つまり、和谷家のご先祖様ってわけだ」
「颯太クンが老舗の御曹司?」
三少女がビックリして颯太の方を振り返る。
颯太が夏希の淹れてくれたお茶を飲みながら、黙って肩をすくめる。
「お父さん。うちの紹介はいいから、この前颯ちゃんの取ってきた石の欠片のデータを見せてよ。もう結果は出たんでしょ?」
「夏希は結論を急いでいけない。そちらのお嬢さんたちが付いてこれないと困るだろ? 颯君がそちらの橘千尋君の依頼により、フロートアイランドに囚われていた知り合いの安藤祥子さんの救出に行ったのが、あー、一昨日の深夜一時頃の話だ」
「え?」
「橘さん?」
桜花と沙良が、血相を変えて千尋を見る。
千尋が申し訳なさそうにうつむく。
「颯君が若干怪我をしたものの、救出は無事成功し、囚われていた人たちは今、海東総合病院で治療を受けている」
「あそこの院長は私の同級でね。毎年の寄付もあって、多少の無理は効くんだ」
達郎が口を挟む。
「軽い衰弱状態に陥っていたようだが、怪我をしているでも無し。皆もう今日明日中には自宅に帰れるそうだよ」
和彦の説明に、千尋がホっとした表情をする。
後で祥子に連絡を取るつもりなのだろう。
「だが。実は一つだけ異常が発覚した」
「え? 異常、ですか?」
何が起こったのかと、思わず千尋の顔が固まる。
「囚われていた人々全員に記憶の欠損が見られたんだ。ちょうど海東総合病院は心療内科もあるからね。退行催眠をかけて貰った結果、全員、何らかの暗示を受けていることが分かった」
「で、それに関係することでもあるのじゃが……」
達郎が会話を引き取る。
「颯太が取ってきてくれた、フロートアイランドで採掘されていた鉱石。その成分から、薬物のような幻惑作用を含む物質が強く検出された。科学警察研究所にいる協力者の元に急ぎ持ち込んだところ、強力な暗示効果が発生することが分かったんじゃ」
「ってことは、あの施設はドラッグの採掘場だったってわけか。やれやれだぜ」
颯太は思わず、ため息をついた。




