第11話 戦闘
男は、なかなかに厳つかった。
二メートル越えの長身に筋骨隆々で逆三角形の身体。
黒のワイシャツにグレーのスラックスとチョッキを着た大男は、ズボンのポケットから皮グローブを出すと、両手に着けた。
颯太は見逃さなかったが、右拳も左拳も、見事に拳ダコで盛り上がっていた。
それ相応の期間、修練を続けた者で無ければ、ここまでの拳ダコにはならない。
まさに暴力のプロ。
つい今しがたまで昼寝をしていたようで、暴力屋としての感覚がまだ全開で無さそうなのが幸いだ。
「誰だと聞いている」
スキンヘッドの男が腰を軽く落とし、左掌を前に、右拳を腰の辺りで固定した。
次の瞬間、いきなり颯太の眼前に男の拳があった。
「うわっ!」
五メートルの距離を一瞬で詰められた。
縮地だ。
反射的に足の力をスっと抜き、その場にしゃがんだ颯太の頭上を、男の右拳が通り過ぎる。
頭頂部の髪の毛が数本持っていかれるのが分かる。
意表をつくような颯太の回避行動だったが、男の目は完全に颯太を捉えていた。
男の左足が高く上がると、刀のような鋭さで落ちてきた。
踵落としだ。
颯太は躊躇なく両手を床につき上下逆転状態になると、ブレイクダンスのように脚を回転させながら、周囲に向かって蹴りの嵐を起こした。
踵落としを途中で弾かれた男が、飛び退る。
颯太もその動きに合わせ、体勢を立て直しながらバックステップで距離を取った。
「……面白い技を使うな、兄ちゃん。そりゃカポエイラか? それとも躰道か? 威力も申し分無い。曲芸としちゃ大したもんだ」
「ははっ。似てるけどちょっと違う。オッサンも凄いよ。実戦空手だね?」
「比嘉風間流。沖縄でも知る者はほとんどいない流派だ。だが主系統と離れている分、動きに予想がつかず、攻略は難しいぞ?」
「まぁそうだろうね。でも……覚えた」
颯太がニヤリと笑う。
対象的に男は、颯太のその『覚えた』という言葉の意味が分からず、訝しげな表情を浮かべながらも、準備運動のつもりか颯太から視線を外さず軽く肩を回した。
ゴキゴキ音がする。
どうやら眠気は完全に去ったらしい。
「ふむ。察するに反対派議員を助けに来たってところか? それでヤクザの事務所に襲撃を仕掛けるとはいい度胸をしている。気に入ったぞ」
「下にいるのはあんたの手下かい? 子供を攫うのはどうかと思うよ?」
「子供? 議員を連れてきたんじゃないのか? 丁寧に説明するだけのはずだったのに、アイツら何をやってるんだか。後で叱っておくよ。迷惑を掛けたな」
男が再び腰を軽く落とし、左掌を前に、右掌を腰の辺りで固定する。
闘気がみるみる膨らんでくる。
準備運動は終わったようだ。
「先に名乗っておこう。俺は風間修二。この鶴田金融を任されている者だ。兄ちゃんは……いや、倒してからのお楽しみとしよう。ではいくぞ!」
風間の身体がわずかに前傾すると、一気に距離を詰めてきた。
さっきと同じ技。縮地だ。
だが、今度は接近の途中で攻撃が蹴りに変化した。
颯太は迫る蹴りにそっと手を当て、その軌道を反らした。
着地した風間が颯太に向かって左足による後ろ回し蹴りを放つ。
颯太はそれを少しだけ下がって避けた。
颯太の眼の前を、唸りを上げて蹴りが通り過ぎる。
次の瞬間、通り過ぎたはずの左足がスイッチし、前蹴りとなって返ってきた。
これが風間の決め技なのだろう。
避けたと思って油断したところを、正確な反対軌道で返ってきた攻撃が襲う。
――ここだ。
颯太は風間の前蹴りを右掌で受けると、軽く捻った。
「な、なんだ!?」
百キロは優に超えていそうな風間の巨体が空中できりもみ状態になる。
何をどう力が加わったものか、体重を考えればすぐその場に落ちるはずの風間の身体が、重力に逆らってそこに浮き続ける。
颯太はそっと握りしめた右拳を前に出すと、風間の腹が颯太に向いた一瞬を狙い、剄を放った。
「がっ!!」
颯太の発剄が無事通ったようで、風間は一瞬で吹っ飛び、壁に叩きつけられてその場に崩れ落ちた。
念の為に確認したが、白目を剥いている。
完全に気を失ったようだ。
颯太はホっと一息つくと、そっと部屋を出て階下に向かった。
睡眠ガスのお陰で一時間は起きないはずだが、万が一があっては困る。
颯太が一階に着くと、そこは街金のオフィスになっていた。
ガスが効いたようで、ソファに、カウンターに、床にと、思い思いの格好で、十人あまりの風体の悪い輩が倒れている。
桜花は奥のソファに寝かされていた。
気を失っているだけで、特に乱暴はされていないようだ。
颯太はインカムに向かってひと言ふた言、話し掛けると、桜花を肩に担ぎ上げ、店舗の奥にあったドアの鍵を開けて外に出た。
そこは、裏通りに繋がっていた。
すぐに近くで待機していた達郎の車が滑り込んでくる。
颯太は後部座席を開けると眠ったままの桜花を両親に渡し、助手席に乗り込んだ。
颯太が助手席のドアを閉めると同時に、達郎は車を発進させる。
桜花の両親の感謝の言葉を背中に受けながら、颯太は軽く目を瞑った。
◇◆◇◆◇
佐倉一家と別れた後、達郎は颯太を家まで送るべく再びハンドルを握った。
眠そうにしている颯太に、達郎が話し掛ける。
「佐倉議員から聞いた話なんだが……」
「んあ? 何?」
颯太がアクビ混じりに返事をする。
「颯太は『アーバンフィールド海東』構想を知ってるか?」
「旧市街跡に日本最大級の大規模ショッピングモールを作る計画だろ? 海も少し埋め立てるんだよな。知ってるよ」
この話自体は颯太も知っている。
TVでも度々取り上げられているし、実際、埋め立て工事は既にスタートしている。
「では、そこにカジノタウンを併設する計画は?」
「は? 何言ってんだよ。オレ、完成予定図見たけど、ギッチギチで余分なスペースなんか無かったぞ?」
信号で車が止まる。
達郎は、裏も取っていない聞いただけの話をどう咀嚼して颯太に伝えればいいか、考えあぐねているようだ。
「佐倉議員から聞いた話では、駐車場の一部を削って映画館一個分の場所を確保して、そこにカジノビルを建てるという話らしい」
「映画館一個分? オレ、都心に遊びに行ったとき、ビル一棟丸々ゲームセンターってのを見たことあるぜ? その程度の建物、都会じゃ珍しくも何ともない。いくらカジノって言ったって、そんなチンケなレベルじゃロクに集客できないよ。そのスペースで温泉施設を拡張した方が、よっぽど儲かるぜ」
颯太が呆れ顔で肩をすくめてみせる。
信号が青に変わったので、達郎はまた車を走らせ始めた。
「わしもそう思う。佐倉議員も同意見じゃ。ゲームセンターに毛が生えた程度のカジノでは、治安が悪くなるだけで費用対効果が全く見込めん、作るだけ無駄だと反対したらしい。全くもって、ごもっともな話じゃな」
「でも、その程度の理由で反対派家族の拉致までやるかなぁ」
「それじゃ。旨味が全く無いものを、なぜ反対派を強引に黙らせてまで作らせる必要がある? この話には何か裏がある。まだワシらの知らぬ何かがな」
颯太は窓の外を眺めた。
反射する自分の顔越しに、夜景が見える。
この一見平和な海東区で何かが起こっている。
颯太は考えながら、眠気に負けて目を瞑った。




