3 シマノーメノ航界船
「まあ、まずは座りなさい」
わからないことだらけで戸惑っているイロハに、アルファ船長は、笑いかけた。
私はソファに座り、向かいに船長が座った。その横に、クシーとラムダも座る。
船長はお茶を一口飲むと、話し始めた。
「この船、シマノーメノは、並行世界を旅する船だ。航界船、と我々は呼んでいる。嬢ちゃんがいたのは、世界と世界の狭間にある領域だった」
「狭間なんてものが、あるのですか」
「ある。だが、ここには、通常の意味の物質はない。俺の姿も、君の姿も、この船も、船を浮かべている水も、あくまでイメージ、想念の世界だ。まあ、イメージだから、こうやって言葉にも困らず会話できるのだがな」
ということは、ここは天国みたいなところなのだろうか。
イロハもお茶のカップを手に取ったが、熱すぎて口をつけることもできない。湯気のミントの香りを感じながら、話の続きを聞く。
「この近くで、つい先ほど、一つの世界が消滅した」
「あ……私、見ました。月が落ちてきて、地球とぶつかって」
「そう、それだ。しかし普通、世界がこのように消滅したときには、跡形もなく消え去る。君がどうやって生き延びたのか、教えてくれないか。君を見つけて、いささか驚いたのだよ」
驚いたのはこっちのほうだ。と思いながら、イロハはなんとか状況を説明しようとした。
「あの……、私はその世界の人間ではないんです。生まれて育ったのは日本ってところで、そこで歩いていて、穴に落ちて……。それで気がついたら、日本から飛ぶように離れて行って、その世界の方へと飛んで行った……みたいな感じだったんですが、その世界に着く寸前に、空から月が落ちてきて」
船長は顎をさすりながら、答えた。
「なるほど、ということは、もしかしたら、嬢ちゃんは転生者かもしれない。で、転生する直前に、行き先の世界が消滅してしまった、ということか。まあ、転生した後に消滅でなかったのは幸いだったな」
「はい?」
転生した直後に消滅したらどうなるのか、知りたくもない。
「実は、この消滅に、我々の仲間の一人、ウプシロンが巻き込まれてしまったのだ。もしかして、助けられるかもしれない、と思って探していたのだが、見つけたのは嬢ちゃんだった。ウプシロンは、いまだに見つかっていない」
「それは……あの……すみません」
「なに、嬢ちゃんが謝ることじゃない。そこで、提案なのだが、我々の仲間にならないか?」
「船長!」
クシーが素早く割り込んできた。
「そんなの、聞いてません。私たちにだって、心の準備ってものがあります。急に言われても……」
「悪い、クシー。今、俺が決めた。何より、ウプシロンが見つからない今、人手は欲しい」
「そうですけど……」
クシーに疑わしそうな目で睨まれて、イロハはそっと目を背けた。そもそも、話が早すぎて、全然ついていけてないのに、睨まれたところで何を対抗できるわけでもない。
イロハは手に持ったままだったカップをもう一度口に運んだ。お茶はもうだいぶ冷めていた。
「あの、仲間……ですか?」
「そうだ。我々が、このシマノーメノ航界船で、いろいろな世界を旅しているのは、この宇宙の集まり、接続世界群をできるだけ発展させるためだ。仲間は、探しているウプシロンとここにいるクシー、ラムダと私だけだ。もし君が仲間になってくれれば、我々としては大変助かる」
仲間になるかと言われても、判断する材料が何もない。イロハはまばたきしながら、船長の顔を見つめるしかできない。
「……まだ話が全然わからないのですが、もし断ったら、どうなるのですか」
「その場合は、最初に寄った世界で嬢ちゃんを降ろすことになるかな。そこで、転生者として生きればよい。もともと転生する予定だったのだから、変わらないであろう」
大学に合格したばかりのイロハに、もともと転生する予定なんてあったわけがないのだが。
「それより、元の世界に戻してほしいです」
「うむ、まあ気持ちはわかるが、それは難しいな。我々には嬢ちゃんの元の世界の座標がわからん。世界は無数にあるし、時間をかけても、似たようで違う世界しか見つからないであろう。一度、同じような状況で転生元の世界を探したことがあったが、結局無理だった」
「そうですか……」
ともかく、情報が足りない。イロハは、しばらく逡巡していたが、3人の見つめる視線が痛い。半分になったお茶のカップを見ながら、イロハは言葉をひねり出した。
「えっと、ともかく私は、まだ何もわかりません。ここがどこなのか、皆さんが何をしているのか、全然分かっていないのに、仲間になるなんて簡単に言えません。とりあえず、一緒に乗せてもらえませんか。それで、時間がかかるかもしれませんが、いろいろ教えていただけないでしょうか」
「……確かに、その通りだな。相互理解できるようになるには少し時間もかかるだろう」
船長が、クシーとイロハの方を見ながら言う。
「ただ、人手が足りないから、客として乗せるわけにはいかん。一緒に、いろいろ手伝ってくれ。その途中でわからないことを教えるから、ちょっと考えてみたらいい」
船長が手を差し出してきた。イロハはカップを置くと、おずおずと手を伸ばし、船長と握手した。船長は、優しそうな目をしているが、その陰で何を考えているのか、まだよくわからない。クシーは相変わらず厳しい視線だ。ラムダはうれしそうな顔でうなずきながらニコニコとこっちを見ている。
不安は尽きないものの、イロハは、シマノーメノの一員になった。