悪役令嬢に生まれ変わったようなので、お望み通り退場してあげましょう
貴族の学園を舞台にした乙女ゲーム。平民出身のヒロインが貴族の攻略対象たちと結ばれるのは、王道と呼ばれるよくある展開。そんな乙女ゲームには、ヒロインの嗜め役……悪役令嬢の登場も鉄板ネタで。そしてそんな悪役令嬢に転生する……という話も、もはやありきたりなネタだと思っていた。
そう。自分がその立場になるまでは。
初めましてこんにちはこんばんは。気が付けば悪役令嬢アリシア・レヘインに転生していた、しがない元日本人です。どうも。
いや、確かに読んだよ、悪役令嬢に転生する話。小説でも漫画でもたくさん読んだ。攻略対象に振り向いてもらうために頑張ったり、開き直って関わらないようにしたり。そうやってゲームとは違う幸せを、ゲーム以上の幸せを得る話を、いっぱい読んだけどさぁ……
目の前に大好きだった攻略キャラがいて。
その人は自分の婚約者で。
好きなキャラに好きになってもらえるように、悪役にならないように。
子供の頃から勉強も仕事も頑張っていたのにだよ。
可愛い以外にとりえのないぽっと出のヒロインに惚れてへらへらしているのを見て、冷静でいられるわけがないでしょ!!
「はー、ムカツク」
口から零れた言葉は、侯爵家の令嬢としてはありえないものだ。けれど、回りにいる令嬢たちは気にすることもなく、一斉にうんうんと頷いてくれる。
「うちの婚約者もだよ。ほんと無理」
「ヒロインまじ滅んでほしい」
「何年このゲームの世界で生きてるんだ、って感じ。ゲーム感覚抜けてないんでしょうね、あれ」
「ありえなーーい」
私の周りには4人の令嬢。会話を聞いてお判りかもしれないが、全員が前世の記憶持ちだ。
始まりはいつだったか。時期は覚えていないが、きっかけは覚えている。何をどうあがいてもゲーム通りに進む学園生活に悪態を口走った時。攻略対象を兄に持つクレア伯爵令嬢が、血相を変えて話しかけてくれたのだ。
そこからは芋蔓式に仲間が見つかった。攻略対象の幼馴染のエミリー子爵令嬢。私と同じく攻略対象を婚約者に持つケイト伯爵令嬢。そして攻略対象の護衛をしているジュディス騎士。ジュディスだけ貴族ではないし、年齢も学年もバラバラな私たち。けど、みんな攻略対象の関係者で、元日本人で、そしてこのゲームの元プレイヤーという共通点を持っている。
過去にいろんな小説やマンガを読んだ私だけど、ここまで前世の記憶持ちが集まっているのは珍しいと思う。そして私たちは、ヒロインもまた前世の記憶持ちだと考えていた。つまりは合計6人の前世持ち。多すぎるでしょ、普通に考えて。
みんなの愚痴を聞きながら、スコーンを一口。おいしい。ジャムの甘みが身に沁みる。
「アリシア、見た?」
「何を?」
元日本人という気安さから、このメンバーでいる時はお互いにタメ口だし、敬称もつけたりしない。気軽に答えながら、私はまたスコーンに噛り付く。
「殿下。この間ついに最終イベント発生して、陥落したみたいだよ」
「あらま」
まぁ、そうなるだろうな、とは思ってた。これまではゲーム通りに進んでいたし、殿下の好感度も高そうだった。最終イベントは時間の問題だと思っていた。
思ってたから、それは別にいいんだけど。私がむかついているのは他の事だ。
「クレアのお兄さん、エミリーの幼馴染が、最終イベント発生してるのは見た」
「はぁ!? あの馬鹿兄、ほんと見る目ないな」
「これもゲームの強制力ってやつなのかねぇ」
それぞれに悪態をつき、取り繕うことさえ諦めた表情は嫌悪に歪んでいる。だよねー、わかるー。
このゲームには逆ハーレムは存在しない。あるのは複数キャラを同時に攻略できるシステムだけだ。つまり、攻略キャラ全員の好感度が高ければ、それぞれの恋愛EDが発生する。前世では、何人まで同時に攻略できるか試す人も多かったけど……
それはあくまでもゲームだから許された話。現実で二股どころか三股も四股もすれば、それはただの浮気にしかならない。
そんな簡単なことを、あのヒロインはわかっていないのだ。
「みんな計画は順調?」
今現在。ヒロインと攻略キャラ5人の好感度はかなり高いと見ていい。おそらく、卒業式までに全員のイベントを回収し、全員と恋愛EDを迎えることになるだろう。
その行程で行われるだろう、殿下と私との婚約破棄イベント。私から見れば最悪の、ヒロインから見れば最高のイベントだ。このイベントがなければ、殿下との恋愛ED……つまり、婚約EDにはたどり着けない。
だが、やられっぱなしになるつもりは毛頭ない。もちろん、私だけじゃなく皆も思いは同じだ。
私の質問に、みんなが浮かべるのは意地の悪い笑顔。それを見て、私も同じ種類の笑顔を浮かべる。
さぁ、ヒロイン。覚悟はいいか。これぞ悪役令嬢という姿を、とくとご覧にいれようじゃないか。
そして月日は流れ、始まった卒業式。私たちの予想通り、婚約破棄イベントが始まった。
「アリシア・レヘイン! 私はお前との婚約を破棄し、新たにリリーと婚約する!」
殿下が放った言葉に、会場中が一気に騒がしくなった。まぁ、こんなことを卒業式の会場で言い出す王子ってね、終わってるよね。ゲームだから許されたけど、現実だとありえないよね。わかるわかる。
だから、もっとちゃんと終わらせてあげないとね?
「理由をお聞かせ願えますか」
「私は真実の愛を見つけたのだ」
真実の愛。真実の愛だって。ゲームのシナリオが? ハッ。おかしすぎて、表情さえ取り繕えないわ。
殿下は恍惚とした表情をしてたけど、私はかなり馬鹿にした顔になっただろう。口元は扇で隠していたとはいえ、目尻が下がったのが自分でも分かった。それを見逃さなかったのだろう。殿下はビシッと私を指差して、更なる言葉を叫び続ける。
「それだけではない! お前がリリーを苛めていたことはわかってるんだ!」
「例えば?」
「リリーの着替えを捨てたり、わざとぶつかって怪我をさせたり、散々嫌味を告げたりしていただろう!!」
うんうん。ゲーム内のアリシアはそんなこともやっていたかもね。でもね、殿下。
「身に覚えがありませんわ」
だって私は悪役令嬢になんてなるつもりはなかった。さらに言えば、今はもう殿下に興味もない。ヒロインを苛める理由もないんだけど、殿下にはそんなことさえわからないんだろう。
でもまぁ、これはゲームのシナリオ通り。ゲーム内の殿下も同じ言葉を告げ、アリシアも同じ言葉を返していた。だから、次に殿下が紡ぐ言葉もわかっている。
「よくもそんな嘘を平然と。証拠の品も揃っているんだぞ!」
「へぇ。破れた教科書? ボロボロの靴? それとも、リリー様が怪我をした診断書かしら?」
「っ!! やはり全て貴様の仕業ではないか!!」
ああ、やっぱりそう来るのね。ゲーム通り過ぎて面白くもないわ。
パシンと扇を閉じれば、殿下がわずかにたじろいだ。それしきの度胸で私に喧嘩を売るなんて、ほんと、どうかしているわ。これもゲームの強制力とでもいうのかしらね。
さぁ、ここからはゲームのシナリオから外れさせてもらおうか。
「リリー様のおっしゃることには全く身に覚えはありませんが、婚約破棄はお受けしました。元々私も気乗りしない婚約です。真実の愛とやらに目覚めたのでしたら、今すぐこの場で誓約書をくださいませ。こんな場で言うのですもの。もちろん、用意なさっておいでですよね?」
「無論だ!!」
ふふ、裏から手を回した甲斐があったわ。殿下が胸を張って取り出した紙が、今の私には喉から手が出るほど欲しい書類だった。
受け取って、中身を確認する。婚約破棄する旨と、殿下のサインが書いてある。保障については何も書いてないけど、まぁいいだろう。殿下にとっては悪者は私。損害賠償を請求されないだけマシだと思おう。
「確かに。私もここに一筆。……はい、婚約破棄です。おめでとうございます、殿下」
「あ、ああ?」
署名したものは、殿下には返さない。近くにいた給仕に渡せば、戸惑いながらも受け取ってくれた。
戸惑っているのは殿下も同じだ。まさか私がこんなにもあっさりと署名するとは思わなかったのだろう。ふふ、馬鹿ね。
縁が切れれば、遠慮も容赦もしないで済むでしょう。
「話は変わりますが、私、写真を持ってきましたの。ご覧になりません?」
「誰がお前の写真な」
「私ではなく、リリー様の写真ですわ」
「……何?」
殿下の言葉を遮るのは無礼だけど、内容に興味を引かれたらしい。そわっとした殿下ににこりと笑って、控えさせていた我が家のメイドを呼び出した。
こんな事態でも、我が家のメイドは動揺を顔に出さない。いつも通り、恭しく殿下に写真をケースごと差し出した。
それをひったくるように奪い取って。そわそわと写真を見た瞬間、殿下からは一切の表情が抜け落ちた。
「こ、れは……」
「リリー様の写真です。他にもありましてよ」
メイドがアルバムを差し出せば、またも乱暴に奪ってめくり始めた。一枚、また一枚。じっくり見るというよりはパラパラと流し見るような見方だったが、ページが進むたびに殿下の顔色は青くなっていく。その後ろにいるヒロインも、やっと殿下が見ているモノに気付いたのだろう。怒りで真っ赤になった顔で私を睨んできたが、痛くもかゆくもない。
ふふ、いい気味だわ。
「ああ、皆様も置いてけぼりでは申し訳ありませんわね。同じ写真を用意しましたので、どうぞご覧になってくださいませ」
「! 待て、アリシア!!」
だーれが待つものですか。
殿下の制止も聞かずに扇を掲げれば、スタンバイしていた他の使用人たちが一斉に写真を会場中にばらまいた。
これがお花だったら、さぞ綺麗な光景だっただろう。だが、これはそんな綺麗なモノではない。ただの紙だ。
そう。これはただの写真。ゲーム知識を総動員した私たちが集めた、ヒロインが複数の男と親しげに寄り添う写真なだけだ。
「こ、これはいったい!?」
「馬鹿息子はどこだ!!」
「ジュディス! ジュディス! これは本当なのか!?」
一気にざわつく会場と、攻略対象の親族たち。予想通りの反応に、笑いが止まらないわ。
もちろん、親族たちに説明に向かったのは、前世の記憶持ちの仲間たちだ。彼女たちはこの写真が本当に起きたことだと知っているし、これ以外の事も知っている。攻略キャラたちの今後は、さぞ波乱に満ちたものになるだろう。
ちらりと仲間たちに視線を送れば、みんながみんな同じような表情をしている。表向きは困惑の、だけど、私と目があった瞬間だけはしっかりと目が笑っていた。
「リリー! これはどういうことだ!!」
殿下がヒロインに怒鳴りつけているが、ヒロインは震えるだけで何も言わない。言えるわけがない。
この世界は前世と違って、写真の加工も合成もできない。ただ現像するだけ。さらに言えば、これはゲーム内のスチル写真。ゲームのシナリオ通りのものを、ゲームから排除できるはずもない。
つまり、これは破れた教科書などと違い、でっちあげなんてできない証拠なのだ。
「で、殿下、私は……」
震える声で弁明しようとしているが、言葉はやっぱり出てこないようだ。まぁ、こんな展開はゲームにはないもんね。これからハッピーエンドに向かうはずだったのに、予想外もいいところだろう。
「まぁまぁ、殿下。そう怒らないで。リリー様が脅えてらっしゃいますわ」
口から零れるのは、ヒロインを庇う言葉だ。なのに殿下とヒロイン、両方からきつく睨み付けられる。
まぁ怖い。思わず笑っちゃうわ。
「大丈夫、何も問題ありません。だってお二人の間には、真実の愛がありますものね!!」
にっこり笑顔で紡いだ言葉の破壊力は抜群だ。殿下は愕然としていたが、ヒロインは拳を握りしめている。
ハッ、ざまぁみろ! ヒロインが自分で教科書を破ってる写真をバラまかなかっただけマシだと、そう思ってほしいわ。
「では私はこれで。騒ぎを大きくした責任を取って、退室しますわ。殿下、どうぞお幸せに」
もうちょっと二人の反応を眺めていたい気もするけれど、流石にこれ以上残るのは少々まずい。やりたいことはやったし、もう十分だ。
殿下に対して一礼して、私は優雅に部屋を出る。ばたんと閉まる扉の奥でいろんな怒号が聞こえた気がしたが、もう私にはどうでもいいことだった。
あの後。騒ぎの責任を取った私は、
「さぁ、国外追放よーー!!」
意気揚々と旅支度をして、自主的に国外追放になった。王太子の元婚約者で、王太子の断罪者。私が残っていたら気まずい人はいっぱいいるだろうからね。ゲーム通り、出て行って差し上げますとも。
とはいえ、両親には散々引き留められた。なので「殿下とリリー様の治める国を見る自信がありません」と情に訴え、渋々ながらもなんとか許可してもらった。連絡は常にするように、何かあればすぐに帰ってくるように……などなど。条件はいろいろあったが、代わりに得た自由はかけがえのないものだ。
「アリシア、ご機嫌ねぇ」
「気持ちは痛いほどわかるけどね」
私の傍には、ケイトとジュディス。私と同じく婚約者に浮気された立場になるケイトは傷心旅行、護衛対象の攻略キャラが神殿預かりになったジュディスは、新たに我が家が雇い直して、私とケイトの護衛を任されている。
理由だけならば重苦しい空気になるのかもしれないが。私たちにとっては狙い通りの展開。むしろ、卒業旅行くらいの気楽な気分だ。
「クレアとエミリーもこれたらよかったのに」
「まぁ、あの二人は卒業前だし、家の立て直しもあるから」
「たくさんお土産を送りましょう」
そうだね。まぁ、仕方ないよね。二人とも役立たずの兄と幼馴染のお陰で、「家での発言力が上がったやっほーーい!」って感じだったし。まぁ、残っても楽しくやっていくだろう。
そうとなれば、早く出発しよう。女三人の気楽な旅……と前世みたいに気楽にはいかないので、護衛の騎士や馬車の御者もいるけど、まぁ、基本的には女三人の気楽旅だ。ゲームも終わったことだし、これからは本当に好き勝手に生きれるだろう。
そう考えるだけで、希望で胸が熱くなるというものだ。
「まずはどこに行こう? 続編に関係のないところがいいわ」
「続編は3年後だったっけ。覚えてないけど、もうゲームに振り回されるのはうんざりよ」
「なら、海に行ってみない?」
「「賛成!!」」
このゲームは続編がいくつか出ているけど、その中に海に関するものはない。きっと穏やかに過ごせるはずだ。
海についたら何をしよう。泳ぐのはさすがに無理だろうが、足を付けるくらいならできるだろうか。ああ、美味しい海鮮も食べたいなぁ。お寿司が食べれたら最高だ。
これからの生活に胸を躍らせながら。馬車はゆっくりと動き始めた。