五月・1
GW中、ちょっとしたことからメガネを新調することになった。
いや、かなり前からフレームサイズも、何より度の方も合わなくなってきたからやむを得ず。
ちなみに今使ってるのは、小五の時に作った物だ。まぁ成長期だしな。
近視になった原因はと言えば、明らかに読書量が増えてからだった。
自分は小学五年の頃から、やたらと文庫本を読むようになった。
帰宅してからは、文字が判別できなくなるほど暗くなるまで読み耽り、そこで初めて部屋の電気を点けるぐらいののめり込みようだった。
後にライトノベルへと集約されたと記憶しているが、この頃の「SFジュブナイル」はとにかく面白かった。
え、このジャンルを知らない?
有名どころだと『時をかける少女』や『ねらわれた学園』などが、この頃の作品だけど。
まぁそれはこっちに置いといて。
母親に頼み込んで作って頂いたメガネだが、形状はいわゆる「ティアドロップ型」、レンズは敢えて高圧縮のガラスを選んだ。
運動系の部活には、重量面や割れる危険性もあって不向きだと思われがちだが、実はプラスチックレンズは面積が広くなるのに比例してフチが厚くなり、重量はガラスレンズとさほど変わらなくなるのである。
と言うか、何より見た目が重苦しい。まぁメガネなんて所詮は消耗品だしな。
そして今回は、モノが細身のメタルフレームだったため、やはり厚いプラレンズは却下。
なので「顔から外れて落下させなければ大丈夫」と考え直し、当時としては珍しいストラップ付きのものを選んだのだった。
出来上がったメガネは、当時まだまだ細面だった自分によく似合っていたと、叔母がよく褒めてくれた。
さて。
前置きが長くなってしまったがここからGW明けの話である。
「おはよう」
教室のドアをスライドさせ、一歩中に足を踏み入れたとき、周囲の声が一瞬止まる。
「誰?」
マジでか、そんなにか。
「え、初川!?」
「正解」
最初に気がついたのは青野だった。でもあれ多分、背格好だけで推測したっぽくない?
「どうしたの? 朝からかけてるなんて珍しいじゃん」
これは松元である。
「うん、今までは黒板を見るときだけ使ってたけど、かけたりかけなかったりする方が近視が進むからって、こないだ医者に言われてさ」
「へ、へぇー」
「んで、今日からは部活にも授業にも使うんで、早く馴染まなきゃと思ってさ、朝からこれで過ごしてるんだ」
「なんか新鮮だねぇ」
「うんうん似合ってるよ」
机にカバンをかけつつ席に着くと、わざわざ寄ってきた青野と松元が口々に言う。やめろよ何だか気恥ずかしいだろ。つか君たち二人、こんなに明け透けな物言いする人だったっけ? どうにも記憶に齟齬がある気がする。
とは言え。
「そ、そうか? まぁ気に入って貰えたらならいいんだけどさ」
女子に褒められて悪い気はしない、ちょっと照れるが素直に感謝はしておこう。
と。
ピンポンパンポーン♪ (×複数)
ここでまさかのSE音? SE音ナンデ!? たかがメガネで効果絶大すぎないか?
と言うか、いま明らかに二つ以上鳴ったよね!?
内心あたふたしていたが、聞こえちゃならない音で動揺すること自体そもそもおかしな事なので、俺は必死にオオトモさんを呼び出した。
(なんじゃなこのもてもて小僧め)
(冗談言わないで下さいよ、つか俺って嫌われてたんじゃなかったでしたっけ!?)
(わしゃなーんにも知らんよー)
これ絶対あさっての方を向いて鼻ほじりながらしゃべってるな? 見えないけど。
(せめてこっち向いてしゃべってくれませんかねぇ?)
(なんで分かったのじゃ!?)
ほーらやっぱり。
(それは一旦おいといて、なんなんですかこの状況)
(それはまぁ、つまりはそういうことなんじゃろうな)
(メガネ一つで?)
(そうじゃなとしか。と言うかお主、自分のすぺっく? とやらを正しく認識しておらんのか?)
(無理に横文字なんか使わなくていいですから、……え、スペック? と言うと?)
(まず高身長)
(はぁ)
(ついで成績、いわゆるやれば出来る子)
(それはまぁ)
(それにお主は転校生じゃったな)
(はい)
一応確認だが。
この頃の俺は成長期のまっただ中、中学校の三年間は毎年7cmずつ身長が伸びていた。成長痛が辛かった記憶がひしひしと蘇る、いや今も痛いんだけど。
そして先にも言ったが、例の半端無い読書量のおかげか、あらゆる試験は何なくこなしてしまい、成績は常に学年で5番以内、たまにトップというものだった。
その反面「努力」というのが苦手で、点数は安定しなかったりする。
そして転校生というキャラ設定。
実は俺、小学生の時にここへ引っ越してきたのである。
親が今で言うUターン就職をしたせいで、親父の生まれ育ったこの土地へとやってくることになったのだ。
……うん、今思うとなかなか「おいしい」キャラでしたね俺。
全く活かせなかったけど。
(そしてこの学校唯一のメガネ男子)
(そ こ か よ)
あー、でも多感な女子中学生には、この程度のキャラ付けでも十分なのかも。
まぁまぁなルックスと頭脳を持ち、転校生でメガネ男子ということであれば、ちょっとぐらいは気になるものかも知れんわな。
だとしたら尚さら不思議なんだよね、来年以降のあの嫌われっぷりが。
現在のこの状況とどう繋がっていくのか、それが全く想像つかない。
それより何より、例のチョコの犯人(?)と言うか候補者が、メッチャ増えたことの方が重大だ。こんな数から絞りきれるのか俺?
(まぁなるようにしかならんじゃろうの)
(そりゃそうですけど)
あれ? そう言えばオオトモ様って、曲がりなりにも神様だったよね?
(失礼なやつじゃな)
(すいません、でも神様っていうのであれば、色々と詳細はご存じのハズでは?)
(んー、儂は神様と言っても現人神じゃったし、何よりそれは後から付けられたものじゃしの)
(と言うと?)
(いわゆる天界の八百万神、つまり本物の神じゃな、あの方達とは数段れべるが落ちるのじゃ)
(そんなものですか)
(そんなものじゃ。何か力を使うときは、天界の神々にお願いして了承されねばならん)
うむ、あんまりアテにならんかも知れんなオオトモ様。
(それにの)
(はい?)
(生前のお主の時代にこんな言葉があったじゃろ、「ばたふらいえふぇくと」というやつが)
バタフライエフェクト。
確かニュートン力学に巨大な一石を投じたカオス理論のことだっけ? カオス運動由来の予測困難性が、従来からの決定論を覆したって話。
要は「ちょっとした違いが、後に大きな差異を生む」ってヤツだ。
(お主のような転移者が過去に来たこと自体、もうある種の変化をこの世界に生んでおるのと同じなのじゃ。それに前にも言ったじゃろ、ここはお前さんの知っている過去とはちょっと違う、よく似た別の過去じゃとな)
よく似た、別の過去。
(言い換えるなら「違うようで違わない少し違う過去」じゃな)
(桃屋からいくらか貰いましたか?)
(なんのことかのー?)
(あーもーいいです、お疲れ様でした)
心の中で手を振って、オオトモ様にはご退場頂いた。
「初川、ど、どうしたの?」
「え?」
見上げると、そこには心配そうな表情の青野。
「なんかいきなりうつむいて黙っちゃったから」
「あ、ああ。まだメガネに慣れてなくて、ちょっと目が疲れたと言うか」
すると、青野と松元以外の女子からも声があがる。
「あー分かる分かるー、私もおじーちゃんのメガネかけたら酔ったことあるし」
「あれキツいよねー」
来年からの嫌われ者が、今は人気株爆上げに?
俺は大量のクエスチョンマークを飛ばしながら、寄せては返す漣のような女子達の声に、少々の恐怖を感じていた。
ふと窓の外を見れば、青々とした植物の生い茂る初夏の景色がそこにある。
しかし俺には、まるで緑の地獄だなという感想しか浮かばなかった。