06
幹部用スーツか。ちょっと楽しみだな。何の努力もせずに楽して無双するのはチート系主人公を見ていても、かなりの快感なのだろうからな。
「だが、いかにエナジー力にあふれていると言ってもエナジースーツを使いこなすのはそう簡単ではないぞ。何しろスーツによる補正がかかるとはいえ、普通の人間の感覚では知覚できないほどの身体能力を得るのだからな。それを使いこなすには才能と努力が必要になってくるのだ。特に幹部スーツともなれば他のエナジースーツとは比べ物にならない高性能だから使いこなすのはより一層大変なのだ」
そうか。エナジースーツをもらったからといっていきなり強くなれるわけでもないらしい。 まあ、でもこういうのも必要なのだろう。
「では、暗黒大総統様。彼をバーチャルトレーニングシステムに案内します」
バーチャルトレーニングシステム?そんなのがあるのか。
「そうじゃな。闇巫女よ。極悪神官を案内してやるといい」
「比呂君、ついてきて」
ミコちゃんに先導されて俺はバーチャルトレーニングシステムのある部屋へ足を踏み入れる。
四畳半くらいの部屋に椅子とヘルメットが置いてある。さっきまでの部屋と違ってかなりシンプルな作りだ。
そこでミコちゃんからエナジースーツの基本的な使い方について教えてもらう。主な機能としては身体能力向上とそれに伴った防御力向上だ。その性能は戦闘員スーツでも常人の5倍程度の出力が可能で、怪人スーツ、幹部スーツとランクが上がるごとに高性能になり、必要なエナジー力も増えるらしい。
ちなみに怪人スーツ以上の各スーツには専用の武器もあるみたいだが、今回は基本的な使いた方を覚えるために武器はなしでするらしい。
「ここに座って、ヘルメットをかぶって。後は自動で始まるから」
いざやるとなると少し気後れするものがある。
ちょっと不安を感じていると、
「私もここにいる。だから心配しないで」
と微笑まれてしまう。
美少女の笑顔。そんな反則技を使われたら大人しく従うしかない。
俺は覚悟を決めてヘルメットをかぶるのだった。
*
ヘルメットをかぶると周りの景色が一変する。だだっ広い鉱山跡みたいな場所だ。もちろん実際にその場所に飛ばされたわけではないだろうが、まるで本物にしか見えない。
ゲームなんかのVRとは全然物が違う。視覚だけでなく、匂いや風まで感じる。つまり五感が完全に再現されている。
これがバーチャルだとは信じられないが、世界征服を企む悪の組織ならこのくらいの科学力があって当然かもな。
『バーチャルトレーニングシステムによくきたな。歓迎するぞ』
聞き覚えのある大総統の声が頭に直接響いてくる。
「暗黒大総統様ですか?」
『いや、わしは暗黒大総統様の人格を模したバーチャルトレーニングのナビゲーターだ。暗黒大総統様は忙しいからそんな事をいちいちしてはおられんのだ。親しみやすいように暗黒大総統様の声を使用しているがな』
なるほど。本物ではないのか。でも、あのおっさんの声だからって親しみが持てるとは思えないが。
『これはスーツの性能を試すことのできるバーチャル空間じゃ。この空間で動けるようになれば実際のスーツでも同じ動きが可能になるじゃろう』
確かにこれだけ現実感のあるバーチャル空間なら、現実でしているのと同じ効果があるだろうな。
『訓練とはいえで実戦形式で行うぞ。バーチャル空間だから身体的な危険は一切ないがな。しかし、一応お前のバイタルは装置を通じて常にチェックしているから精神や身体に過度に負担がかかるようならすぐに訓練は中止してやるから覚悟しておけ!』
大総統は持って回った言い方をしているが、『基本的に危険はないように設計してるけど、身体に負担がかかるようだったら中止しますよ』ということだろう。要はこの装置を使えば無理なく安全にスーツの性能を試せるってことか。
悪の組織なのにホワイト企業みたいだな。
『では、極悪神官スーツを起動させるのだ。お前の左手の中指についているリングを右手の親指で触りながら「起動」と言ってみるといい』
俺の左の中指にはいつの間にか黒いリングがはめられている。バーチャル空間だからはめられているように感じるだけで実際には付けてないかもしれないが。
「起動」
俺が大総統の言われたようにするとシュッと音がしたかと思うと全身黒の着物と袴姿になっている。これが極悪神官スーツか。なるほど神主がデザインのベースになっているんだな。その他には手にも黒い長手袋がはめられていて肌が露出している部分は顔くらいか。って顔は丸出しなのか?
「大総統様。このスーツは顔は隠れないんですか?」
ナビゲーターが質問に答えるかどうかわからないがきいてみる。
このバーチャル空間ならいいが、さすがに外でこのコスプレ姿で素顔を晒すのは恥ずかしいからな。大総統のようにフルフェイスマスクが欲しいところだ。
『ちゃんと顔は隠れておる。姿見が後ろにあるから自分の姿を見てみるとよいぞ』
そう言われて振り向くといつの間にか全身を映せる大きな鏡がある。そこにいたのは・・・。
「どうなってんだ?!これ?!」
俺は思わず驚きの声を上げる。どういう仕組みになっているのかわからないが、俺はそこに映っているおれは確かにフルフェイスマスクをしている。しかもご丁寧に頭部には『悪』の文字が兜飾りのようについているのだ。だけど俺自身はさっきも言ったように何もかぶっていないように知覚している。
『驚いたようだな。ここはバーチャル空間だが、実際の極悪神官スーツも同じように一切の視覚を邪魔しないフルフェイスマスクになっているのだ。これなら正体がバレる事もあるまい』
大総統ナビは俺の不安を読み取ったように説明してくる。うーん、これが本当ならすごい科学力だ。このバーチャル空間といい、なかなかすごいじゃないか。
『準備はよいか?他に質問がないなら戦闘訓練を始めるが』
「その前にこのスーツでどのくらい動けるか試してみたいんですが」
『それは実際の訓練で身に着けるといいだろう。そのためのバーチャル空間なのだからな』
まあ、確かに。そう言われたらそうかもしれないな。
『では、始めるぞ。まずはレベル1からじゃ』
レベル1か。まあ、初級と言うことだろうが、一体どんな相手なんだ。
わー、マシンガンを持ったギャング風の連中が数十人がいきなり出現する。拳銃じゃなくてマシンガン?レベル1でこれかよ?マジで?
そして一斉にマシンガンを撃ってくるが、弾が出ていない。と思っていたら弾がゆっくり飛んでくるのが見える。どういう仕組みかわからないがこれなら簡単に避けられる。
俺はマシンガンの弾が俺に届く前にギャングたちの後ろに回り込んで、一人一人首筋をたたいて気絶させていく。
漫画とかでよくあるこの『首筋をたたいて気絶させる技術』など俺にはないが極悪神官スーツが俺の思うように勝手に加減して動いてくれるのだ。
最後の一人を気絶させた時、まだマシンガンの弾は俺の元々いた場所に全然届いていない。やっと三分の一くらい進んだところだろう。
このマシンガンの弾は普通のスピードで飛んでいるのだろうから、この場合俺がメチャクチャ早く動けているんだろうな。
しかし、もし感覚と身体能力があがって時間が遅く流れているように感じているとしたら少し面倒だな。敵を倒した今となってはこの時間の進み方はじれったくて仕方ない。
と俺が思った瞬間にマシンガンの弾は目にも止まらない速さで飛んでいく。
どうやら俺の超スピード感覚が解除されたようだ。
『レベル1をクリアしたようだな。言い忘れていたがエナジースーツによる身体能力と感覚強化は戦闘時に自動的に発動するぞ。もちろん自分の意思でも発動も解除もできるがな』
「そういう事は先に言っておいて欲しいんですが」
『それではレベル2スタートじゃ。こんどは戦車もでてくるぞ』
俺の不満を無視して次の戦闘訓練が始まる。ていうかレベル2で早くも戦車かよ。
でも、面白くなってきたじゃないか。無双できるっていうのはやってみると案外楽しいもんだ。相手が強ければ強いほどな。