第2話 ヒーロー始動
「こちら颯太。位置に着いたよ、祖父ちゃん。いつでもどうぞ」
十八歳の少年、和谷颯太は、双眼鏡を覗きながら右耳に付けたインカムに向かって話し掛けた。
彼の視線の先には、どこまでも続く碧い海が広がっている。
颯太が今いるのは、海東公園と言って、ここ海東区の代表的な観光スポットだ。
山が丸ごとそっくり公園になっており、とりわけ今彼のいる高台は、植えられた様々な色の花越しに眼下に広がる海を見れるという、人気の絶景スポットとなっている。
ちょうど今日は週末土曜日なので、園内は朝から区内外からの観光客でごった返しているところだ。
暖かな海風に吹かれ、颯太の無造作爽やかサラサラヘアーがなびいている。
その下から、ヤンチャそうなアーモンドアイが覗く。
百八十センチ近くある高身長な上に、普段からの運動の成果で見事な細マッチョ体型となっており、更にその上に乗っかる甘いマスクとのコントラストで、颯太は実にモテる。
実際、彼がこの公園に来てから、何人もの女性たちが声を掛けてきた。
忙しいんで、と全てすげなく断ってしまったが。
颯太は普段、街中にある高校に通っているが、この近くに祖父の家があるという事情もあって、この公園は学校帰りにしょっちゅう訪れる場所となっている。
まぁ、訪れる、というよりは、公園の中を通るのが祖父の家に行く近道になっているというだけの話なのだが。
だが、陽キャな見た目に反し恋愛面で硬派な颯太にとって、ナンパがうざったくなる週末は、基本絶対に近付かない。
その為、週末に祖父の家に行くときは、えてして自転車で別の道を通る。
にも関わらず颯太が今ここにいるのは、祖父の提示した実験場所がここだったからだ。
適度に遮るものがあり、今回の実験の場所として最適だから、という理由で今回ここが選ばれたのだが、お陰で颯太は朝から内心、あまり機嫌がよろしくない。
他ならぬ祖父の頼みであるということと、その懐から出るお小遣いのお陰で、なんとか機嫌を保っているところだ。
――景色は綺麗なんだけどな。
颯太の視線の先を、波を切って観光船が進んでいく。
と、颯太のインカムに老人の声が飛び込んできた。
『こちら達郎。待たせたの。えーっと……距離は約二百メートル。風向き、南西一メートル。ふむ。まぁこれなら影響ないじゃろ。では早速、音声遠隔変換装置の実験を始めるとする。まずは颯太、ワシに照準を合わせい』
颯太の位置から双眼鏡を使用してギリギリ見える、公園の東屋に陣取った老人、和谷達郎が、テーブルに置いたPCを見ながら、頭に付けたインカムで指示を出した。
こちらは、還暦を優に越えていそうな、髪がロマンスグレーに染まった、やたらとハンサムな老人だ。
何の変哲も無いジャケットとチノパンの組み合わせを着ているだけなのだが、百八十センチの高身長で、長い足を優雅に組んでいるからか、まるで雑誌のモデルに見える。
西欧の血が入っているので、彫りが深い顔立ちをしている。
若い頃は相当モテただろう。
達郎に西欧の血が入っているということは、当然その孫である颯太にも西欧の血が入っているはずだが、残念ながら颯太は純日本人風、アイドル顔だ。
颯太のところに来るまでに、相当、血が薄まったとみえる。
それでも、颯太がハンサムなことに変わりは無いが。
指示を受けた颯太がスマホを操作すると、画面に三次元マップが現れた。
画面をスワイプしつつ、ターゲットマークを二百メートル離れた祖父に合わせ、固定する。
「照準合わせ、完了」
『よし、ではこちらはインカムを切るぞ。予定通りの順番で頼む』
双眼鏡の中の祖父がインカムを外してテーブルに置くのを確認した颯太は、再度スマホを操作した。
二つ目のターゲットマークを祖父のすぐ右横にセットする。
『まずはA地点。聞こえる?』
PCで波形をチェックしていた祖父、達郎の右耳の近くにいきなり若い女性の声が発生した。
達郎が思わずビクっとして振り返るも、当然のことながらそこには誰もいない。
「分かっていてもビックリするぞ、これは。音声変換も問題無し。ちゃんと女性声だ。こっちの声も聞こえているな?」
『聞こえてまーす』
女性の声が耳元に返ってくる。
本来、二百メートルも離れた位置にある颯太と達郎が何らかの機械も使わずに会話をすることなど不可能なはずなのだが、音声遠隔変換装置のお陰で、ターゲッティングした達郎の声がピンポイントで颯太のインカムで拾えるようになっている。
何という発明だろうか。
『じゃ次、B地点を頼むぞ』
「了解」
颯太はスマホを再度操作した。
今度はターゲットマークを達郎の真後ろに持っていく。
『これがB地点ね。どう? ちゃんと聞こえてる?』
今度は達郎の背後から地の底を這うようなおどろおどろしい老婆の声がした。
「ひぃ!」
『祖父ちゃん、ビックリしすぎだよ。自分の発明でしょうが』
老婆の声が呆れた色を帯びる。
当然のことだが、喋っているのは颯太だし、その声が聞こえているのも達郎一人だ。
たまたま東屋の近くと通る人にも、老婆の声など全く聞こえない。
ターゲッティングした相手にしかその声は聞こえない。
「いやいや、分かっとるんじゃがな? まだ昼間だからいいけど、これを夜中にやられてみぃ。腰を抜かすぞ」
こうしてパターンを幾つか試行し、無事、今日の実験は終わりを迎えたのであった。




